第15話 プールとかき氷と
雪乃たちが訪れたのはレジャープールではなく、ガーデンプールだ。所謂ホテルにあるプールだが、競泳用ではなく浮き輪で漂う感じのものだ。
昨年も幼馴染だけで来ている為、予約は手慣れたもので、休憩用の部屋も取っていた。一見無駄遣いのようだが、自分たちで賄える範囲である。
「雪乃、痩せた?」
「ううん、痩せてはないと思う。甘いもの、やめられなかったから」
「だよねーー、甘いものは別腹だもん」
雪乃が肩のリボンが可憐な白いビキニで、愛理が赤い花をあしらった華美なビキニだ。二人とも高校生とは思えないプロポーションの為、よく似合っている。
ホテルでナンパは滅多にないが、それでも全くない訳ではない。その為の風磨と清隆なのだ。
「ほら、借りといたぞ?」
『ありがとう!』
映える浮き輪に乗り、写真を撮る愛理はSNS用だ。雪乃も度々映ってはいるが、顔はスタンプで隠しての登場である。それは他の幼馴染にも言える事だ。彼女たちの親しい人が見れば一発で分かるかもしれないが、そうでない大多数に特定までは出来ない。その為、愛理自身も完全に顔出ししている訳ではなく、サングラスや手で上手い具合に隠しながら投稿している。
「愛理のインスタ、人気だもんね」
「まぁーね、これも雪乃のおかげよ」
「私?」
「うん、雪乃と一緒に映ってるのが一番反響いいんだもん」
「それって……やろーばっかなんじゃ……」
「それが意外と、ファッションとか気になるみたいで、同性の方が多いんだよーー♪」
得意げな愛理はひと通り写真を撮り終え、のんびりとプールを満喫だ。
ジャグジーもあり楽しめるが、アトラクションはない為、風磨と清隆には物足りないかもしれない。それでも、きちんと付き合う辺りが幼馴染愛だろう。
「二人とも、また鍛えた?」
「いや、いつも通りだけど」
「ああ、太らないようには気をつけたけど」
「キヨまでマッチョになってるじゃん!」
「うるさい、風磨ほどじゃないだろ?」
「風磨はいいの。私が筋肉好きだから」
「あーー、そうかよ」
筋肉好きの愛理の趣味はともかく、人目を引くのは確かだ。お姉さま方がチラチラと向ける視線は、雪乃にも分かるくらいだ。声がかけられないのは、彼女たちが側にいるからだろう。パートナーがいる相手を誘うような輩は、このホテルにはいないのである。そういった理由もあってガーデンプールだ。レジャープールはそれなりにナンパもあり、大変だった思い出の方が強いのである。
ひとしきり楽しんだ後は、客室に戻って昼食だ。四人で食事をするスペースがあるのは、部屋がVIP仕様だからだろう。
ルームサービスをとって、シェアしながら食べる。周囲を気にする必要がなく快適だ。
「これ、美味いな」
「うん、ローストビーフ美味しいね」
「ああ、この間のキヨのやつも美味かったよな」
「キヨ、あれって取り寄せなの?」
「あとでURL教えようか? 紹介ないと買えないやつ」
「教えて、教えて!」
四人で食卓を囲む事にも慣れたもので、たいてい雪乃の隣に愛理が座り、その向かいに風磨、清隆がいる感じだ。
「んーーーー、眠くなってきちゃうね」
「少し、休憩するか?」
「うん……」
キングサイズのベッドに寝転んだ雪乃は、数秒で夢の中だ。
「…………疲れてたのかもね」
「ああ、昨日は打ち合わせがあったみたいだしな」
「キヨ、把握しすぎじゃない?」
「お前らだって似たようなものだろ?」
「まぁーね」
「それに俺、一応報告してるし」
「ああ」
「えっ、風磨も?」
「ああ、あの人、すごいよなーー」
「ちゃんと知ってたしな」
幼馴染的にも匠は尊敬に値する人物のようだ。
「そっか…………」
「で? どうなんだ?」
「報告してる人たちには教えません」
「おい! それはないだろ?!」
「風磨は相変わらずだな。要するに、大きな変化はないって事だろ?」
「さすがキヨ、分かってるねーー」
雪乃の感情に変化はない。そう幼馴染は結論づけた。
そもそも恋愛に疎い彼女がすぐに好きになるとは、想像もしにくい。今でこそ柔らかに微笑んでいるが、それすらも出来なくなった時期があった。愛想笑いすらできない彼女を知っているからこそ、婚約した時は驚いたが、その理由は妥当なものでもあった。
安心しきった様子で眠る雪乃に目覚める気配はない。
「ふぁーーーー、私もお昼寝するから」
「了解」 「ああ」
隣に寝転んだ愛理は、彼女の手をそっと握った。それはアイスブルーの瞳が、花が綻んだように微笑む日を待っているようでもあった。
一時間ほどで目が覚めた雪乃は、握られたままの手に微笑む。
おやつタイムの清隆が気づき、声をかけた。
「ーーーーおはよう、雪乃」
「おはよう……ごめんね、時間は平気?」
「いや、愛理も寝てるし、大丈夫だ」
「ああ、雪乃も食う?」
「うん、愛理が起きたら食べるね」
二人の前には食べかけのかき氷があった。見るからにふわふわ食感の氷に、フレッシュフルーツが乗った贅沢な一品だ。
「ナイトプールも楽しんでから帰るだろ?」
「うん、また写真撮ろうね」
「ああ、愛理が撮りたがりそうだしな」
柔らかな笑みを浮かべていると、愛理が伸びをして起きた。雪乃以上にぐっすりと安眠できたようだ。
