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第18話 学園祭前夜①

 あの告白がなかったかのように平穏な日々だ。夏季休暇が終わり、学園祭に向けて準備中である。


 『…………俺は、君がすきだよ』


 甘い声で告げられた想いに、すぐに答えが出るはずがない。反芻する言葉に、心が揺れ動くほどの好意に気づきながらも、受け入れられずにいた。


 「雪乃も試着してみてーー」

 「うん!」


 平常心を保ち、クラスの輪に入っていく。慣れたもので微かな違いに気づく者はいない。ポーカーフェイスは健在である。


 「うわっ、雪乃と愛理、似合うーー!」

 「本当、これで一位はA組のものだね!」


 膝上丈のスカートに白いフリル付きのエプロンとカチューシャを付けた二人は、揃って接客担当だ。


 「お、可愛いじゃん!」

 「ああ、二人とも似合うな」


 風磨と清隆の発言にA組女子は赤面顔だ。二人は帰宅前に教室を覗いただけでB組だが、生徒会役員という事もあり、学年問わず顔は知られている。部活動に所属していないがスポーツも、勉強も出来るハイスペックさに、同級生からも一目置かれている程だ。


 夏季休暇が終わってからというもの、学園祭に向けての準備が忙しく、幼馴染が揃うのは生徒会か昼休みの僅かな時間だけだ。


 「もう帰れるの?」

 「ああ、今日はな。明日は生徒会で残るだろ?」

 「うん」


 雪乃と清隆の会話に入る事なく、風磨は写真を撮っていた。ノリノリでピースする愛理を横目に、バカップルの文字が過ぎったのはいうまでもない。


 「そのまま帰る気か? 雪乃は着替えに行くみたいだぞ?」

 「えっ? ちょっと、雪乃ーー!」


 慌てて雪乃を追う愛理に、揃って苦笑いだ。


 「下で待ってるからな」

 「ああ、気をつけて来いよ」

 『うん!』


 二人が振り返り頷くと、他クラスの男子も赤面顔になる。メイド服も相まって、それだけの破壊力があったようだ。


 更衣室で着替えを済ませ、下駄箱に向かうと、風磨と清隆が女子に囲まれていた。いつもは雪乃と愛理がいる為、こういう事態にならないが、なかなかの人気っぷりである。


 「なにかもらったの?」

 「ああ、雪乃、学祭で売るクッキーだってさ」

 「キヨはモテるね」

 「雪乃にだけは言われたくないけどな」

 「あ、あの!」


 会話を妨げたのは、クッキーを渡した二年生女子だ。


 「藤宮先輩も! よかったら!」

 「私にもくれるの?」

 「は、はい!!」

 「ありがとう」


 極上のスマイルに、同性であってもノックアウトされたようだ。頬を真っ赤に染めた彼女たちは、バタバタと音を立てて帰っていった。


 「ーーーーそういう所だって」

 「なに?」

 「これ以上モテたら、彼が泣くぞ?」


 微妙な顔をしていたのだろう。心配そうに顔を覗き込む清隆をじっと見つめ返す。側から見れば、見つめ合う二人にみえたはずだ。


 「雪乃、どうかしたのか?」

 「ううん、何でもないよ。帰ろう?」

 「ああ」


 風磨と愛理も二人と同じようだ。愛理もクッキーを受け取り、嬉しそうにしていた。


 「ーーーー困ったな」

 「うん……」 

 「帰ってから処理するさ」

 「そうだね、うちのワンコに頼むかなーー」


 お菓子に罪はないものの、生徒とはいえ知らない人が作ったものを何の抵抗もなしに食べる訳にはいかないのだ。幼馴染以外から貰った食べ物は、一度毒味をしてからでないと食せない。ファンタジーのように暗殺がある訳ではないが、ちょっとした体調不良くらいにならなった事がある。その為、念には念をだ。

 愛理のいうワンコとは執事の事だ。嗅覚が優れている為、微かな匂いでも嗅ぎ分けられる。その点においては犬と遜色はないだろう。


 調理実習で同じ班ならいざ知らず、彼女たちにとって学園祭前の差し入れはありがた迷惑である。学園で口にする事があるとすれば、生徒会で信用のある渡邊持参のお菓子くらいだろう。


 「おかえりなさいませ、雪乃様」

 「シズさん、ただいま戻りました」


 雪乃の場合、キッチンにいたシズが毒味役だ。

 ほんの一欠片を味見してもらい、問題がなければ一緒に食す。長年藤宮家に仕えているだけあり、まっさきに食べようとした彼女を諌めた事があるくらいだ。


 「学園祭、楽しみですね」

 「うん、今年で最後だから……」

 「そうでしたね」


 シズが思うのは、まだ彼女が高校生だという事だ。

 常に成績トップを競いながら、執筆を進める場面を近くで見てきた。彼女はすでに十分に稼いでいるし、起業していなくとも社会で立派に暮らしていける。

 炊事洗濯の生活スキルも高い為、本来ならお手伝いの助けはいらないのである。あくまで藤宮家から雇われているシズは、雪乃の現状を当主に報告する義務もあったが『普段通りでございます』が口癖であった。

 

