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第39話 クリスマスパーティー①

 うーーん、大丈夫かな?


 「似合うな」

 「あっ、ありがとう……」


 心の声が聞こえたのかと思いドキリとした雪乃に対し、美しく着飾った姿に匠もまた高鳴っていた。

 胸元のVラインが美しいデコルテと豊満なバストラインを強調しているようだが、白い肌に黒のレースが映え、よく似合っている。きちんとストッキングを履き、ヒールのあるパンプスと合わせた佇まいは、匠と同年代といっても過言はないだろう。


 「愛理ちゃんと双子コーデだっけ?」

 「うん」


 素直に頷く婚約者の愛らしさは兎も角、さすがに首元まで隠したモノに変えたとしても、スタイルの良さは丸分かりである。本人が選ばなそうな服を着せる辺りが幼馴染の推しの強さと、雪乃の推しの弱さを物語っていた。


 「ーーーー心配だな」

 「えっ?」

 「離れないでくれよ?」


 頬に触れられ、急激に染まる。小さく頷くだけで精一杯の雪乃に対し、極上の笑みを見せる。

 揃ってエントランスに降りれば、一台のリムジンが出迎えていた。


 「うん、綺麗だな」

 「ありがとう……」


 条件反射のように写真を撮る春翔を咎める事はなく、嬉しそうに微笑む杏奈の隣に腰を下ろした。西園寺家主催のパーティーに招待された面々は、一緒に現地まで行く事にしたのだ。

 大胆に開いたデコルテにはペンダントヘッドにした婚約指輪が光り、雪乃の美しさを更に引き立てている。


 「雪乃ちゃんは相変わらずスタイルが良いね」

 「あ、ありがとうございます……」

 「杏奈、おじさんっぽい」

 「えーーっ、春翔だって思ったでしょ?」

 「まぁーな、うちの妹は可愛いからな」

 「分かるーー♡」


 味方がいないと悟り、匠に視線を向けても無駄だ。彼が一番愛でたいと思っているのだから。

 若干の居心地の悪さを感じながらも素直な反応を示す雪乃に、婚約者に気を許していると気づく。妹可愛がりのある兄は些細な変化を察していた。


 一流ホテルの前にリムジンが止まり、扉が開かれる。久しぶりに感じる視線を突き刺すように感じながらも、婚約者や兄がいる事もあり完璧な令嬢である。薄づきの化粧でも映えるのは若さだけでなく、その容姿端麗さからだろう。アイスブルーの瞳が宝石のような輝きを見せ、人々が振り返る。雪乃だけでなく人目を引く面子がこれだけ揃っていれば、それも仕方のない事だ。


 広い会場には、すでに招待客が集まっていた。あまりの視線に思わず腕を組んでいた手に力が籠る。ここ数年、仕事を理由に欠席の多かった雪乃にとって久しぶりの感覚である。


 「雪乃、来てくれてありがとう♡」

 「愛理……」


 知った顔に頬が緩み、周囲の視線を集める。

 本日の主催者、西園寺家の娘が雪乃と形違いのタイトな黒いドレスに身を包んでいる。華やかな色味が多い中、黒は目立つ。杏奈も色味は紺色で抑えているが、クリスマスパーティーという名目の為、赤や緑、白やシルバー等のドレスが多いのである。


 「あとでプレゼント交換しようね」

 「うん」


 さすがにずっと一緒にいる事は叶わず、よそ行きの顔をする愛理に手を振った。


 「ーーーープレゼント交換?」

 「うん……愛理たちと、毎年してるの」

 「楽しそうだな」

 「うん、何が入ってるか分からないから面白いよ」


 用意された食事は一流ホテルなだけあり、どれも絶品である。若者が多い為、立食パーティーがメインではあるが椅子とテーブルも用意されている。

 後で合流するからと、二人きりになった雪乃は、エスコートされるまま腰掛けた。目の前のテーブルにはローストビーフやチキンに、サラダ等が綺麗に盛り付けられた皿が置かれ、揃って食べ始める。社交の場でもある為、春翔は藤宮家の若として務めを果たすべく、杏奈同伴のまま顔を売っていた。


 「ーーーー匠さんは、いいの?」

 「あぁー、大丈夫だよ。本当は春翔だって無視できるだろうし」

 「…………私のため、だよね?」

 「本当、聡いな……こういうのは、大人に任せておけばいいんだよ。本人も楽しそうだし」

 「うん……」


 雪乃まで質問責めに合わないよう兄が対応し、婚約者が常に側にいるのだ。ドレスからも西園寺家との仲が良好な事は一目瞭然であり、不埒な輩が全くいない訳ではない。若者がメインのパーティーでは、花山院ほどでなくとも勘違い野郎は少なからずいるのだ。


 「それにしても……」

 「どうしたの?」

 「いや……雪乃目当てが多いと思ってな」

 「私? 気のせいだよ。美人さんが多いから」


 本人に自覚がなくとも、周囲はそうはいかない。確かに西園寺と関わりのある家はモデルや俳優もいる為、見目麗しいといえるが、引けを取らない雪乃にそっと溜め息が出そうだ。幼馴染の苦労が絶えないと、清隆と風磨に心の中で感謝である。


