第11話 懐かしの氷菓子
「雪乃、ありがとう!」
「うん……召し上がれ」
梅雨時で屋上が使えないという事もあり、いつもなら食堂に集まる所だが、役員の特権で生徒会室に揃っていた。
「美味いな……本当、こうゆうのセンスあるよな」
「確かに。前もらった菓子も、美味かったしなーー」
昼食を終え、おやつタイムだ。ソラマチで購入したお菓子は、匠だけでなく幼馴染にも好評のようだ。
愛理が根掘り葉掘り聞いてこないのは、すでに事情聴取済みだからである。教室で散々問い詰められた為、雪乃は若干疲れ気味で、愛理は楽しそうだ。
「またテストかーー」
「集まって勉強する?」
「愛理、それ絶対遊ぶやつだろ?」
「当たり前でしょ!」
堂々と言ってのける姿は、いっそ微笑ましい。
「却下。それなら、夏季休暇中にしてくれ」
「キヨ、言質取ったからね? 雪乃も聞いたでしょ?」
「うん、息抜きはしたいよね」
「また、こん詰めすぎるなよ?」
頭を撫でられ、頬が微かに染まる。今まで意識した事はなかったが、彼に触れられた事を思い出してしまうのだ。
「雪乃、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
次の瞬間には、いつもの彼女に元通りだ。懐かしさを覗かせたのは、ほんの一瞬である。
「はい、はーーい! 今回の模試は結構よかったんだから」
「俺も! ビリには絶対ならない」
「ああ、みんな、持ってきたんだろ?」
「うん」
『せーーの!!』
頷き合い、模試の結果を出し合う。
「…………嘘だろ?!」
「今回の私は違うって言ったでしょ!」
「げっ、マジか…………模試は勝てると思ったのになーー」
「匠さんの小テストがよかったからかも……」
「それな! 俺も思った!」
結果は雪乃、風磨、愛理、清隆の順だ。とはいえ愛理と清隆は一順位差だし、雪乃と風磨も同じだ。校内の試験と同じような乗りだが、全国的にも上位十位に入っていた。進学校の為、校内の試験と大きな違いはない感覚なのだろう。
「じゃあ、放課後キヨに、アイスを奢って貰おう♪」
「うん、何のアイスにする?」
「私はねーー、ビスケットサンドとーー、白くまとーー」
「愛理、一個だからな?」
「えーーっ!」
わざと項垂れる愛理の頭を優しく撫でる。ふと思うのは、彼もこんな想いで撫でていたのだろうか? と、いう事だ。
「雪乃は何にするの?」
「……雪見だいふく」
「昔から好きだよなーー」
「うん、美味しいよ?」
「美味いけどさーー、今日はワッフルコーンな気分」
「ワッフルコーンも美味しいよね」
「お前らなーー」
終わった試験の事を忘れて、笑い合う。
「遠出はしないけど、プールか遊園地くらいは行きたい」
「うん、どっちにする?」
「雪乃、両方行くに決まってるでしょ!」
「気が早すぎるだろ?」
「そんな事ないよ。試験が終わったら、夏季休暇だもんね」
「さすが雪乃、分かってる♪」
二人のやり取りに笑うしかない。風磨と同じくらい雪乃も愛理と距離が近いのだ。
「ーーーー失礼します、財前先輩」
ノックして入ってきたのは、眼鏡が似合う次期生徒会長だ。
「渡邊、どうした?」
「今度の学祭についてなんですけど」
「あーー、予算か」
「はい」
先ほどまで文句を言っていた清隆が真面目に生徒会長している姿に、吹き出しそうな愛理だ。
「雪乃、資料分かるか?」
「うん、これかな」
「ありがとな」
今のようにサポートする雪乃が副会長で、愛理が書紀、風磨が会計だ。彼らの任期は長く、二年生から今まで務めていた。夏季休暇前に仕事の引き継ぎが行われ、次の学祭からは新しい生徒会メンバーが主体となるのだ。
「渡邊くんもおやつにどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
照れた様子の渡邊に周囲は苦笑いだ。アイスブルーの瞳にはそれだけの効果があった。
「でも、珍しいよな。昼休みに聞きにくるの……」
彼の視線に気づき、不憫に思うのは清隆だけではない。残り少ない彼女と接する機会を狙っての事だと、雪乃以外のメンバーはそう解釈した。
打算的ではあるが的を射ている。生徒会役員として会わなければ、会話をする機会すらないのは明らかである。
自分たちの家に関わる人物は記憶している為、彼は該当しないのだろう。だからこそ肩にポンと触れ、『頑張れ』と風磨が漏らしたのだ。
「蓬莱先輩、どうしたんですか?」
「風磨?」
害がなければ近づく事は許される。以前から彼の好意には気づいていたが、止める事はなかった。幼馴染的に差し障りがないと判断されたからだ。
「渡邊くん、放課後、暇ならアイス食べない?」
「アイスですか?」
「俺が奢るのかよ」
「いいじゃん、一人増えたってーー」
「いいけどさ」
「……時間があったら、息抜きにどうかな?」
