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第40話 クリスマスパーティー②

 簡単に手は払い退けられ、驚いたのは雪乃の方だろう。司を拒絶しようとした言葉ごと飲み込まれたかのようだ。いつも穏やかな彼からは想像もつかないような厳しい顔である。


 「悪いけど、君には渡さないよ」

 「ーーっ!!」


 明らかな恋人の距離感にたじろぐよりも苛立ちを露わする司は、まるで彼女は自分のモノだとでも言いたげである。


 「……あんた、この間もいたよな…………」

 「あぁー、その節はどうも」


 匠から名乗る気はない。雪乃に危害が及べばまた別だが相手は子供だ。花山院偀自身が故意に引き起こせば容赦しなかっただろうが、相手はまだ十八歳。成人になる年とはいえ、八歳も年下の彼に本気を出すまでもないと判断したのだろう。至って冷静なまま態とらしく語気を強め、扉へと急ぐ。


 「ーーーー本日はありがとうございました。敦史くんのご活躍を楽しみにしています」

 「ありがとうございます」


 数秒前とは異なり穏やかな婚約者だ。足早に出入り口に向かった割には主催者と談笑する余裕がある。ここでようやく雪乃も意図に気づいた。


 ーーーーーーーー追ってこないで…………


 「ま、待て!!」


 雪乃の願いは虚しく、声を張った彼に同情する事はない。チャンスならあった。若い芽が腐らずに育つなら更生の機会を与えてもいい寛大ささえあったが手遅れだ。それは匠と春翔の顔色で明らかである。


 腕を組む手に力がこもり、顔色が悪くなっていく雪乃の耳元に唇が寄せられる。口づけを交わしてる訳ではないが、周囲から声が上がる。若者中心のパーティーという事もあり、雪乃の初ロマンスに歓喜する女子も多数いたのだ。彼を除いては。


 「ーーっ、雪乃!!」

 「…………何の、ようですか?」


 冷たい声で振り返った雪乃に言葉が出ない。いつも穏やかな彼女から笑顔が消え、周囲の視線が今更のように突き刺さっていく。


 「…………俺は……ただ……謝りたくて……」


 その声色には些細な野心が含まれている。それくらいの事は雪乃にも分かる。この程度の事を見抜けなければ、藤宮としてやっていけないのだ。


 「…………謝罪は受け入れます」

 「じゃあ、婚約してくれるのか?!」

 『はっ??』


 思わず声を漏らした雪乃は、同時に発せられた声に視線を移す。どうしたらそのような思考回路になるのか不可解すぎて顔を見合わせた。


 「ーーーー悪いけど、彼女には決まった相手がいるから」


 ぎゅっと抱きつく雪乃は明らかに彼に好意がある。それは誰の目から見ても明らかだ。少しでも隙があれば婚約者の座を狙いたい輩は多かったが、今のでその可能性が薄れ落胆した顔が並ぶ。ただ司に限っては自身の事しか頭にないのだろう。完全に見失っているようだ。


 「…………司くん……私があなたを好きになることはないから」

 「ーーっ!!」

 「自分本位な人は嫌いだから……」

 「なっ?!」


 バッサリと告げた言葉に驚いたのは司だけではない。側にいた匠もだろう。あの穏やかな彼女から発せられたとは思えない辛辣な言い回しであると、同時に理解していた。やんわりと拒絶するだけでは回避不能だという事を。


 「……行きましょう」

 「あぁー……」


 動揺する素振りは見せず頷き返す婚約者に安堵しながら、無意識に力がこもる。微かに震える手を抑え、気丈に振る舞う横顔は流石は藤宮のご令嬢と感じずにはいられない。


 「ゆ、雪乃!!」


 強い声で呼んでも振り返る事のない雪乃に落胆し、腰に回された腕に苛立ち睨んでみても効果はない。揃って冷静に判断していたからこそ退出を選んだのだ。

 微かに視線の合った冷淡な横顔に反射的に身が縮み、追いかける事も出来ない。ただ立ち尽くす司に向けられる視線の多くは蔑んでいるようだった。


 導かれるまま歩く雪乃は冷静さを取り戻し、腰に回されたままの腕に微かに染まる。分かりやすい反応に先ほどまでとは違い微笑ましい雰囲気が漂う。


 「ーーーー匠さん……」

 「抜け出して来ちゃったな」


 勢い余った行動と自覚しながらも、それが最善であった事は確かだ。西園寺家主催の招かれざる客は、二階堂にかいどう家の次男と共に顔を出した。

 通常なら個人名で招待状を送る事が多く、現に雪乃や匠に送られて来た招待状は個人宛であったが、個人名で送らなかった家があり、その家の一つが二階堂家であり問題の花山院家の人間を同伴させたという事だ。藤宮に限らず三家とも警戒すべき人物に花山院家次男を挙げていた。


