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第1話 小説家な彼女

 キーボードに触れる手は、かなりの速度で動いている。カタカタとスムーズに書き進める彼女は制服姿だ。着替える間も無く、デスクトップの画面と向き合っていた。


 ーーーーうん、いい出来のはず。


 誤字脱字の見直しまで済ませ、大きく伸びをしたが、まだ二時間ほどしか経っていない。振り返ればローテーブルには、マカロンと紅茶が置かれていた。


 「シズさんかな……」


 そう呟き、ピンク色のマカロンに手を伸ばす。フランボワーズの香りが口の中に広がり、冷めた紅茶を一気に飲み干した。元々冷めてもいいように淹れられていたのだろう。紅茶は渋味が一切ない、彼女の好きなダージリンだ。


 「……次は…………」


 一息も束の間、すでに頭は物語を組み立てていた。三つ目のマカロンに手を伸ばしたところで、鞄に入れっぱなしにしたスマホが鳴る。

 バイブ音に気付き、面倒くさそうにディスプレイに触れた。


 「ーーーーはい……」

 『雪乃ゆきの、大丈夫か?』

 「……はい…………」


 単調な反応に電話口では心配そうな声が続くが、彼女にとってはありがた迷惑というやつだ。すぐにでも会話を終わらせたい気持ちが表に出ている。他人だったなら気づかなかったかもしれないが、彼には前面に出ているような気がした。


 「…………春兄はるにい……」

 『ん? どうした?』

 「ううん……何でもない……お仕事、頑張ってね」

 『あぁー、お土産楽しみにしてろよ?』

 「うん……」


 ベッドにダイブして、左手にあるスマホに視線を移す。そこには虹が出た空が待ち受け画面になっていた。


 「はぁーーーー……」


 腕を広げ、大の字に寝転んでもベッドのサイズが大きい為、まだ余裕がある。高い天井を見上げ、手を伸ばすと視界が滲んでいった。


 「…………お見合い……か……」


 憂鬱な気分を払拭するように、またデスクトップの画面と向き合う。スマホの着信に気づき、今度は他所ゆきの声で応える。

 日頃から大人と接する機会が多い雪乃は、丁寧な口調で要望を口にする事に躊躇いはない。


 『ーーーーゆき先生? 大丈夫ですか?』

 「は、はい……土曜日にお願い致します」


 我にかえり、カレンダーを確認し応える。


 『はい、いつものカフェでいいですか?』

 「はい、よろしくお願い致します」


 通話が切れ、また深い溜め息が出る。


 スマホのメッセージを無視して肌触りの良いワンピースに着替え、リビングに降りると、広いテーブルには一人分の食事が用意されていた。


 「シズさん、紅茶ごちそうさまでした」

 「集中されていましたね」

 「うん……今日もありがとうございます」

 「いえいえ、雪乃様の作品は大人気ですね。孫も【君青キミアオ】の映画を見に行くと言っていました」

 「お孫さんは中学生でしたっけ?」

 「ええ、ゆき先生から頂いたサインは今も大切にしているそうですよ」

 「ありがとうございます……あとは大丈夫ですので、上がってください」


 シズは柔らかな笑みを見せ、エプロンを取った。遠慮は無用と長い付き合いで認識しているからだ。


 「では、また明日の朝に伺いますね」

 「うん、よろしくお願いします」


 広いリビングで一人の食事は慣れっ子だ。テレビをつけ、ニュースをBGM代わりにしながら煮付けを口に運ぶ。


 「ーーーー美味しい……」


 シズに感謝しながら食器を洗い終えると、テレビを聞きながらノートパソコンと向き合う。

 雪乃ゆきのが【月野つきのゆき】として小説家デビューしてからのルーティンだ。学校にいる時間以外のほとんどは、執筆作業に充てられていた。


 再び鳴るバイブ音に視線を移すと、日曜日の予定が記されている。


 「着物ね……早くホテルに来いってことか……」


 ソファーに深くもたれ掛かりながら、直視できない現実を逸らしたいところだ。


 …………だいたい、高校生の私とお見合いなんて……あり得ないでしょ。

 しかも……春兄の知り合いみたいだから、八歳違うかもしれないし……

 

