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第27話 想い出のアイロニー②

 完全な言いがかりで憤慨する愛理とは違い、怒る事さえ出来ずにいた。ただ無知でいる怖さと視野の狭さに考えさせられ、違う言葉を口にする。


 「ーーーーみんな、ありがとう……」


 自身の代わりに怒り、対策を考える幼馴染には感謝しかない。


 「それにしても……あいつ、ヤバかったな」

 「ああ、おかしいだろ? 妄想癖かよ」

 「っていうか、あの子なに?!」


 愛理の怒りを抑えるように、ぎゅっと抱きつく。


 「ーーーーっ、雪乃?」

 「うん…………大丈夫だよ……愛理、ありがとう……」


 アイスブルーの瞳が柔らかな笑みを浮かべると、毒気が消え去っていく。


 「暫くは一人で帰るなよ?」

 「うん……」

 「あと、他人ひとから食べ物は貰わないこと。ちょっと前にもあったでしょ?」

 「うん、気をつけるね」


 いまいち危機感のない顔だが、細心の注意は払っている。『藤宮の名に恥じぬように』という教えは、脈々と受け継がれていた。

 良くも悪くも藤宮家の一員という事実に変わりはない。


 「ーーーー雪乃、後藤ごとうから報告があったぞ?」


 父の言葉に箸が止まる。陰ながらボディーガードが見守っている事は知っていたが、教室での会話まで筒抜けになるとは思いもしなかったのだ。


 「…………そうですか……」

 「何故、言わない?」

 「……取るに足らないことでしたから」

 「そうか……」


 それ以上の詰問はなく夕飯を口に運ぶが、美味しいはずの料理は喉を通らず、八割ほど残したまま席を立った。


 たとえ自身に非がなくとも隙を与えてはならない。数々の功績を残している分、恨まれる確率も上がるのだ。

 特に自身の能力を過信している者にありがちな思考もまた、後世に語り継がれていく。花山院家もその類に入るだろう。

 他者を退けながら遂行してきた非道の数々が露呈していないのは、金でものをいわせているからだが、金だけの繋がりは非常に脆い。結局、金にものをいわせてきた花山院家の味方はいないだろう。取引先に適正価格と正当性を主張すれば、簡単に寝返ると、秋人には想像がついた。


 グレーな部分が多いとしか知らない雪乃に、そこまでの知恵はない。花山院家が付き合いを控えたい相手だとしても、クラスメイトである司を避ける事は不可能だ。


 秋人は娘の交友関係にまで口出しはしないが、危険があれば躊躇いなく排除する冷淡さも兼ね備えていた。相手の言われるがままに動いては、功績を残すことも、藤宮を大きくする事もかなわない。彼の手腕一つで明暗が分かれるのだ。


 「はぁーーーー…………」


 思わず溜め息を吐き、月の見えない空を見上げた。


 …………分かってる……付け入る隙があったと、言いたいことくらい……


 しっかりとした教養の身についた雪乃は、藤宮家からいつ出してもおかしくない令嬢だ。

 兄と歳の離れた妹という事もあり、一族中から可愛がられて育ったといっても過言ではない。そんな境遇にも関わらず、彼女は自身の家を受け入れ、学びながら過ごしてきた。百人中百人が彼女を選ぶほど、できた娘だろう。成績は常にトップに加え、語学も堪能。運動部に所属していないものの、スポーツも得意だ。

 そんな非の打ち所がない彼女にも秘密があった。それが小説だ。この頃から読むだけでは足らず、自身の言葉で綴る事を繰り返していた。


 「…………会いたい……な……」


 思わず口にした本音に驚く。兄が家にいない寂しさだけではなく、自身で想っていたよりもずっと匠の事が好きだったのだと。

 彼らが大学に進学してから、まだ二年も経っていない。いつか風化する想いだと言い聞かせ、問題から目を逸らしたい所だが、それは叶わない。


 私も……藤宮家の娘なんだから…………躊躇して、大切なモノを見逃したくない。


 タイミングを見極める嗅覚は鋭いのだろう。反論したようにすべてを受け流すようなことはない。自身の大切なモノを守る為なら、冷淡な対応もする時がある。

 司がたじろいだように、アイスブルーの瞳に非難されれば、口を閉ざすしかなくなるだろう。いつもは穏やかな彼女に袖にされれば尚更だ。


 「ーーーー雪ちゃん、大丈夫?」

 「うん……」


 心配そうな母に頷き、微笑んでみせる。張り付いたような笑顔になったのは、春翔が日本を離れてからだろう。

 母なりに心配しているが、何でもそつなくこなす娘に適当な言葉が見つけられず、出来る事といえば側に寄り添うくらいだ。


 「…………もっと、周りに頼っていいのよ?」

 「うん……ありがとう……」


 雪乃にはなかなか難しい事だ。可愛がられて育った自覚があるからこそ弁えている。大人びて見えるのは見た目だけではなく、頭の回転力の速さだろう。


 何もない事を願いながらも、嫌な予感が頭を過ぎる。倒産に追いやりたい訳ではないが、出来る事なら二度と関わり合いにはなりたくない。身に覚えのない言いがかりも、藤宮家に対する過剰反応にも、辟易していたのだ。