「あーー、かき氷!」
寝起きから元気な愛理に一同苦笑いだ。
「愛理、一緒に食べよう?」
「うん!」
二人が注文したのは風磨と清隆と同じものだ。雪乃の前には桃が、愛理の前には苺がベースになったかき氷が並ぶ。どちらもフレッシュフルーツが使われ、映えさも十分にある。
写真を撮り終えると、シェアしながら食べ始めた。外では絶対にしない為、ホテルの部屋ならではの光景だ。
家の名を背負っている感は大なり小なり持っている為、最低限のマナーは心得ている。
「んーーーー、美味しい」
「本当、去年よりも映え、意識してない?」
「やっぱ見た目も綺麗な方が売れるらしいしな」
「ああ、食ったら同じなのになーー」
身も蓋もない発言に、凝りすぎて好みでない物も少なからずある為、小さく頷く面々。
「この後、ナイトプール行く?」
「うん、夕飯食べたら行こうかって、話してたよ」
「賛成ーー! 私、ラーメンがいい!」
「あーー、分かる! 海とか行くと無性に食べたくなるんだよなー」
「そうそう!」
「濃い味の食べたくなるよね」
高級フレンチのフルコースや寿司も好きだが、ラーメンやハンバーガー等の大衆食堂系やジャンクな物も、それなりに食べる。とはいえ、筋トレが趣味な風磨と、夏本番に向けて鍛えた清隆は、頻度でいったら愛理よりもずっと少ないだろう。
雪乃も基本的にインドアな為、シズさんの手料理か自炊がほとんどだ。今のように外で食べる機会はそれなりにあるが、連日の外食は苦手である。脂っこさと味の濃さに飽きてしまうのが本音だ。
愛理の提案通りラーメンを食べる事になったが、何系にするかで悩み、結局ジャンケンで勝った清隆お薦めの醤油ラーメンが美味しい店になった。
「ーーーーここまで来て出前かよ」
「いいじゃない、外だと何かと面倒でしょ?」
「まぁーな」
「雪乃もラーメンだけでいいのか?」
「うん」
ネット注文する清隆に希望のメニューを伝えると、大画面のテレビをつけながら休憩を続行だ。雪乃は愛理とベッドに横になりながら、清隆と風磨は広いソファーに腰掛けながら対戦だ。
「あーーーー、強すぎ!」
「キヨの一人勝ちだね」
「まぁーな、ってか普段やらない雪乃と愛理に負けたら凹む」
「ああ、二人とも器用すぎだろ?」
一度やり方を教えてもらえば、余程の事がない限り忘れない。その為、レベルがものをいうゲームでなければ、雪乃も愛理も得意だ。
案の定、ぷよぷよでは雪乃が勝利を収めていたし、マリオカートでは愛理がいい成績だった。
ゲームで盛り上がっているとチャイム音が鳴り、待ちかねたラーメンの到着だ。
懐かしい醤油ラーメンの味に、清隆のチョイスで良かったと一同が思ったのはいうまでもない。
再び屋外プールに向かうと、夜仕様にライトアップされ、昼間とは違う幻想的な雰囲気が漂っていた。
アップテンポなクラブミュージックを聴きながら、プールサイドでお酒を楽しむ大人も多い。
「雪乃ーー、もう一回行ってきていい?」
「うん、キヨも戻ってくると思うし、大丈夫だよ」
「行ってくるな」
「うん、いってらっしゃい」
ひと通り満喫したがまだ遊び足りないらしく、愛理が風磨の手を引いて再び入っていく。
雪乃がバスタオルで身体を拭きながら、二人掛けのソファーで待っていると、タイミングを見計らったかのように声がかけられた。
「ーーーー彼女、向こうで一緒に飲まない?」
「いえ、連れがいますので……」
詰め寄ってくる男は明らかに酔っ払いだ。そうでなければ予約必須のスペースに、強引に腰掛けたりはしないだろう。これが日中だったなら、すぐにホテル関係者が止めに入ったかもしれないが、今の時間帯は音楽が響き、灯りが少ない事もあって気づかれにくい。
「本当、可愛いね♡」
「ーーーーっ!?」
肩を抱かれ、強引に迫る男に力では敵わない。最悪なのは、男に連れがいた事だ。
「おっ、可愛い子じゃん!」
「だろー? めっちゃタイプ♡」
「名前は? なんて言うの?」
逃げ道を失った雪乃の顔色の悪さに構わず、隣に座る男は白い肌に手を伸ばす。肩に乗っていたはずの手が、細いウエストに触れてくる。
「い、いやっ!」
「声まで可愛いね♡」
「お前、狡くないか?」
雪乃の目の前にいた男が太ももに触れようとした瞬間、強く引き寄せられていた。
「ーーーー俺の、連れなんで……」
たじろぐナンパ男に鋭い視線を向けると、そそくさと去っていった。
「雪乃、大丈夫か?!」
「…………う、うん……」
目の前にいる清隆に小さく頷く。別の意味で心音が速まっていた。
「…………雪乃ちゃん、抱くよ?」
返事を待たずに横抱きにされ、驚きで涙も引っ込む。
「あ、あの……」
「いいから、戻るだろ?」
「は、はい……」
お姫様抱っこで頬を赤らめる雪乃に、匠は微笑んでみせた。
清隆からルームキーを受け取ると、駆け寄ろうとした愛理と風磨が視界に入る。
「先に連れて帰るね」
「は、はい!」
有無を言わせぬ表情にドキリとしたのは、雪乃だけではなかっただろう。
「雪乃ちゃん、掴まってて」
「は、はい……」
周囲の騒がしい声も、幼馴染の声も、何一つ聞こえていなかった。雪乃は早鐘のような心音を持て余していた。