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第20話 イケメンくんとメイドちゃん①

 「雪乃ーー、こっち向いてーー」


 小さく頷いて振り向いた雪乃はメイド服姿だ。長い髪は愛理とお揃いのアップスタイルで可憐な印象である。


 「愛理……一緒に撮ろうよ?」

 「うん! でも、もうちょっと!」


 開店前のA組では、スマホで撮影会が行われていた。


 揃ってシズお手製の朝食を取った一行は、今日の来訪について話す事はない。というより、話そうとしては雪乃が珍しく避けようとするため話題にできなかったのだ。それでも学園祭を回る予定に僅かなデートの時間が追加され、それぞれのクラスに分かれたのである。


 講堂では劇やファッションショーが行われ、体育館では等身大のリアル人生ゲームが用意されている。校庭には電球ソーダやタピオカドリンク、クレープやチュロス等のテントが並び、学園祭は朝から賑わっていた。


 『おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様』


 乗り気な愛理に釣られ、雪乃も照れずに接客していた。

 注文を取る度に写真を断っているが、友人のスマホには収まる。その横顔は楽しげだが、落ち着かない気持ちを持て余していた。


 看板娘が二人いる事もあり、三年A組は朝から繁盛している。満席の教室に、廊下には長蛇の列が出来ていたが、予想通りだったのだろう。プラカードを持ったメイド服姿のクラスメイトが案内している為、教室と持ち帰り用の客が混在する事はなくスムーズだ。


 ただでさえ活気のある廊下が騒然となる。出入口で案内していたクラスメイトは緊張した面持ちだ。


 「な、何名様でしょうか?」

 「二名で」

 「か、かしこまりました……」


 接客された当人には、よくある事なのだろう。特に驚いた様子はなく、教室にいる妹に向けて手を振った。


 「…………おかえりなさいませ、ご主人様……」


 スマホで構わず写真を撮る兄に、申し訳なさそうな顔をする婚約者。美丈夫二人に囲まれても引けをとらず、まるでそこだけに違う空気が流れているようだ。


 「春翔が悪いな……」

 「いえ……匠さん、今日は来てくれてありがとう」

 「あぁー、その恰好も可愛い」

 「ありがとう……」


 頬を赤らめる雪乃と見つめ合う匠、兄は相変わらずな二人を無言で写真に収める。

 驚いた二人が凄んで見せても効果はなく、寄り添うように促す。牽制的な意味合いを終えると、愛理が駆け寄った。第二の美少女の登場に周囲は騒々しい。


 「春翔さん、おめでとうございます」

 「ありがとう」

 「一緒に写真撮ってもらえますか?」

 「もちろん」


 人たらしっぷりは健在で、雪乃が溜め息を呑み込むと、視線が交わる。


 「ーーーー元気そうでよかった」

 「うん……匠さんも……」


 甘ったるい雰囲気は恋人同士のようだが、あれから告白について匠が触れた事はない。仮の婚約は今も続投中である。


 注文したメニューを机に並べる仕草すら美しく、雪乃が接客する度、目線で追う客がほとんどだ。外部の客は美少女な愛理も目で追うが、生徒のほとんどが彼氏持ちだと知っている為、迫られる事は少ない。それでもお祭り騒ぎの雰囲気も相まって写真をせがまれてはいるし、声をかけられてもいるが、彼らが来店した事によってその数は激減した。美丈夫二人に敵うはずがないと悟ったようだ。


 「美味いな」

 「あぁー、クオリティー高いじゃん」

 「ありがとう、この後はどうするの?」

 「あーー、少しくらい一緒に回れるか?」

 「うん」


 兄妹の会話だが、何も知らない他人からすれば恋人のように見えなくもない。クラスメイトの中には雪乃の兄だと知る者もいる為そう思う者は少ないが、石井のように好意を抱いている者にとっては彼の存在が気になる所だ。

 仲良く写真に収まる姿を見ても、簡単に諦め切れるような恋心ではないのだろう。昨夜、愛理が尋ねるくらいには幼馴染の警戒対象者だが、石井だけではないのが厄介である。


 向けられる視線を感じながらも、被害がなければ対抗しようがないのも確かだ。


 「雪乃ちゃん、少し二人で抜けれる?」

 「おい、匠……堂々と妹を誘うな」


 半ば春翔を無視し、雪乃の手を握った。先程の兄よりも牽制の意味合いが強いだろう。態とらしく引き寄せ、返事を待つ。この状況に耐えられなくなった雪乃は、小さく頷いてから接客に戻っていった。


 愛想を振りまく雪乃は、彼の視線にだけは敏感なようだ。振り返れば、優しく微笑む匠と、それに気づき手を振る春翔の姿が目に入る。軽く手を振って返事をしてみせるが、落ち着かない。

