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第21話 イケメンくんとメイドちゃん②

 「ーーーー匠さんも、ここの卒業生ですよね?」

 「あぁー、懐かしいな」

 「総合優勝したって、聞いたことがあります」

 「そうだったな……三年の時は、春翔と同じクラスだったからな」


 並んで歩く二人は手を繋いだままで、そのうえ雪乃はメイド服姿のままだ。いくら学園祭でコスプレや制服を着崩す人が多いとはいえ目立つ。長身の匠と行動していれば尚更だ。


 春翔の懸念は最もではあったが、そこは抜かりない匠である。雪乃の昼食を買って生徒会室に来ていた。勿論、生徒会長の清隆をはじめ、幼馴染の協力があっての事だ。


 「美味しい?」

 「はい! クラスのスコーン、どうでしたか?」

 「美味しかったよ。君の料理には負けるけど」


 さらりと告げる本心に、急激に染まる。そんな雪乃に愛おしそうな視線を向ける彼は、自重する事がすっかりと抜け落ちているようだ。


 「ーーーーあ、あの……」

 「ん?」

 「…………匠さん、私……」

 「それは、いい返答かな?」

 「えっ?」


 口を塞がれた手がゆっくりと離れ、頬に触れる。


 「俺……君のことに関しては、どうも……狭いみたいだ」


 ポーカーフェイスの見る影はなく、匠に振り回されている。染まった頬も、言葉が詰まるのも、すべて彼が見せる雪乃だ。


 「ーーーー私……」


 目の前に迫る栗色の瞳がまっすぐに射抜く。硬直した雪乃は逸らす事すら出来ない。


 「俺としては、このまま流されてくれてもいいんだけど?」


 唇が近づき、ぎゅっと目を閉じると、柔らかな感触が頬から離れていった。


 「ーーーーっ?!」

 「待つとは言ったけど、口説かないとは言ってないから」

 「…………意地悪です……」


 ジト目で睨んでみせても効き目はなく、匠は楽しそうに笑うだけだ。


 「ーーーー君はモテるからな」

 「えっ? 私が??」


 本気で気づいていない様子に呆れ顔だが、あれだけの好意に気づかないとは、いっそ清々しいだろう。


 「あぁー」

 「匠さんほどではないですよ」


 予想外の返答に思わず苦笑いだ。向けられる視線が分からないほど鈍感ではないが、自身に向けられているとは思いもしないのだ。雪乃は基本的に一人で行動する事が少ない為、先程までも匠に向けられる視線の多さに驚いていたくらいだ。


 「ーーーー戻ってるな」

 「えっ?」

 「敬語」


 指摘され、はじめて気づく。自身を保つ為に無意識に戻った言葉遣いに、頭の片隅に追いやった記憶が微かに過ぎる。

 そっと瞼を閉じ、呼吸を整えた雪乃は、まっすぐに見つめ返した。


 「ーーーー匠さん……今日、来てくれて……ありがとう」


 柔らかな笑みに高鳴る想いを誤魔化すように頭に触れられ、頬が染まる。記憶の中の彼と重なり、心音が速まる。


 「ーーーー慣れない?」

 「うっ……うん……」


 慣れるはずがないのだ。再会してから五ヶ月程で、デートは両手で数えられるほど。手を握る事には慣れても、心情までは思い通りにならない。今も、教室に二人きりという状況に落ち着かない様子だ。


 「雪乃ちゃん、どこか見たい所ある? 一つくらい、学祭の思い出が欲しいんだけど」

 「…………写真、撮ってもいい?」

 「俺と?」

 「う、うん……さっきは春兄もいたから……」


 語尾が小さくなっていく雪乃に嬉しそうに微笑む。匠にとって思いがけない要望だ。


 「俺のスマホでも撮っていい?」

 「うん……」


 頷く雪乃の肩を抱き寄せ、カメラに収まる。至近距離に鼓動が速まり、声にならない。それでも離れようとしなかったのは、確かめようとしていたのかもしれない。嫌悪感がないだけで、好きだとは限らない。嫌悪感を抱かない相手なら幼馴染を筆頭に一定数いるのだ。若干の人見知りを除いても、兄の親友というだけで、無条件で好きに慣れるほど簡単ではない。


 「その恰好、独り占めしたかったな……」

 「えっ?」

 「いや……」


 思わず溢れた本音に、匠は顔を背け口元を抑える。八歳も年下の彼女の同級生にヤキモチを焼く程の独占欲があるのだ。

 雪乃は、微かに耳の染まった彼に思わず手を伸ばしていた。

 

 「ーーーーあっ……」


 さらさらの髪に触れると、じんわりと心の奥が温かくなっていく。


 「雪乃ちゃん、さすがに恥ずかしい」


 触れていた手を取られ、匠の腕の中にいた。


 「ーーーー匠さん?」

 「…………君は……」


 続きは聞けず、立つように促され、揃って見て回る事になった。巡る間中、手を繋がれていた為、『藤宮雪乃に彼氏がいた!!』と、男子生徒が陰で泣いたそうだ。


 当の本人は呑気なもので、彼と巡る時間を楽しんでいた。柔らかな笑みとメイド服姿も相まって、A組のいい宣伝になりながら。


 「雪乃ーー♡」

 「愛理、お疲れさま」


 普段と変わらない彼女に安堵した春翔は、詳しい話は聞かなくとも親友が原因である事は分かっていた。


 幼馴染と合流して四人が揃うと、また一段と目立つ。余程の地位にいなければ、家名を背負う次期当主とは無縁だろう。それでも彼女たちの家柄を知らない生徒から見ても、一目置かれる存在である。それは単に生徒会役員だからという理由ではなく、カリスマ性が備わっているからだ。

