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第36話 女子校生とスーツ

 学校では相変わらず高嶺の花感があり、幼馴染が四人揃えば遠巻きに人が集まる。雪乃たちにとっては日常の為、今さら別行動する事はない。 


 「疲れたぁーーーー……」


 そう言って抱きついてくるのは愛理だ。

 屋上での昼食は日差しがあれば可能だが、今日みたいな曇り空の日は食堂に限る。生徒会室が自由に使えなくなり教室で食べるという選択肢もあるが、どちらかの教室に揃えば周囲の視線が五月蝿くなると目に見えている。

 今も視線を集めているが教室より広い空間の為、まだ良い方だ。一年前は四人とも同じクラスだった事もあり、そのまま教室で食べると注目の的になっていた。いくら人の視線に慣れているとはいえ、学校でまでは勘弁して欲しい。それが共通の思いだ。


 「先生、厳しいの?」

 「うん、鬼コーチだよーー」

 「先生に怒られるぞ」

 「だってーー」


 話しながら昼食をとる四人は、傍から見れば美男美女カップルの仲睦まじい姿を見せつけられているような感覚だろう。

 羨望の眼差しに慣れているとはいえ、居心地が良いものではない。だからこそ、人気の少ない場所を選んで集まる事が多いのだ。


 「雪乃は慣れた?」

 「うっ……」


 咳き込む姿に何かあったのだと悟るが、ここで追求する事はない。とはいえ、愛理と二人きりになったなら質問責めになるだろうと、気の毒に思う幼馴染と逃れられないと悟る雪乃がいた。


 「受験生って大変なのねーー」

 「ああ、今までが遊びすぎだろ?」

 「ちょっと、キヨも乗り気だったでしょ?」

 「まぁーな、語学はともかく筆記がな」

 「そうそう」 「だよなーー」


 集まって勉強する機会は少ないが、自身の苦手分野を克服すべく勉強を進める。学校の成績をキープしながらというのは大変ではあるが、何だかんだ言っても高い山ほど燃えるタイプが揃っている為、たいした事ではない。

 昼休みは今までと変わらず四人で集まる事が多く、増えた事といっても放課後に図書室で調べ物をするくらいだろう。雪乃が同棲を始めたからといって、特に変わりがないのと同じだ。


 『雪乃、おめでとう!』


 示し合わせたように告げられ、目の前に差し出された手のひらサイズの箱に、驚きで固まる。


 「ーーーーありがとう……」


 誕生日ではなく、【星の在処】受賞のお祝いである事は明らかだ。通じるところがあるのは幼馴染ならではだろう。

 花が綻んだような笑みに、周囲が虜になるのを他所に、当の本人は嬉しそうだ。


 「…………開けても、いい?」

 「うん!」


 綺麗にラッピングを解けば、万年筆が入っていた。


 「……綺麗…………」

 「ふふふ♡ お揃いにしたんだよー♡」


 ジャジャーンと、効果音がつきそうな勢いで取り出した愛理に釣られ、風磨と清隆も取り出す。多少色合いが違うものの同じ風合いに微笑む。受賞する度にお祝いをくれる幼馴染の気持ちに感謝し、嬉しそうに万年筆を見つめた。


 小説を書く時はパソコンが主流であるが、本の虫な彼女だけあり文房具の類も好きである。収集しているのは、様々な国のスノードームに限るが、美しいものを集める愛理と近いものがあるのだ。

 美的センスは抜群に良い為、幼馴染に限ってハズレはない。


 「ありがとう、大切にするね」

 「うん!」 『ああ』


 思いがけないプレゼントに、周囲から貰ってばかりだと気づく。幼馴染へのお返しは、毎回のようにお菓子の類であるが、婚約者へのお返しは初めてである。


 「お祝いして貰った?」

 「うん、ケーキ食べたよ」


 スマホには小さなプレートが乗ったフルーツたっぷりのカットケーキが映っていた。


 「ーーーーーーーー終わらなそうだな」

 「ああ」


 愛理と楽しそうに話す雪乃には聞こえていなかったが、幼馴染の勘はよく当たる。あの程度のお祝いで、彼が納得するとは思えなかったのだ。


 週の始まりは大抵すぐに帰宅する雪乃たちだが、校門前の人だかりに足を止めた。


 「誰がいるの?」

 「ーーーーあっ……」


 視線が交わり、思わず声を漏らす。雪乃にとって予想外の展開だ。


 「雪乃、お疲れさま」

 「……お疲れさま」


 外車から顔を覗かせたのは匠だ。人だかりの原因に納得である。車にスーツと、大人な条件が揃っているうえ、上半身しか見えなくとも整った容姿である事も分かる。人だかりが出来ているとはいえ騒ぎにならないのは、都内有数の進学校だからだろう。藤宮ほどでなくとも、ご令嬢やご令息が一定数いる事もあり、遠巻きに眺めるだけに留まっている。