 「……ありがとう…………」

 「いや……側にいられてよかった」


 そう言って腕を組むように促し、完璧なエスコートのまま連れられて行ったのはツリーが飾られたホテルの一室だ。


 「……きれい…………」

 「よかった……」


 目の前に広がる夜景と煌びやかに飾られたツリーに思わず声を上げると、優しい瞳と交わる。


 「……せっかくだから泊まっていこうと思ってな」

 「えっ?!」

 「愛理ちゃん達は呼んでおいたから、後からプレゼント交換するといい」

 「ーーーーっ、ありがとう!」


 珍しく抱きついてきた雪乃に、表情を崩しながらも微笑む。彼女の望みを叶えられて匠自身もご満悦のようだ。


 「雪乃、お礼にーーーー」

 「ーーーーっ!!」


 耳元で囁かれ、思わず腕を離そうとしたが引き戻される。


 「…………目……つぶって?」

 「あぁー」


 素直に瞼を閉じた婚約者の肩に触れ、唇を重ねる。

 重ねられた匠の方が驚いていた。自分から催促したとはいえ、唇が重なるとは思いもしなかったのだ。


 「…………匠さん?」


 珍しく表情に出ている彼は、仕返しとばかりに唇を奪っていった。


 ようやく解放された雪乃は腕の中に身を委ねる。その頬は分かりやすく染まったままだ。

 甘い雰囲気が漂う中、チャイム音が鳴り現実に引き戻される。


 「ーーーー雪乃……俺は出てるから、楽しんで」

 「……うん…………」


 頭に触れる手に安堵しながら見送ると、入れ違いで幼馴染が揃った。扉の前で清隆たちと婚約者が話しているが、雪乃の耳に届くはずはない。自身の心音を持て余していた。


 『メリークリスマス!!』

 「……メリークリスマス……ありがとう……」

 「匠さんに感謝だな」

 「ああ、あれで少しは懲りただろ?」

 「まぁーね。見た目は良いのに相変わらず残念なやつだったけど」

 「愛理は相変わらずだなー」


 口々に飛び出す本音に頷きながら、退出した後のパーティーは特に混乱もなく、つつがなく終えた事に安堵した。

 そして雪乃たちが退出した直後、誘った二階堂家次男に引っ張られるように司も出ていったそうだ。あの状況でいつまでも居座れる無神経さは流石に持ち合わせていなかったようだが、半ば強引に連れ出された感もあった為、実際の所は分からない。愚かな行為と不可解な思考は周囲を混沌とさせたままだ。


 「ーーーーーーーーあそこまで……酷く、なかったよね?」

 「ああ」 「うん」

 「……違和感はあるよな」

 「うん……」


 湿っぽくなる気分を払拭するように、スマホで曲を流して予定通りプレゼントを交換する。毎年のイベントも今年で八度目だ。


 『せーーの!!』


 一斉に包み紙を開け、微笑み合う。当たり前のような時間が本当はとても特別な事のように感じながら、照明が光るツリーに視線を移した。


 「きれいだねーー」

 「うん……」

 「匠さんの本気を見た気がしたな」

 「ああ、だいぶ前から予約してなきゃ泊まれないだろ?」

 「だよなーー」 「いいなぁーー」

 「愛理もこういうの好きなのか?」

 「すきっていうか、ときめかない女子いる?」

 「……そうだね…………嬉しいよね……」

 「うん♡」


 風磨がサプライズを企画するのはいつもの事だが、ここまでのモノは滅多にない。学生と社会人の財力の差だろう。それが分かっているからこそ愛理が無茶振りする事はないが、婚約者としては好みをすべて把握しておきたいのだ。

 相変わらずな愛理と風磨に、雪乃は清隆と顔を見合わせて微笑む。

 婚約者の話をする時の清隆も風磨に近いものがあり、頬が緩む。クリスマスが近づくと、今年を振り返る時間がくる。

 懐かしい話からまたツリーに視線を移し、婚約者に感謝しながら時間が過ぎていく。


 「ーーーー寝たのか?」

 「ああ、安心したんだろ?」

 「うん、最近気を張ってたからねーー」


 匠の計らいで楽しい時間を過ごした雪乃は夢の中だ。幼馴染の言う通り受験勉強に加え、時折感じる視線や苦い記憶と対峙し、疲れが溜まっていたのだろう。

 愛理のSNS用の写真を撮り終え、話している最中に寝落ちしたのであった。

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