 「愛理ちゃんもすごいな」

 「うん、すごいよね……」


 風磨を連れ立って笑顔で挨拶をする姿は、さすがは西園寺家の長女といえるだろう。指の先まで所作が行き届いている。


 「雪乃」

 「キヨ……茉莉奈ちゃんは?」

 「茉莉奈は友人と談笑中」


 そう言って甘い視線を向ける清隆に気づき、茉莉奈が分かりやすく頬を染める。婚約者が愛らしいというのは、婚約者持ちの彼らにとって共通の想いである。


 「今日の主賓のお出ましだな」

 「うん」 「あぁー」


 主催者である西園寺家当主、愛理の父だ。秋人よりも一回り近く年が離れているが、年齢を感じさせない若々しさがある。次期後継者を連れ挨拶をする度、愛理と似た整った顔立ちが相まって、女性陣から黄色い声が上がる。今回のクリスマスパーティーは彼の顔見せも兼ねていたようだ。


 「ーーーー雪乃さん!」

 「敦史あつしくん、久しぶりだね」

 「お久しぶりです……匠さんも来て下さってありがとうございます」


 礼儀正しいさまは流石は西園寺家次期当主といえるだろう。寄り添う二人に微笑んでみせ、自ら顔を売りに離れていった。


 「さすがだな……」

 「うん……」


 まだ中学三年生でありながら、きちんと理解していた。正常であれば慕っていた相手に想い人がいたとしても、乱したりはしない。彼女を祝福できる大人な対応が相応しい。今の敦史のように。

 ただ雪乃は想いに気づいておらず、成長した姿に弟がいたらこんな感じかも……と、呑気に考えていたのだろう。手に取るように分かる能天気な婚約者に、また溜め息が漏れそうだ。


 「雪乃、デザート取りに行こうか?」

 「うん」


 腕を組んだままクリスマス仕様になったケーキを選ぶ。パティシエの一人がその場で盛り付けるスフレケーキが、一番人気だ。


 「美味しそう……」

 「あぁー、シェアして食べるか?」

 「……いいの?」

 「あぁー」


 嬉しそうに頬を緩められ、胸が高鳴る。それは匠に限った事ではない。苺ソースで描いた繊細な線が明らかに太くなっていたし、側で並んでいた男性陣の視線は美しい婚約者に向けられていた。


 「ーーーー匠さん?」

 「いや、制覇できそうか?」

 「うん」


 周囲が赤らめる率の増加を食い止めるべく、先程と同じ席に腰を下ろした。


 「紅茶、取ってくるね?」


 反射的に手を取られ、一人で行かせる訳には行かないと悟ったのだろう。大人しく座る雪乃の隣で、近くのボーイに持ってくるようにと、匠が指示を出した。


 「よかったのかな?」

 「その為にいるから、大丈夫だ」

 「うん」


 匠の言う通り少人数ながらも参加の親世代は、椅子に腰掛けたまま飲み物だけでなく、料理までよそって貰っている者もいる。顔を売りに来た者以外は、クリスマスツリーを眺めながら料理を楽しんでいた。


 匠も必要に迫られるような事がなければ主催者に挨拶する程度の為、今日の役目は終え料理を楽しんでいるが、気がきではない。

 久しぶりに社交の場に顔を出した藤宮家の長女に向けられる視線は、あわよくば婚約者にと策略を巡らせているかのようだ。分かりやすい視線に溜め息を吐きそうになりながらも止めた。隣にある幸せそうな横顔に満たされていくようだ。


 「匠さん、美味しいよ?」

 「あぁー」


 ふわふわのスフレは口に入れるとすぐに溶け、苺の甘酸っぱさと良くマッチしている。好みの味に嬉しそうな雪乃は、自身の価値を分かっているようで理解していない。藤宮の影響力を分かっていても、そこには自身の価値も含まれているとは思いもしないのだろう。自己肯定感が低すぎるのは、優秀な人たちに囲まれて育ったからかもしれない。


 匠の表情を読み解く事は出来なくとも、何か考えているのだと想像はついた。正式発表まで薬指につける筈の指輪は、ペンダントヘッドになっていて、今日も御守り代わりに装備しているが、その事も相まってエスコート役の匠に向けられる視線も多い。観察眼が鋭ければ気づくが、敏感に反応できる事も経営手腕の一つといえるだろう。特に親世代の招待客は気づきながらも沈黙していた。藤宮が公表していない事に突っ込んで聞く勇者はいないのである。


 「ーーーーーーーー見つけた……」


 聞き覚えのある声に気づき振り返れば、褐色の肌に似合うセットアップに身を包んだ彼がいた。驚いた様子の雪乃とは違い、匠は春翔と視線を合わせ小さく頷く。


 「……雪乃…………」


 甘さを孕んだような声に、無意識に震えていたのだろう。腰を引かれ血色が戻っていく。


 寄り添う二人に顔をしかめ、鋭い視線を向けられても匠は涼しい顔のままだ。


 「……あんた…………」


 ざわりと周囲が騒がしくなろうとも、彼は気づかず距離を詰め、着飾った雪乃こそ相応しいとでも思っているかのように手を掴もうとした。

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