 騒ぎを起こした張本人は、沈んだ顔で登校していた。


 特に花山院家当主が藤宮を知らない筈がないのだ。ほんの一握りの選ばれし者だと自負する花山院家の人間にとって、藤宮は格が違いすぎる。

 逆恨みは勝手だが迷惑な話だ。勝手に好きになって、勝手に失望する。思い通りにいかないからといって、他者を虐げていい理由にはならない。

 そんな簡単な事も理解できない程、彼は愚かだったのだろうかと、感じずにはいられない。少なくとも彼に変化があったのは今年に入ってからだ。そう雪乃たちは認識していた。


 視線に気づき顔を上げれば、司と目が合い逸らされる。彼は青ざめた顔をしていたが、雪乃には心当たりがないため理解し難い。

 昨日まで自信満々で語っていた司も、雪乃に突っかかってきた彼女もいない。他にも欠席者はいるため気に留めていなかったが、彼女は出席すらしていないのだ。


 嫌な予感が過りながらも、授業が始まり打ち消した。


 藤宮家がどれだけの力を持っているか、雪乃なりに知っているつもりだった。

 祖父を訪ねてくる大臣やテレビで見た事のある俳優。それは様々な職種の人たちが本家を訪ねていた。なかには門前払いされる人を目にした事もあるし、番犬が追い払う場面に遭遇した事もある。限られた人としか祖父が面会する事はなく、単純に凄いんだと肌で感じていた。


 藤宮は国内外問わず名が知れているが、交友関係は限られている。自身も何かしらに秀でている事が絶対条件であるし、面会に来た人物に理があっても藤宮家に理があるとは限らない。それ程までに巨大な財閥の名残が今も色濃く残っている。

 デメリットも多いにあるが、次期社長候補の春翔を筆頭に分家まで揃って優秀だ。起業に興味がなく、家を出て活躍する画家や写真家もいる。幼い頃から一級品に触れ合って育った結果だろう。芸術家の多くも、元を辿れば藤宮家に繋がっているといっても過言ではないのだ。


 「今日、欠席者多くない?」

 「うん……」


 愛理の疑問に表情が強張る。まだ十二歳にも満たない雪乃に、詳しい事情は一切知らされてはいない。ただ、これだけは分かっていた。欠席者は花山院家と縁のある生徒だったという事。そして、その中には昨日の彼女が含まれ、限りなく黒に近かった一線を超えたのだと、スマホを見ればネットニュースが流れる。


 「ーーーーっ!!」

 「どうかしたのか?!」 「雪乃?!」 「大丈夫か?!」


 急激に真っ青になる顔色に、幼馴染が揃って声をかけるが反応はない。スマホを持つ手が微かに震え、アイスブルーの瞳に陰を落とす。

 屋上に他にもクラスメイトがいたなら、確実に雪乃を気遣っていただろう。それ程までに顔色が悪くなっていた。


 「ーーーーうん……」


 ようやく息を吐き出したかのように応えるが、表情は優れないままだ。


 「…………これ……見て……」


 手元を覗き込み、目を見開く。そこには中小企業の不祥事がいくつか示され、花山院家との癒着が疑問視されていた。


 「ーーーー秋人さんか……?」


 力なく頷き、聡い四人は欠席者の意味を理解した。


 「気にする事ないよ! 捏造する事だけはないんだから!」

 「うん……」

 「だよなーー、元々そういう兆候があったって事だろ?」

 「ああ、そういう所は冬時の爺さん並みに厳しいからな」

 「そうそう、あの子にはいい薬よ!!」


 昨日の怒りが収まっていないのだろう。冷静な二人に対し、愛理の顔は赤い。学校にいる為、怒りをコントロールしているのだ。


 「それにしても、意外と多いなーー」

 「うん……」

 「ついでに一掃したんだろ?」

 「……そうだね」


 雪乃への暴言だけで取引中止を子会社に命じた訳ではない。特に都内において、藤宮と全く関わりのない企業の方が少ないのだ。

 一掃という言葉は適当であった。不穏分子を排除すべく、見せしめのように不祥事が露呈した。それは、『花山院家に次は無い』という警告でもあった。


 風磨の言った通り、元からその兆候はあったのだ。

 藤宮に所縁があると風潮し、有りもしない妄想をさも現実のように語る。藤宮をよく知らない一部の人にとっては、それが事実であるかのように映る。


 藤宮家の直系が関わる大企業の影響力は絶大だ。

 手元で更新され続けるニュースには、賄賂を渡し融通させた仕事があるとして、謝罪会見に至るまでの経緯が示されている。

 花山院家に対してではなく、欠席者と関わりのある社に対し、贈収賄の疑惑や不倫の事実と、数々の不祥事が取り上げられていた。

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