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第37話 遭遇

 あれだけ人だかりが出来る人物の車に乗り込んだ雪乃だったが、追求される事はなかった。愛理を除いては。

 着飾った写真から分かる匠のセンスと、雪乃にミニスカートを履かせた事を評価して勢いが増すばかりだ。


 「なあ……もう戻らないか?」

 「まだ!!」

 「風磨、諦めろ」

 「分かってるけどさー、風邪ひいてる場合じゃないだろ?」

 「大丈夫よ。風磨はバ……頑丈だから♡」

 「おい!」


 夫婦漫才が始まり、屋上から引き上げる。四人揃って階段から降りてくる姿に惹かれる生徒は多い。生徒会役員だった事を差し引いても羨望の眼差しが多いが、本人たちにとっては見られているだけで害がなければ構わない。ただ差し入れの類は相変わらず受け取らない意向である。


 「ーーーーごめんね」

 「い、いえ……」


 今も清隆が目の前で断っていた。風磨と愛理が公認カップルなのに対し、雪乃と清隆は分からない部分が多く、こうしてお近づきになりたい生徒は多い。茉莉奈がヤキモキするだろうと雪乃たちが思うのに対し、彼は面倒くさそうだが、日常的な為まだ良い方だと思っていた。

 クリスマスやバレンタイン等のイベントは、憂鬱な感情の方が強い。恋人と静かに過ごすという細やかな願いは、彼らにとって中々難しい。家で行われる大々的なパーティーもあるが、後継者として参加必須のものも少なからずあり逃れられないのだ。


 「今日は久しぶりに図書室に寄らない?」

 「うん、キヨたちは寄れる?」

 「ああ」

 「少しくらい息抜きしたいよなー」

 「でしょ?」


 息抜きが図書室に寄る事の為、結局は受験勉強に繋がっている。将来に向けてのステータスではなく、家とは無関係の場所で『腕試ししたい』がそれぞれの本音だろう。幼馴染の思考を読み解くのは容易い。特に愛理が分かりやすい為、誘いに乗ったともいえる。


 「じゃあ、また後でな」

 「うん、またね」

 「ああ」

 「早く着いたら席の確保よろしくね♡」

 「分かってるって」


 分かれて隣り合う教室に入っていく。受験日が間近に迫る者もいるため欠席者もいるが、概ね教室は賑やかさを保っていた。


 授業が始まる中、物語に思考が飛びそうになり引き戻す。耳を傾けていれば、難なく試験は乗り越えられる。それくらいの頭の良さが雪乃にはあった。


 約束通り図書室により、英字の本を片手に対策を練るが、会話が出来ない事が難点だと早々と気づく。せっかく集まったのだからディスカッションをして精度を高めたいが、それよりも気になったのは周囲の視線だ。図書室だからだと油断していたが、今日のように人が多い日は別である。煩わしくなり集中力が削がれる。

 無言で頷き合い図書室を出ると、車を呼ぶ事なく歩いていく。


 「ーーーーあそこでいいか?」

 「うん」

 「あそこしかないな」

 「だね♡」


 訪れたのは高校から程近い距離にある紅茶専門店だ。制服姿で入るには敷居が高いはずだが、お財布事情は並み以上のため心配はない。ここを選んだのにも、それなりに理由があった。


 「んーーーー、美味しい」

 「愛理、次言ったら罰ゲームな?」

 「すぐゲーム性を持たせたがるんだからーー」


 リッチなお茶をしに寄った訳ではなく、客層に外国人が一定数いるからだ。盗み聞きはマナー違反だが、耳が慣れる事は必須である。進んで出向かなければ、母国語以外を耳にする場面は少ない。


 「ok……」

 「I want this tea……すみません」


 さすがに店員を呼ぶ時は戻るが、英会話を続けるルールだ。ゲーム性を持たせた所で、罰ゲームを受けるメンバーはいない。幼い頃から海外旅行を何度も経験している為、遊ぶように言語を習得していった。


 ダージリンティーで喉を潤し、ノートパソコンと向き合いながらも、会話を進める。単語が出てこない事はなく、日本語と同じように不自由なく話す姿に、思わず視線が向けられる。ただでさえ制服姿で目立つが、図書室の視線よりは良い。お茶を楽しむ人達に紛れ、見られるのも一瞬だ。


 「うわっ……美男美女……」

 「ねっ、何かの撮影かな?」

 「めっちゃ発音よくない?」


 時折、熱烈な視線を向けられる事もあるが、他人からの視線ならば害はない。敷居が高い店なだけあり、強引に迫る輩もいないため快適である。

 集中力が高まり、周囲の視線も一切気にならなくなる。ティーポットはいつの間にか空になっていた。


 「ーーーーーーーー雪乃?」

 