 「みんな、乗ってく?」

 「また次回で♡」

 「匠さん、参考書ありがとうございました」

 「助かりました」

 「君たちなら大丈夫だよ」

 『ありがとうございます』


 爽やかに微笑まれ、春翔を思い浮かべたのは言うまでもない。無自覚な匠だが、負けず劣らずの相当な人たらしである。


 「じゃあ、雪乃またな」

 「またねーー♡」

 「気をつけてなー」

 「う、うん……」


 空気の読める幼馴染が揃って手を振り退散すると、サイドドアが開く。


 「雪乃、行こうか」

 「うん…………」


 促されるまま助手席に乗り込むと、歓声にも似た声が上がるがエンジン音にかき消される。


 「ちょっと、付き合って?」

 「うん」


 疑問を口にする事なく頷く素直さに、ある意味では心配になりながらも微笑む。


 スムーズな駐車に気を取られていると、外に出るように手を取られる。完璧なエスコートに制服姿の自身が不釣り合いに思えるが、彼が気にする素振りはない。


 「ーーーーここ……」

 「一條様、お待ちしておりました」

 「彼女を頼む」

 「はい、かしこまりました」


 明らかに学生である彼女に頭を下げて応えるさまは、さすがは一流店といえるだろう。着替えを促されたかと思えば、鏡の前に座らされ、上質な革張りを気にしている暇はない。

 ヘアメイクに慣れているとはいえ、高校生になってから放課後にする機会は滅多になく、気づけば鏡の前には膝上丈のドレスに着替え、髪もハーフアップに整えられた美しい女性が映っていた。


 「ーーーーありがとうございます」

 「いえ……」


 お礼を言われたスタイリストの方が赤らめる。手を施した本人にとって最高の素材だった事だろう。モデルの真似事なら幼い頃にした事がある為、引っ込み思案な雪乃だが触れられる事には慣れている。緊張した面持ちを隠そうとする配慮すら感じられ、制服を着ていた事を忘れそうだ。


 「……匠さん、お待たせ…………」


 返答のない彼に近づくと、視線が交わる。


 「匠さん?」

 「あぁー…………綺麗だな……」


 ストレートな言葉に染まりながらも微笑む。社交辞令には慣れているが、婚約者に言われるとなれば別だ。否応なしに心音は速まるが、傍から見てもわからない程度だ。人前でのポーカーフェイスは健在だが、幼馴染や家族、婚約者と親しい者だけの前では別である。


 「……ありがとう……」

 

 見つめ合う二人に周囲の方が赤らめているが、匠に気にする素振りはなく荷物を受け取ると店を後にした。


 「ーーーーっ、た、匠さん……」

 「ん? どうした?」

 「あ、あの……」


 腰に手が振れ、不意な至近距離に慣れない。続く言葉も持ち合わせていない為、戸惑ったままだ。


 「美味しいディナー、食べたくない?」

 「……食べたい……」


 何となくドレスコードが必要な場所に行くと察しはついたが、今朝も前触れは一切なかったのだ。


 「ーーーー行こうか」

 「うん……」


 腕を組むように促され、素直に従う。腰を引かれるよりはマシだが、手を繋ぐ事が多い雪乃にとってハードルが高い事に変わりない。今も微かに染まる頬を、匠が優しい瞳で見つめている。


 「一條様、お待ちしておりました」

 「どうも」


 名を伝える前から顔で通じるフロントは、常連もしくはお得意様であると察しがつく。勘のいい雪乃であっても、予想外だったのは、これが受賞のお祝いである事だ。


 「雪乃、受賞おめでとう」

 「ありがとう……」


 グラスを傾けノンアルコールとソフトドリンクで乾杯をし、はじめて気づく。一番最初に祝ってくれた事が嬉しくて、失念していたのだ。彼が、あの一條家の次男である事を。


 「…………匠さん、昨日からありがとう」

 「いや……せっかくだから、着飾った雪乃とデートしたくてね」


 甘やかし上手な匠に、やられっぱなしだ。

 目の前に置かれる繊細で美しいフレンチに舌鼓をうちながら、ゆっくりと話しながら楽しむ。

 引越してからの一週間は朝晩と食事を共にするものの、寝る時間が異なるうえ匠は持ち帰りの仕事もあった。一緒に暮らすようになったとはいえ、四六時中一緒にいられる訳ではないのだ。


 「わっ……」


 思わず声を漏らす雪乃に、匠だけでなくリザーブしたウェイターも微笑む。どんなに着飾っていても、素の雪乃はまだ十代の可愛らしい女の子だ。


 「写真、撮ってもいい?」

 「よろしければ、お撮りしますよ?」

 「……お願いします」


 メッセージの書かれた冷んやりとした皿を傾け、寄り添って映る。緊張感よりも嬉しさが勝り、至近距離である事を忘れて寄り添う。


 「ーーーーおめでとう」


 耳元で囁かれた言葉に急激に染まり、嬉しそうに微笑む匠に何も言えなくなる。匠が雪乃に極甘なように、雪乃も婚約者のいたずら心に寛容であった。


 数時間前までのスーツと制服の不釣り合い感は一切なく、仲睦まじい二人はお似合いのカップルとして視線を集めているのだった。

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