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第17話 紡がれる言葉

 匠さんと過ごす一日は、あっという間…………


 プールの一件以降、匠は玄関先まで雪乃を送るようになった。夕飯を家で一緒に食べる事もあるが、そうでない日でも必ず送り届けていた。


 「あの、匠さん……エントランスまでで、大丈夫だよ?」

 「あぁー、俺が送りたいから」

 「うん……」


 何度となく伝えているが、雪乃の主張は即却下され続けている。


 「…………おやすみ」

 「うん…………おやすみなさい……」


 困るのは栗色の瞳に見つめられる度、戸惑いつつも少なからず慣れてきた事だ。手を繋ぐ度、染まっていたはずの頬の変化も小さくなっている。


 夏季休暇も終盤になり、お祭りに誘われ本家に帰ってきていた。


 「雪ちゃん、浴衣着ていくでしょ?」

 「うん、ありがとう」


 乗り気な母が娘を着飾るのはいつもの事だが、今年は少し違う。毎年のように一緒に過ごす幼馴染とではなく、婚約者と行くからだ。

 この日の為に母が新調した桜柄の浴衣は、ピンク、紫、グレーと縦に染め分けた美しいグラデーションだ。髪も綺麗にアップにされ、大人可愛い仕上がりである。


 「雪ちゃん、写真撮ろう!」

 「うん……今日、春兄は?」

 「春翔なら杏奈ちゃんと出かけたわよ?」

 「そうなんだ……杏奈さんに会いたかったな……」

 「そこはお兄ちゃんと、でしょ?」

 「えっ、春兄はいいよ」


 塩対応なのは、この装いを見た兄も母と同じような反応になると分かっているからだろう。


 「夕飯は一緒に食べられるわよ」

 「うん!」


 匠も夕飯に参加する為、お互いの婚約者と顔を合わせる事になる。杏奈と会える事は嬉しいが、それが雪乃の懸念でもあった。期限を決めていないとはいえ、いつかは解消する婚約にも関わらずデートを繰り返してきた。そのうえ今日に至っては、家族を交えての夕食だ。外堀が埋まりつつある感は否めない。


 支度を終えた頃にチャイム音が鳴り、雪乃がインターホンを出ると、浴衣姿の匠が映る。


 「匠くん、雪乃をよろしくね」

 「はい、いってきます」

 「いってきます……」

 

 満足そうな母に見送られ、顔を見合わせた。


 「母がすみません……」

 「いや、春翔に似てるよな」

 「うん……」


 見た目はともかく乗りの良さは完全に母譲りだろう。

 グレーの浴衣を着るという匠に合わせ、雪乃の浴衣は仕立てられていた。並ぶ二人はペアルックとまではいかないが、色合いが似合っている。

 先程まで散々写真を撮られ、呆れながらも付き合う雪乃に向けられる眼差しは温かだった。


 「行こうか」

 「うん」


 素直に握り返す雪乃は視線を集めていた。一人だったなら、多数の人に声をかけられていた事だろう。そして、それは匠にもいえる事だ。


 「着物の時も思ったけど、浴衣も似合うね」

 「ありがとう……」


 さり気なく雪乃の巾着を持ち、人混みを避けながら歩く姿はスマートだ。周囲の視線を少なからず感じる雪乃に対し、匠が気にする素振りはない。


 「今年も多いな」

 「うん……匠さんは、学生の頃に来た以来?」

 「あぁー」

 

 納涼祭りのメインといえば、地元の有名店による屋台だ。いつもは敷居の高い店も、手に取りやすい特別価格で販売している為、中には行列が出来る人気店もある。また地元の店だけでなく、日本各地から集まったグルメも大集結し、夜にはダンスやバンド、和太鼓演奏等のイベントもあり盛り沢山の二日間だ。


 「雪乃ちゃん、食べる?」

 「うん、ありがとう」


 石垣牛の串焼きを片手に食べ歩きだ。

 度々声をかけられるのは、雪乃が藤宮家の娘だからだろう。付き合いの長い店主は、購入した以上のたい焼きをサービスしてくれたし、抹茶シロップに練乳がかかった丼いっぱいのかき氷には、餡子と共に白玉が追加で乗せられていた。夕飯の事も考え、たい焼きはお土産用になってしまったが、かき氷は二人で一つを完食した。


 十五時から始まったお祭りは、日が暮れるに連れて混雑さが増す。

 道中はずっと手を繋いだままの為、迷子になる事もナンパされる事もない。幼馴染と過ごすお祭りと違う所があるとすれば、エスコートされている感がある事だろう。下駄に合わせた小さな歩幅も、一緒に楽しむ場面も変わりはない。