 周囲の目は変わらずに注がれているが、それでも彼らが来る前に比べれば減った方だ。


 「雪乃、愛理、行けるか?」


 顔を覗かせたのはスーツ姿の清隆だ。新たなイケメンの登場に教室は色めき立つ。


 「キヨ、お疲れさま」

 「お疲れーー、風磨もすぐ来る」

 「うん」


 仲のいい幼馴染である事は周知の事実であるが、外部の客はそうはいかない。接客中に向けられた笑顔で、舞い上がった想いが無惨に散っていくようだ。

 

 落胆の顔が並ぶなか、雪乃の周囲を観察していたのは匠だけではない。春翔も同じである。兄として悪い虫を排除する意向のようだが、匠にとっては今更のため口出しする事も、咎める事もない。

 それよりも気になるのは同級生の視線だろう。あれだけの熱視線を向けられて気づかない程、雪乃は鈍感なのだろうか。あれだけ頭の切れる彼女が気づかないとは考えにくい。幼馴染とは違い、匠と春翔がそう結論づけたとしても無理はないが、本人は本当に気づいていないのだ。何となく察してはいても、あり得ないと打ち消していた。


 「待たせたな」

 「風磨、遅い!」

 「お疲れさま」


 態と頬を膨らませて主張する愛理の頭を優しく撫でる。こちらも客に衝撃を与えたようだ。明らかな恋人の距離感に落胆した様子が分かる。


 「あーー、雪乃、愛理、着替えるの待って!」

 「どうしたの?」 

 「来たままでお願い!!」

 『えっ?!』


 雪乃は愛理と顔を見合わせ驚いていた。

 実行委員曰く、 B組と投票数が僅差のようだ。昼を過ぎた為、中間発表が校庭で行われていたので最新情報である。

 クラスメイトの懇願に嫌な顔せず応える雪乃に、愛理も頷く。二人の了承を得られ喜ぶ実行委員に対し、風磨と匠に加え春翔まで複雑な心情のようだ。愛らしい姿をこれ以上ひと目に触れさせたくはないのだ。


 「キヨと風磨は着替えてくる?」

 「あーー、俺たちもこのままでいてくれってさ」

 「は?」

 「仕方ないだろ? A組と競ってんだから」

 「はぁーー、分かった。着崩すくらい許されるだろ?」

 「そこまではな」


 そう言ってネクタイを緩める清隆に、視線を向ける女子は多い。


 「……二人ともモテるな」

 「あぁー、昔からモテてたからな」

 「だろうな」

 「ーーーーお二人にだけは言われたくないんですけど……」

 「ああ」


 春翔だけでなく、匠も雪乃に近いものがあると感じずにはいられない反応だ。本当に感心しているような反応だからこそタチが悪い。八歳も離れているのにも関わらず、思わず溜め息が出そうになる風磨と清隆がいた。


 「春翔さん、ご案内しますよ♡」

 「じゃあ、頼もうかな。雪乃は匠と回るだろうし」

 「えっ?」 「は?」

 「息ぴったりだな」


 したり顔の兄にジト目で睨んでも効果はない。頭を撫でられ、誤魔化されるだけだ。


 「ーーーー雪乃ちゃん、行こうか」

 「…………うん」


 差し伸べられた手を握り返す。告白される前と変わらない匠に戸惑いながらも花が綻ぶ。それは、この教室にいた全員を虜にするような笑顔だった。


 「少しの間、雪乃ちゃん借りて行くね」

 「は、はい!」

 「春翔、また後でな」

 「あぁー」


 揃って教室を出て行く姿を見送ると、春翔が口を開いた。


 「ーーーー何か、あったのか?」

 「プールの件じゃなくてですか?」

 「あぁー、それとは別に……」

 

 幼馴染が顔を見合わせる様子に、気のせいだったと首を振った。


 「少し過ごしたら戻ってくるだろうから、それまで案内よろしくな」

 「はい♡」


 乗り気な愛理に釣られ、風磨も清隆も快く巡っていく。彼へ集まる視線が、雪乃の比じゃない事に気づきながら。


 「やっぱり……春翔さん、目立ちますね」

 「清隆たちに言われたくはないけどな。まぁー、雪乃よりはね」

 「雪乃より?」

 「……気づいてるだろ?」

 『はい……』


 揃って顔を見合わせ頷く姿に、その観察眼は確かなものだと感心した様子だ。敢えて目立たないように本人は過ごしているつもりなのだろうが、そうはいかない。もって生まれた能力値の高さが抜きん出ているのだから。


 「最後の学祭なのに悪いな」

 「そういう所、匠さんと同じですね」

 「ああ、さすが親友ですね」


 雪乃にとって愛理たち幼馴染が気心の知れた仲のように、春翔にとって匠がそれにあたるだろう。中等部の頃から、今でも続く最も信頼できる人物の一人だ。


 「ったく、奢るから、雪乃の話聞かせろよ?」

 『はーーい』


 現金な幼馴染ではあるが、想っている事に変わりはない。


 「ーーーーそれにしても、みんな目立つな」


 思わず自分たちの服装を見下ろし、苦笑いを浮かべる面々に、妹と婚約者の心配をする春翔がいるのだった。

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