 

 「ありがとう。おかげで雪乃ちゃんと巡れた」

 「いいえーー、色んなところで噂は聞きました♡」

 「噂?」

 「雪乃に彼氏が出来たって噂♡」

 「あいつはショックだろうな」

 「縁がなかったのよ」

 「愛理は意外とドライだよなーー」


 メイドとイケメンに囲まれた匠は、春翔と顔を見合わせた。同い年だったなら、楽しかっただろうなと。

 学生時代を共に過ごした仲間と今も交流があるとはいえ、学生の頃のようにはいかない。社長として務めを果たすべく労働する時間の方が圧倒的に長いと、身をもって知っているからこそ眩しくも映っていたのだ。残り少ない彼女たちの日々が、実りあるものであるようにと。


 「雪乃ちゃん、またね」

 「うん……」


 繋いでいた手が離れていき、寂しさを覚える。彼の手がいつの間にか支えのようになっていたのだ。


 「雪乃、またな。今度、杏奈が遊びたいってさ」

 「うん、春兄……杏奈さんにも、よろしくね」

 「あぁー」


 頭に触れる手が違う事に気づき、一瞬戸惑いの色が映り、消えていった。

 代わりに頬が染まっていき、ありありと分かる表情を引き出した春翔を攻める所だが、彼女の顔色が変わったのは匠が原因である。


 ーーーーーーーーずっと……あったんだ…………


 「雪乃、どうかした?」

 「ううん、綺麗だね」

 「ああ」

 「これで生徒会の仕事も終わりだな」

 「うん」


 キャンプファイヤーを囲み、音楽に乗せて騒ぐ生徒たちを眺めながら振り返る。今日まで彼と過ごした時間を。


 「ーーーー愛理……」

 「んーー?」

 「……綺麗だね」

 「うん!」


 ゆらめく炎の向こう側に覗く三日月は、とろりと溶けそうなほどに輝いて見えた。


 「藤宮……ちょっといいか?」

 「うん?」


 石井の呼び出しに応え、輪の中を離れていくが、幼馴染からも目の届く範囲だ。本来なら二人きりの場所で告げるつもりだっただろうが、それを簡単に許すほど彼は信用されていないのである。


 「ーーーー今日……彼氏が来てたって聞いた」

 「うん……」


 頷いて応えた雪乃から、迷いが消えていくようだ。


 「……俺……藤宮のこと、好きだったんだ……」

 「…………私……」

 「いや、伝えたかっただけだから……」

 「…………石井くん、ありがとう……」


 石井にとってはじめて視線が合ったような感覚だ。高嶺の花と表現される事が多い彼女は、誰に対しても優しい。それは、誰も彼女に映っていないのではないだろうかと、そこまで気づく者は滅多にいない。石井も気づかないうちの一人だったのだ。彼と歩く姿を見るまでは。


 「雪乃、大丈夫?」

 「うん……そろそろ発表だね」

 「ああ」

 「ホストクラブも集客あったしな」

 「私と雪乃がいるんだから、A組が有利でしょ?」

 「相変わらずだなーー」


 変わらない幼馴染に笑みが溢れる。それは、周囲の視線を集めるほどの笑顔だ。一瞬で虜にする彼女に溜め息を漏らしそうになりながらも、結果を待った。炎の揺らめきを眺め、これが最後の景色だと感じながら。


 「ーーーー総合優勝は、三年A組のメイド喫茶です!!」

 

 その瞬間、歓喜の声が近くで響く。クラスメイトが抱き合い喜びを露わにする中、雪乃は愛理を受け止めていた。彼女もまた抱きつかれていたのだ。


 「ーーーーーーーー愛理…………」


 そっと耳元で告げた言葉に、愛理は叫びそうになりながらも、さらにぎゅっと抱きつく。風磨のヤキモチが炸裂しそうだが、彼女の表情に気づく。炎ではなく真っ赤に染まった頬が、想いを告げているようだった。


 「雪乃ーー、写真撮ろう!」

 「うん!」


 クラスメイトに呼ばれ、メイド服姿で映る雪乃は穏やかに微笑んでいた。


 「ーーーー雪乃、何だって?」

 「…………自覚したって……」

 「よかったじゃん」

 「嬉しいけど、よくないの! 私の雪乃がーー」

 「ったく、いい加減にしろよ?」

 「はーーい、風磨も写真撮ろう?」

 「ああ」


 あっさりと機嫌を直す風磨に、清隆が呆れ顔になりながら、燃え盛る炎を囲む。


 雪乃と愛理が一日中メイド服姿で過ごした事もあり、三年A組が総合優勝を果たし、学園祭を終えたのであった。

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