 雪乃は大人の色気を感じるような着物姿にドキリとしたが、それはお互い様である。彼からしてみれば白いうなじや美しい佇まいに鳴っていたはずだ。


 ひと通り巡り、お土産を抱えて戻ると、玄関で出迎たのは春翔だ。


 「雪乃、似合うな。あとで写真撮らしてくれ」

 「うん……」


 予想通りの反応に顔を見合わせる。

 仲睦まじい姿は兄としては複雑だが、親友が相手では文句のつけようがない。


 「匠、久しぶりだな。今日は爺さんたちはいないから安心してくれ」

 「そうか……」

 「何? 緊張してたのか?」

 「普通にするだろ? 彼女のご実家なんだから」


 隣で話を進める二人に対し、雪乃が想いを巡らせていると、ぎゅっと抱き寄せられる。


 「ーーっ、杏奈さん!」

 「雪乃ちゃん、久しぶりだね。ついでに匠くんも」

 「あぁー」


 広いお座敷には六つの座布団が等間隔に並んでいる。


 「匠くん、杏奈さん、久しぶりだね」

 「秋人さん、ご無沙汰しております」

 「お義父さん、ご無沙汰してます」


 父に勧められビールで乾杯をする大人に混ざり、雪乃のグラスにはオレンジジュースが注がれ、テーブルには刺身や天ぷら等の和食が並ぶ。

 話す内容はお祭りについてが殆どだが、近況報告も含まれていた。


 「そうか……日本では十一月か……」

 「あぁー、藤宮家としてはな」

 「それでいい。ハワイでは好きにやりなさい」

 「ありがとうございます」


 来年の十一月には大規模な結婚披露宴を日本で行い、その年の八月には身内だけの挙式をハワイでするそうだ。来年としか聞いていなかった雪乃も、はじめて具体的な日程を聞き実感が湧く。


 「杏奈さんが、お義姉ねえさんになるんですね……」

 「雪乃ちゃん、もう呼んでくれてもいいよ?」

 「はい、お義姉さん……嬉しいです……」


 喜ぶ雪乃の隣にちゃっかりと陣取る辺り、策略家の兄といい勝負である。


 「雪乃ちゃんと匠くんも参列してね」

 「はい」 「あぁー」

 「二人が結婚する時は、雪乃ちゃんのドレス選びたいなーー」

 「気が早いな……」

 「匠くんが選ぶの?」

 「他の人に選ばせませんよ」

 「うわっ、春翔と同じ反応」

 「いや、選びたいに決まってるだろ? なっ、匠?」

 「あぁー」


 同年代らしい会話が飛び交う。食事を終え、お酒が進む杏奈はテンションが高めで、よく笑っている。なかなかの笑い上戸だ。


 「嬉しいなーー、雪乃ちゃん、可愛いもんねーー」

 『あぁー』


 即答する二人に微笑む。


 「でも、ちょっと、匠くんには勿体ない。私がお嫁さんにしたいくらいだもん♡」

 「やらないよ」


 きっぱりと告げる匠に驚きながらも、お似合いの二人だとしか言いようがないのも事実だ。

 春翔と杏奈は顔を見合わせて笑い合い、父と母まで嬉しそうだ。冗談混じりのやり取りとはいえ、譲れないほど大切に想っている事は十分過ぎるくらい伝わっていた。


 「だって、雪乃ちゃん♡」

 「えっと……」


 戸惑いを隠せないまま頬を染める雪乃に、生温かい視線が向けられる。


 「ーーーーこれ以上、揶揄わないでくれ」

 「杏奈、飲み過ぎだ」

 

 春翔にグラスを取り上げられても、杏奈は嬉しそうだ。義理の妹が『お義姉さん』と呼んでくれた事が、よほど嬉しかったのだろう。


 「悪いな。今日は結構、飲まされてたから」

 「ううん、また遊んで下さいって、伝えてね」

 「あぁー、匠もありがとな」

 「あぁー、またな」


 本家に泊まる杏奈を抱え、春翔が部屋に戻り夕食会はお開きとなった。

 

 「ごちそうさまでした」

 「こちらこそ、今日はありがとう。雪乃をよろしく頼むよ」

 「はい」

 「また来てね」


 玄関先まで見送る父と母に手を振る雪乃に、タクシーに乗るように促すと、一礼をして去っていった。


 「ーーーー素敵な人ね」

 「あぁー、春翔といい勝負だな」

 「もう、秋人さんたら」


 娘を嫁にやる日が唐突に近く感じた父に、柔らかく微笑む母の横顔はどことなく雪乃に似ているのであった。


 仲睦まじい夫婦に対し、雪乃と匠は車内で沈黙を貫く。お互いに何を言ったらいいか、分からなくなっていた。


 「…………匠さん、今日はここで大丈夫だよ」

 「いや、送ってく。運転手さん、待っていて貰えますか?」

 「かしこまりました」


 雪乃の手を取って、エレベーターで最上階まで上る間も、いつもとは違い無言のままだ。


 「あの、ありがとうございました……」

 「あぁー、俺の方こそ、ありがとう」

 「…………匠さん?」


 右手を握ったまま、玄関先から動こうとしない匠は、言葉を探していた。


 「ーーーー雪乃ちゃん、夕飯の時……」

 「分かってるよ……仮だから……」


 そう告げて、自身に突き刺さるくらいの言葉に気づく。

 呑み込んだ言葉はきっとお互いにあったはずだが、先に告げたのは匠であった。


 「…………いや……あれは、俺の本心だから…………」


 まっすぐに向けられる瞳に高鳴っていたのは、どちらだろう。


 「…………俺は、君がすきだよ」


 唐突に告げられた言葉は、今まで彼が紡ぎたくて堪えていた想いだ。タイミングが早すぎると分かっていながら、わずにはいられなかったのだ。


 なにか言わなくちゃ…………そう、頭では分かっているのに……


 「今すぐに、答えがほしいわけじゃない…………考えてみてくれないか? 俺との正式な婚約を……」

 「ーーーーはい……」


 頷く事しか出来ない雪乃に、優しい眼差しが向けられ、変わらずに頭を撫でられる。


 「…………おやすみ」


 いつもは返すはずの言葉が詰まり、扉が閉まる音だけが響いていた。

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