 反射的に顔を背ける反応だけでなく、その声色で彼だと気づく。幼馴染にとっても会いたくない相手だ。


 「げっ、財前たちか……」


 失礼な物言いは以前から変わりない。確かに面影が減り雰囲気は変わってはいるが、尊大さは健在であり、当時の事を反省している様子は見られない。少なくとも、雪乃から聞いた通りの印象だ。


 「ーーーー花山院、久しぶりだな」

 「あ、ああ……」


 雪乃を庇うように立つ清隆に、顰めっ面を隠そうともしない司は、見るからに不機嫌そうな愛理といい勝負だ。せっかくのお茶が不味くなると言いたげである。


 「………………ちょっと、雪乃と話したいんだけど」

 「悪いけど、勉強中だからさ」

 「相変わらずナイト気取りかよ」


 悪態に反応しそうになる愛理を風磨が押さえると、雪乃が立ち上がる。


 「雪乃……この間のやつ、誰?」

 「司くんには関係ない」


 言い切る姿にたじろぎながらも一歩近づく司に、退きそうになりながらも堪え、まっすぐに見つめる。

 愛理たちは間近で恋に落ちる瞬間を見た気がした。アイスブルーの瞳に吸い込まれそうになる彼に、同情の余地はない。突き放した言葉にもかかわらず惹かれていく姿は、実に滑稽である。


 「司、戻ってきてたんだな」

 「あ、ああ……」


 言葉に詰まる司に清隆は鋭い視線を向けながらも投げかけた。調べなくとも情報は入ってくるが、花山院家が経営していた会社は買収され、買い戻しに成功したのは最近の事。南米に移り住んだらしいが、今までとは違い質素な生活を強いられる事となった。自身のステータスを誇っていた彼にとって初めての挫折だっただろう。何でも思い通りになってきた暴君に終止符を打ったのは、藤宮家が引き金になったともいえる。それでも彼にとって雪乃は、どうしても手に入れたい高嶺の花だったのだ。


 日本に戻り、ギリギリの成績で私立学校に受かった司の内面は変わらなかった。自身が買収の発端になったとは思えず、親の手腕にすら蔑んだ。

 勘違い野郎は健在であり、日焼けした肌が印象に残る風貌になっただけで、根っこの部分に変わりはない。


 ーーーー結局……会社を取り戻した野心家の次男の手によって、司くんは洗脳されたようなもの…………そう、分かってはいるけど……


 感情は思い通りにならない。頭では彼一人のせいではないと分かっていても、目の前にある熱視線から逃げ出しそうになる。ここに匠がいたなら、雪乃を庇うように攫っていった事だろう。幼馴染でさえそんな思考になるが、制服姿でのトラブルは避けたい。尊大な態度の司とは違い名門校と知られるほど有名なのだ。受験生という事もあり不用意なトラブルは避けるに限る。


 「…………司くんは、この店の常連なの?」

 「いや……兄貴が勧めてくれたから」

 「そう……」


 疑惑が確信へと変わる。お気に入りの紅茶専門店に彼が現れたのは偶然ではないと。彼の言う兄貴はおそらく次男のすぐるだろう。長男はまだ南米で両親の面倒を見ているという情報は得ていた。雪乃と接触があった日から幼馴染にとっても花山院は要注意であった。関わりたくない家であり、口も聞きたくない相手であり、出来る事なら会いたくない人物の一人だった事だろう。


 会話をしてくれる現実に高揚し、当の本人は自分の情報をべらべらと漏らす。雪乃たちにとっては好都合だが、その真偽は裏を取るまで分からない。


 メッセージのやり取りを拒み、早々と店内を後にする。背後から呼び止める声があったが、気づかないふりをしたまま出ると、顔を見合わせ溜め息が漏れる。


 「ーーーーーーーーとりあえず、報告だな」

 「ああ」

 「見た目は異国の王子的な風貌に変わったけど、中身は悪化してない?」

 「うん……」


 鋭い視線に気づき振り返るが、違和感はすぐに消え去る。


 「どうかしたのか?」

 「ううん……しばらくは、一人にならないでね」


 相変わらずな雪乃に頷き微笑む。他人よりも彼女には自身を守って欲しいところだ。


 「雪乃こそ、気をつけるのよ!」

 「うん、大丈夫だよ」


 彼女の『大丈夫』は当てにならない。それが幼馴染共通の思いだ。能力が高いが故に一人で何とかなってしまうのも事実ではあるが、無理をして欲しくない。

 抱きついてくる愛理の腕に触れ、頷く雪乃の瞳は何処か遠くを見ているようだった。匠がいたなら微かな違いに気づいたかもしれないが、普段と変わらない笑みに安堵する幼馴染がいた。

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