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第28話 想い出のアイロニー③

 口を閉ざしたまま夕飯を終えると、祖父に呼び出された。


 「ーーーー雪乃、今回の件は以前から決まっていた事だ」

 「はい……」


 聡い雪乃が理解できない筈がない。本当は分かっていた。引き金になったとはいえ、ここまで大々的に報じられたのは裏で藤宮が動いていたからだと。そして、信用が一番な藤宮において、捏造だけは有り得ない事だと。

 全てが事実であり、変えられない現実だ。暴言を吐いた彼女を含む四人のクラスメイトの家が、破滅の道を辿る事になるだろう。


 「…………雪乃は、藤宮が嫌いか?」


 顔を上げれば、どこか不安げな眼差しと交わる。


 「いえ…………おじいちゃんも……お父さんも、すごいと思うよ」


 孫の本心に、冬時の表情が和らぐ。


 「ーーーーそうか……」

 「……おじいちゃん…………直接、下さなかったのは、どうして?」

 「そうだな……直接下さない制裁方法もあるという事だな」

 「…………制裁……」

 「今回の件で、花山院家の不穏分子は排除されるだろう。同じ会社を経営する者としての情けだ」


 その言葉だけで雪乃には十分だった。自身の疑惑が確証に変わっただけだ。

 藤宮家が今回の件に秘密裏に関わっていたのだ。告発するだけの証拠を十分に集め、タイミングを見極めていたのだろう。雪乃に対する暴言を祖父が許容できなくとも、それだけが理由にはならない。私利私欲で動く事は許されないのだ。


 自室に戻るなり、ベッドに倒れ込む。分かっていた筈の現実にくらくらした。

 父から報告がいったと容易に想像がついた。現社長である秋人ではなく、会長職に就く冬時の采配によるものだと知り、情報過多に思考が追いつかない。報じられた企業に何らかの関わりを持つクラスメイトが四人、他にも芋づる式に露呈し始めている。一両日中には決着がつき、もう二度と会わない生徒もいるだろう。


 感情を吐き出すように文字に起こしながらも、キーボードに触れた手が離れる。

 近々倒産に追い込まれるであろう企業には、友人と呼べるクラスメイトもいたのだ。


 「ーーーーっ……」


 自身を責めた所で現実は変わらない。親族が行ってきた代償を支払う時が来ただけの事。そう分かってはいても、感情まではどうにもならない。ぽたぽたと滴がこぼれ落ちていった。


 翌日には花山院との取引を中止する社が増え、取引があったというだけでどの企業からも袖にされるようになる。これは企業側がこぞって忖度した結果だ。秘密裏とはいえ、関わる所には話が及ぶように操作されていた。


 「ーーーーでは、最後に花山院くんから一言」

 「…………日本に帰ってきた時は、また会おうな!」


 司の転校を悲しむ生徒は少数派となっていた。元々尊大さを嫌っていた生徒の方が多く、花山院という名が地に落ちた今、仲良くする義理もない。砂上の楼閣であったと、自覚があれば救いだが、司に反省の色は見られない。

 昨日の顔色は親に苦言を呈された事からだろう。今は清々しいくらいギラつかせながら、美しい彼女を見つめていた。


 別れを惜しむ彼女たちから羨む視線を向けられても、嫉妬のような悪感情にはならない。それは雪乃の人柄の良さにあるだろう。

 花山院を慕う想いと友人との関係は、また別の話なのだと大人な思考を展開できる友人がいる一方で、司と同じく自身が一番であると信じて疑わない生徒も少なからずいる。彼女ほどの激しい思い込みはなくとも、転校するという現実を受け止めきれず、雪乃に矛先を向ける事で責任転嫁した。

