表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/72

*番外編* 桜が降る夜

回想と第24話デート後の匠視点のお話

 雪乃ちゃんとはじめて会ったのは、君がまだ五歳の頃だ。

 白く小さな手を握る春翔が羨ましかった。

 俺には兄と弟しかいないから、余計にそう思ったのかも知れない。


 幼い頃から割と人に好かれるタイプで、人間関係はそれなりに上手くやってきた。

 君とお見合いをするまでに交際した人もいたが、いつも同じような理由で別れてた。

 正直うんざりしてたにしても、あの条件はなかなか最低だったと思う。


 『容姿端麗でバイリンガルで、家庭的な人を連れて来い』


 この条件に当てはまる女性を思い浮かべた時、君しかいないと思ったのは確かで、結婚相手を探しているとはいえ、冬時さんが孫娘を溺愛しているのは周知の事実で、無理に縁談話を勧めるとは到底思えなかった。


 ーーーー誰にも譲れなかったんだ…………八年ぶりに再会した君は、美しい女性になっていた。

 アイスブルーの瞳に笑いかけられる度、ドキリとした。

 俺の安っぽい策略なんて冬時さんにはバレていたと思うが、それでも縁談話を勧めてくれたことに安堵した。

 それくらいには、信用されているってことだから……


 『…………俺は、君がすきだよ』


 わずにはいられなかった…………再会した日に告げていたら、君は【仮】でも婚約してくれなかっただろう。

 理由がなければ会う機会はない…………それが、今までの関係だ。

 春翔がいなければ、俺が映ることはなかった。


 【桜が降る夜】は文庫化、漫画化、実写映画化だけでなく、アニメ化、アニメの映画化にまでなった。

 様々なメディアで取り上げられ、更にその年の賞を総なめした。

 そんな一躍時の人となった【月野ゆき】が、顔出しする事はなかった。

 この三年ほどの活動で、一度も顔出しした事はなくとも、書けばヒット間違いなしとまで言われている。

 緘口令が引いてあるのか、サインを飾る書籍店の関係者ですら、彼女の素性を知る者はいなかった。

 それなりに交友関係が広い俺でも、作家自身の情報を手に入れるのは難しかった。

 ようやく手に入れた情報も、まだ学生という事だけで、性別も、何も分からないままだ。

 まだ学生というだけで、勝手に大学生が書いているのかと思ったくらいだ。

 とても……高校生が書けるような物語ではなかった。


 ここまで惹かれる事自体が稀で、だからこそ【月野ゆき】について知りたくなって、新刊が出る度に電子ではなく書物を購入した。

 君だと知った時には、本棚のちょっとしたコレクションになっていた。


 『…………匠さんは、【月野ゆき】をご存じですか?』


 彼女の口から聞く事実に、何処か納得した事に気づく。


 いくら春翔が薦めたからって、ここまで読み続けていられたのは…………君が、【月野ゆき】だったから…………惹かれない理由はない。

 俺は…………君に会うために縁談をお願いしたが、八歳も違う君に抱いてる想いは、恋愛感情なんかじゃなかった。

 こんな可愛い妹がいたら……春翔みたいに着飾りたくなるし、連れて回りたくなるだろうな…………最初は、それくらいの想いだったんだ。


 誰にも感じたことのない感情を抱いたのは、書店で見かけた時の横顔だ。

 嬉しそうに頬を緩ませながらも、どこか不安げに瞳が揺れていた。

 駆け寄って、話しかけたい衝動に駆られながらも、そうは出来なかった。


 イギリスに行く前に交わした言葉を、君は覚えていないだろうな…………いつの間にか降り積もる雪のように、想いだけが募っていたんだ。


 『月が綺麗ですねーー』


 有名な一節をまだ十歳の君が知ってるとは思えなかった。

 それでも、大人になった君と再会することがあれば…………


 『あぁー…………雪乃ちゃんと見てるから、かもね』

 『ふふふ、満月は吸い込まれそうですよね』


 意味が伝わるはずはなく、夜空を見上げる君は少し大人びて見えた。

 彼女の家庭環境なら仕方のない事なのかもしれないが、外で遊ぶよりも部屋で読書を好む君は、少し春翔と似ていた。

 恐ろしく頭の回転が速いのは、将棋の手数からも明らかだった。

 君は知らないと思うけど、奨励会に入って欲しいという話もあったらしい。

 体格さの関係あるスポーツでなければ対等な存在だ。

 藤宮家の長女として生まれ、家督を継ぐことがないのにも関わらず、すでに恥じない生き方をしていた。


 『ーーーー吸い込まれそう……か……』

 『はい…………』


 家を離れ、どこか遠くへ行ってしまいそうな……そんな横顔が印象に残った。


 家督を継がない俺は、割と自由に育った。

 兄ほど厳しくはなかったと思うけど、弟ほど甘やかされていなかったとも思う…………だからこそ、期待されてないと感じた時期もあった。

 そんな勘違いがいつの間にか消えていたのは、間違いなく君のおかげだ。


 大学では英語でのディスカッションが基本だ。  