 「シズさん、今日もありがとうございます」

 「では、また明日の朝に伺いますね」

 「うん、よろしくお願いします」


 見送った後は、いつものように一人で食事をしてルーティンを繰り返す。キーボードに触れる指先は相変わらず速いし、締め切りが迫るものも残っていない。順風満帆といえるだろう。それでも雪乃の顔色は晴れないままだ。


 すきな人に想ってもらえたら…………こんな感じなのかな……


 脳内のほとんどを占める物語の主人公にでもなった気分だ。

 匠とは変わらずにメッセージのやり取りを行なっているし、通話も時間が少ないとはいえ回数は減っていない。夏季休暇が明けてからデートをする機会がないだけで、婚約者という立場も変わっていない。

 時折、蘇る幼い頃の記憶に悩まされる事くらいだろう。


 スマホのバイブ音に気づき、ディスプレイの表示に安堵した。


 『雪乃ーー! 学祭前日、泊まりに行ってもいい?』


 開口一番の明るい声に癒されながら応える。


 「うん……大丈夫だけど、どうしたの?」

 『高校生活最後でしょ? だから! 楽しまなきゃって思って!』

 「うん、風磨たちも?」

 『もう声かけたよ! 雪乃ったら、またスマホ放置してたでしょ?』


 確認すれば、幼馴染専用のグループで八十近いメッセージのやり取りが行われていた。


 「学祭、楽しみだね」

 『うん! また詳しい話は、明日するね!』

 「うん、おやすみなさい」

 『おやすみーー♡』


 元気な声に、暗くなっていた気分が晴れていくようだ。


 ーーーーそうだ……楽しまなきゃ、損だよね。


 ここ数日の寝つきの悪さが嘘のように、ぐっすりと眠れたのは愛理のおかげであった。


 学園祭の準備が着々と行われる中、腕章を付けて校内を見回るのも生徒会役員の務めだ。

 裏方の運営は二年生が主体だが、見回りに関しては当番制だ。当日も時間帯によって二人一組で行動する事になる為、今年は雪乃と清隆ペアと、愛理と風磨ペアだ。クラスが分かれても相手の当番時間は分かっているし、それがクラスメイトなら同じ時間帯を選択している。呼び込み必須の午前中から昼にかけてが、四人ともクラス当番の時間だ。

 

 「お、お疲れさまです!」

 「お疲れさまです」 「お疲れさま」


 両ペアとも見回り中に声をかけられる機会が多い。今も雪乃と清隆に声をかけた生徒が、真っ赤な顔で去っていった。


 「キヨ、茉莉奈ちゃんは?」

 「茉莉奈のクラスはお化け屋敷だってさ」

 「そうなんだ……」

 「ああ、風磨と行くかなって話してた。雪乃も行くか?」

 「うっ……機会があったら……」


 態と頬を突いてくる清隆に、凄んでみても効果はない。

 

 「本当、お化け系は昔っから苦手だよな」

 「うっ、怖いでしょ?」

 「作り物だって思えば、何とも」

 「それができたら苦労しないの」


 弾む会話に水を差す勇者はいない。話しながらも見回りはきちんと行なっているが、視線が合う度に逸らされる事が多い。いちいち気にしていられないが、雪乃は少なからず傷ついていた。


 「雪乃ーー!」

 「うわっ……愛理、見回り終わったの?」

 「こっちは異常なーーし!」


 雪乃に抱きついたまま応えるが、特に清隆が気にする素振りはない。


 「お疲れさま」

 「お疲れ、そっちも異常ないっぽいな」

 「ああ」


 一足遅れてきた風磨も合流し、教室の窓から感じる視線も増える。


 「あ! 財前先輩!!」


 設営図を持った渡邊が駆け寄ると、予備のテントが欲しいとの事だ。的確に伝える清隆もだが、尋ねる渡邊も要領がいい。その後、テントはスムーズに設営されていった。


 「そろそろ、教室に戻らなきゃだな」

 「うん、一度クラスに顔出さないと」

 「ああ、明日は一緒に帰るだろ?」

 「風磨、当たり前でしょ! 雪乃の家に行くんだから!」

 「あーーーー、そうかよ」


 学園祭の準備は明日でいよいよ大詰めである。今日までは放課後の僅かな時間しか利用出来なかったが、明日は午前授業で半日以上を準備に充てられるのだ。雪乃たちA組のように教室を店代わりにするクラスもある為、明日の準備で学園祭の命運が分かれる。

 後夜祭では毎年、人気投票ランキングを行い、学年別順位が発表されて盛り上がる。そして、総合一位に輝いたクラスには金一封が送られるのだ。総合一位を取るのは難しく、毎年のように三年生のクラスが勝ち取っている。二年生でとった例は昨年のD組、雪乃たちのクラスが初快挙だ。

 そのような経緯もあり、クラスメイトが雪乃たちを頼る場面も多いのである。


 「雪乃、愛理、お疲れさま」

 『お疲れさま』


 揃って応え、腕章を外すと、白い花を大量製作中のグループに加わる。


 「すごい、いっぱい出来てるね」

 「うん、でも、まだ足りないっぽい」

 「そうなの?」

 「窓枠の上の部分にも使うから」


 話しながらも、手元は動いているが、作製は明日に持ち越しになった。


 「また明日ねーー」

 「うん」


 愛理と手を振り分かれると、すっかりと日が暮れた空を見上げ、季節の移り変わりを感じていた。

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