 悪いのは花山院家であって司自身に非はないと、彼自身もそう信じていたように。


 「雪乃ちゃん! 司くんが転校しちゃうんだよ?!」

 「何かないの?!」

 「ちょっと! よく知らないくせに、勝手なこと言わないで!!」


 庇うように反論する愛理を制したのは雪乃だ。


 「ーーーー好きに解釈するのは構わないけど、あなたたちに関係ないよね?」


 アイスブルーの瞳が冷淡さを宿す。ただ静かな令嬢ではなく、意見するところは反論だってする。それが親友のことなら尚更だ。


 「なっ、何よ! どうせ大した事ないんでしょ?!」

 「そうよ! 私の家はプライベートジェットだってあるんだから!!」

 「ーーーーそう、あなたたちは親の力を振りかざすことしか出来ないのね……」

 「なっ!!」 「ーーっ?!」


 思わぬ反論に言葉を失う。雪乃の声色には屈服させる効果があった。


 親から藤宮の名を聞いた事があるというだけの認識で、雪乃と張り合えるはずも、愛理たちと対等な存在でいられる筈もない。


 「…………もう二度と話しかけないで」


 いつも穏やかで柔らかに微笑む雪乃は何処にもいない。


 「……愛理、帰ろう」

 「う、うん……」


 握られた手が微かに震えている事に気づく。愛理が追う背中から表情までは読み取れないが、繋いだ手から悲しんでいる感情は伝わっていた。


 一族で本の虫と言われるほど本が好きな雪乃は元来、人前が苦手だ。いつだって努力して表立って微笑んでいた。その緊張の糸がプツリと切れてしまったのだろう。

 家柄で見られたくない一方で、藤宮であることに変わりはない。どれだけ積み重ねたとしても、出来て当然な視線を痛く感じない日はなかった。


 「…………雪乃、大丈夫?」

 「うん、大丈夫だよ……」


 力なく微笑む瞳に宝石のような輝きはない。言葉の通じない相手との会話は、神経をすり減らしていったのだ。


 翌朝、何事もなかったかのように過ごす雪乃に変化があった。愛想笑いすらなく、彫刻のような笑みを浮かべ、それは美しくも作り物であった。






 「ーーーー疲れちゃったか?」

 

 こくりと頷き、返答はない。口を閉ざし何処か遠くを見つめる姿が、無心になって読書し続けた頃と重なる。


 ただ言った本人は覚えていなくとも、苦い記憶はいつまで胸を締めつけ苦しめる。


 『雪乃ちゃんのせいで、私の家が!!』


 ーーーー気づかない方がラクだった……気づかなければ友人が減ることも、傷つくこともない。

 今思えば短絡的な思考だったけど、当時の私はすでに疲れていたのかもしれない。

 愛想笑いが張りついて、いつしかそれが一部になっていた。

 無意識に人を傷つけていたとしても、鈍感でいる方が居心地がよかった。

 それが、仮初の現実だとしても構わない。

 今が、私の現実なのだから…………


 無表情になっていく一方で、書くことで感情を消化していった。高校生に上がる前には作家デビューを果たし、今ではベストセラー作家だ。


 雪乃から語られる現実は、楽しい想い出ではない。その元凶ともいえる花山院司との再会は、あって欲しくない出来事だった。


 「ーーーー海外に行ったと、聞いていたので……」

 「そうか……」


 会いたくなかったと、分かりやすい感情が前面に出ている。


 「…………司くんは……少し、雰囲気が変わっていました……言葉遣いは、相変わらずでしたけど……」

 「花山院家の三男か……次男が立て直ししたらしいな」

 「はい……」


 問い沙汰され事業に失敗した花山院家は、この五年ほどで一部の買い戻しに成功し、細々ではあるが事業を展開している。


 「…………また同じような事にならないといいけどな」

 「……はい」


 野心家な次男によって立て直されてはいるが、あまりいい噂は聞かない。真っ黒だった状態が少しグレーに変わっただけで、本質的には変わっていないようだ。

 少なくとも手のひらを返すように、こぞって賛同するというような企業は見られない。藤宮と比べれば足元にも及ばないのもあるが、一度失った信用を取り戻すのは並大抵の事ではないのだ。


 気分の沈んだままの雪乃の頬に、大きな手が触れる。


 「ーーーー匠さん?」

 「……あまりに言い寄ってくるようなら、俺の名を出してくれて構わない」

 「えっ……?」

 「これでも、花山院よりは名が通ってるはずだよ」

 「…………うん」


 ようやく戻った反応に笑みが向けられ、染まっていく。


 「ーーーーっ……」


 じんわりと広がっていく温かさに慣れず、逸らしそうになりながらも栗色の瞳から逸らせない。


 「…………勉強、するだろ?」

 「うん……」


 素直に頷く姿に危うさを感じながら、買ったばかりの参考書を開く。ぴったりと寄り添う匠に、はじめこそ緊張感が丸出しだった雪乃も集中する事で薄れていった。


 「ーーーー危ういな……」


 集中力の高まった雪乃に呟きは聞こえず、溜め息を呑み込む匠にも気づく事はない。

 英文を難なく訳していく姿に、感心した様子だ。


 「…………さすがだな……」


 流暢な会話は勿論の事、論文や課題も全てが英語だ。生半可な語学力では到底合格できない。匠も春翔も難なく乗り越えて今に至るが、それは並大抵の事ではないのである。


 集中力の高さを発揮し、難問を軽々と解いていく雪乃に現役合格するだろうと感じる。

 参考書になるような英文の本を一度で理解できる彼女の本気に、胸が高鳴る匠がいた。

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