 自身の想いを母国語以外で伝えるのに、慣れていたはずの俺でも苦労はあった。

 親友の春翔がいたから、学生時代はとても有意義なモノになったが…………藤宮兄妹がいなければ、今の俺はないと断言できる。

 それくらい…………感謝してるんだ……


 『雪乃ちゃんは……将来なりたいもの、ある?』

 『本が好きなので……書籍に関われる仕事につきたいです』

 『そうか……きっと、君なら叶うよ』

 『ありがとうございます…………匠さんは?』

 『俺?』

 『はい…………春兄と……匠さんが通う大学は、とても難しいと聞きました。どうして、行こうと思ったんですか?』


 迷いなく夢を語る彼女と、純粋な好奇心に苦笑いしながらも微笑んだ。


 『……一條と関係ない場所で、どの程度できるか……試したいから、かな……』

 『試す…………』

 『あぁー……』


 考え込んだような横顔がなんとも愛らしい。彼女なりに答えを導き出そうとしているのだろう。


 『…………雪乃ちゃん、ありがとう……』


 何のお礼か分からない表情は一瞬で、柔らかな笑みを浮かべる彼女に、藤宮家の凄さを垣間見た気がした。


 まだ幼い君は立場を弁えているし、愛想笑いだって必要とあればする。

 十八歳の俺よりも、ずっと大人だ…………会う度に成長していると感じる君は、まだまだ発展途上だ。


 今までとは違う感情に気づき、そっと蓋をした。

 受験の追い込みは言い訳で、君を見たら揺れるから……未成年の君にあってはならない感情だ…………彼女だっていた事があるのに、優先順位はずっと低かった。

 春翔よりも、君よりも、ずっと……低かったんだ………


 「匠さん、ありがとうございました」


 玄関先まで見送ると、必ず頭を下げてお礼を伝える姿が美しい。

 言葉遣いも所作も、君が頑張ってきた証拠だと思う。

 穏やかに微笑まれ、惹かれない奴はいないだろう。

 学祭みたいに……機会があれば、お近づきになりたいと思ってる奴は多いはずだ。


 「ーーーーこれから忙しくなるな……」

 「うん…………また、会えますか?」


 上目遣いと交わり、衝動に駆られながらも抑える。


 「あぁー……雪乃ちゃんがよければ、いつでも」

 「ありがとうございます……」

 「卒業したら、また改めてご挨拶に伺わせてくれ」

 「…………うん」


 怖がらせる事は匠にとっても不本意だが、婚約者という立場を利用しない手はない。【仮】で無くなったのなら尚更だ。

 想いが通じ合ったのだから、少しくらい攻めても許されるだろうと、バランス感覚の良さを発揮し、そっと引き寄せた。


 「ーーーー匠さん……」


 染まった頬が愛らしく。瞳を近づけると、ぎゅっと瞼を閉じる仕草に笑いを堪える。触れればピクリと肩が動き、目眩がしそうだ。


 柔らかな感触が離れ、初々しい反応を目の当たりにすれば、愛おしさが込み上げてくる。


 「…………雪乃ちゃん……もう一回、したい?」

 「!!」


 悪戯心で告げた言葉は、どうやら彼女の想いを言い当てたようだ。上気した頬と潤んだ瞳に誘われるかのように高鳴る。


 ーーーーしたいのは、俺の方だ……


 「…………開けたままで……いいの?」


 目の前に迫る瞳にぎゅっと瞼を閉じる君は、やっぱり愛おしくて…………【桜が降る夜】の初々しいヒロインと、重なって映った。

 そっと触れ合っては離れ、アイスブルーの瞳が間近にある現実にようやく叶ったと感じた。


 「…………離れ難いな……」

 「あ、あの……」

 「ん? どうした?」


 ぎゅっと抱き寄せたまま、柔らかな感触を満喫したい下心を隠して、髪をなぞる。


 「…………【星の在処】が出来たら、読んでもらえますか?」

 「あぁー、勿論。読者だって言っただろ?」

 「うん……ありがとうございます…………」


 花が綻んだような君に、俺が出来る事はきっと少ない。

 自身の力で夢を叶えたように、無事に進学するだろう。

 その点の心配はしてないが、確実に遠距離になる不安がないと言えば嘘になる。

 三年もそばにいられないなんて…………きっと、俺の方が耐えられそうにない。


 考えを巡らせ、婚約指輪をつける約束を取り付けた。

 独占欲丸だしの行動だが、君は分かってないだろうな……静かに降り積もる雪のように、会う度に惹かれていくこと。

 あの主人公のように、もう止まれないんだ…………


 「……おやすみ」

 「おやすみなさい……」


 頬に寄せた唇で真っ赤に染まった頬が、どこか幼い頃を思わせる。


 雪乃ちゃんとはじめて会ったのは、君がまだ五歳の頃だ。

 白く小さな手を握る春翔が羨ましかった。

 俺には兄と弟しかいないから、余計にそう思ったのかも知れないが、その手を握れる距離になった。


 ちっとも策略通りに動かせてはくれないが、君の隣は居心地がよくて……離れられそうにないんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