疑問に思う渡邊を雪乃も誘い、彼も放課後のアイスに参加する事となった。
渡邊が生徒会室を出ていくと、チャイムが鳴り解散となる。
「愛理、これでよかった?」
「うん! ありがとう、雪乃」
急に誘った意味までは分からなくとも、参加して欲しい事だけは雪乃にも分かった為、声をかけたのだ。
約束通り放課後になると、食堂にある冷ケースの前に集まっていた。
「一人、一個だからな」
『はーーい!』
「財前先輩、本当に俺まで良いんですか?」
「ああ、今日の昼、頑張ってたしな」
「ありがとうございます」
昼休みほどではないが、食堂にはそれなりに人がいる。定食の提供時間は終わっている為、飲み物やお菓子を食べている生徒がほとんどだ。
「あっ、会長だ……」
「全員揃ってるよ」
「うわっ……先輩、綺麗……」
「モデルさんみたいだよね」
小声でも口々に話せば、それなりの音量になる。遠くから聞こえてくる声に現会長たちが反応を示す事はなく、マイペースにアイスを選んでいた。
「渡邊くんは、どれにする?」
「先輩たちは何にしたんですか?」
「私は雪見だいふくだよ」
「やっぱりなーー、愛理は結局、白くまかーー」
「そういう風磨だって、ワッフルコーンじゃない。一口ちょうだいね」
当初の予定通りで周囲に左右され意見を変える事はない。清隆が五人分のアイス代を支払うと、丸い四人掛けのテーブルに隣の椅子を追加して腰掛けた。その為、隣同士がかなりの近距離だが幼馴染的には気にならない距離感だ。
後輩の渡邊だけが緊張した面持ちで、チョコアイスを頬張っている。
「渡邊、また分からない事があったら、遠慮なく聞きにきてくれ」
「はい!」
心強い会長を慕っている感が満載だ。指示出しには慣れているからだろう。リーダーシップが抜群の清隆に憧れる生徒も多い。彼だけでなく、雪乃も愛理も風磨も、それぞれ後輩からも人気があった。風磨と愛理が公認カップルでなければ、清隆並に二人もモテていた事だろう。彼は今年に入って既に三人から告白を受け、断る度に『雪乃は幼馴染だ』と公言していた。一方の雪乃も同じようにモテるが、告白する勇者は今の所いない。幼馴染がいつも側にいるのもその要因の一つだろう。側にいる清隆に敵うスペックの持ち主は、ほとんどいないのだ。その為、渡邊のように話ができるだけで満足するパターンが多いのである。
「先輩たちは夏期講習、参加するんですか?」
「いや、俺はしないけど、誰か参加する予定ある?」
風磨が投げかけても、首を横に振るだけだ。四人とも不参加で、分かりやすく気落ちした渡邊の肩を清隆が叩いた。
「まだ学祭があるだろ?」
「はい……って、俺は別に!」
「分かりやすいなーー」
「ああ、でも、それじゃあ伝わらないぞ?」
指差した先には、愛理の髪を結ぶ雪乃がいた。アイスを食べ終え、飽きた愛理に付き合っているのか、二人して話を聞いていないのだ。
「いい感じ、ありがとう。次は私の番ね」
「うん、お願いします」
さらさらの髪に触れながら、自慢げな視線を向けると、渡邊が素直な反応を示す。羨ましいと顔に書いてあった。
「愛理、程々にしろよ?」
「分かってるよーー。渡邊くんは分かりやすいからなーー」
本人以外にはバレバレな為、お節介が講じて高校生活の思い出にと、思っての行為だ。けして面白半分に揶揄っている訳ではない。少なくともそう思える程、渡邊の仕事ぶりも人柄も評価している。
綺麗に編み込みされたお揃いの髪型に、思わずシャッターを切る生徒がいた。
「ーーっ、あいつ!!」
思いっきりテーブルを飛び越えて、スマホを取り上げる風磨に拍手が送られる。マナー違反の取り締まりは風紀委員会の管轄であるが、恋人と幼馴染の写真が出回るとなれば話は別だ。
「ーーーー風磨、どうしたの?!」
「びっくりするでしょ?!」
気づいていない二人の反応に苦笑いしながら、写真を消去させる。撮った本人も無意識だったらしく、反省した様子だ。
クラスと名前を聞き出し、厳重注意に留めたが、もし次があったなら容赦しないだろう。家名を使ってでも排除するはずだ。
「大丈夫?」
「ああ、たいした事じゃない」
「雪乃が心配する事ないよ」
「……あーー、手が痛いかもなーー」
「保健室行く?」 「そういうのはいいから」
『えっ?』
正反対の反応に揃って声を上げる。痛がる仕草は冗談だと、雪乃もようやく気づく。
「風磨……」
「雪乃、凄んでも怖くないぞ?」
「ありがとう……無茶はしないでよ? 愛理が心配するんだから」
「分かってるって」
「ちょっと! いつ、私が心配したのよ?!」
騒々しくなるメンバーに清隆の溜め息が漏れる。
「ーーーー帰るぞ?」
『はーーい』
揃って応え、チームワークの良さを発揮する。
「先輩たち、本当……仲がいいですよね……」
「ああ、幼馴染だからな」
新たに幼馴染最強説が生まれるのであった。