 「……どうせなら…………」


 止まっていた手を心情を振り払うように動かし、書き進めていく。彼女の誤字脱字の少なさは編集部内で驚きの声が上がるほどだ。

 まだ高校生でありながら【月野ゆき】はベストセラー作家の仲間入りをしていた。


 「んーーーー……」


 両手を上げて大きく伸びをし、スマホで時刻を確認すると夜の九時だ。シズが家を出てから、この広い家に帰って来た者はいない。

 マンションの最上階を独占している住まいは、車の送迎を拒んだ結果である。


 「お風呂入って、メール添付して……」


 一人の時間が多い為、必然的に独り言も増える。テレビの電源をつけたまま浴室へと向かう中、映像が流れ思わず足を止める。画面には【君と最後の青い春を】のPVが流れていた。


 「………【君青キミアオ】か…………」


 学校でも話題になってたけど、実感がない…………たまたま運が良かっただけで……願望が詰まったようなお話だもの……


 執筆は滞りなく行われていたが葛藤は雪乃にもあった。


 売れても、どこか他人事で……まだ、遊びの一環だと思われているみたいだし……


 「はぁーーーー……」


 深い溜め息は水音と共に消えていった。






 「雪乃、購買行く?」

 「今日はお弁当、愛理あいりは?」

 「持ってきてないから学食に行ってもいい?」

 「うん」


 揃って食堂の席に着くと、幼馴染が顔を出した。


 「雪乃、愛理、ここいい?」

 「うん、風磨ふうまとキヨと食べるの久しぶりだね」

 「まぁーな、三年になってクラスが分かれたからなー」

 「愛理がいなくて寂しいんでしょ?」

 「ああ」

 

 堂々と惚気る風磨に誰も反応を示さないのは、幼少期からの付き合いがあるからだろう。恋人の愛理でさえスルーだ。


 「お前らなーー」

 「そんな事より、今日から公開でしょ!」

 「部数も伸びてるってテレビでやってたな」

 「でしょ! って、雪乃は何で冷静なのよーー!?」

 「うっ……実感がなくて……」


 白い肌が微かに染まり照れているのは一目瞭然だが、彼女が人前が苦手な理由は痛いくらいに分かっていた。トラウマを間近で見てきた幼馴染ならではである。


 「じゃあ、お見合いは?」

 「んーー、日曜日に会うよ」

 「ひ孫が見たいって、冬時ふゆときの爺さん、気が早すぎだろ?」

 「ーーーー断れないのか?」


 真面目なトーンで尋ねた清隆きよたかに小さく頷く。


 「とりあえず、会うのは確定かな……先方が乗り気みたいだから……最悪、春兄に断ってもらえばいいよ」

 「春翔はるとさん、今、日本にいないの?」

 「うん、アメリカ。お土産楽しみにしててって言ってた」

 「相変わらず、仲良いよなー」

 「風磨も、真子まこちゃんと仲良いでしょ?」

 「まぁーな」

 「否定しないのかよ」

 「風磨らしいけどねーー」


 大声で話しているわけではないが、周囲の視線を集めていた。それは彼らが家柄や容姿だけでなく、成績やスポーツにおいても優れているからだろう。

 昨年までは揃って同じクラスだったが、今年の春からは雪乃と愛理、風磨と清隆で分かれた。それでも、こうして見かければ一緒に昼食をとって過ごすし、生徒会に属している事もあり何かと揃う機会は多い。


 送迎を嫌がる雪乃を除けば三人とも車通学だ。ただ学校の前に乗りつけるような真似はしない為、家柄が良いというのは雰囲気だけであり、どの程度かまでは周知されていない。とはいえ、社長令嬢や令息は雪乃たち以外にも一定数はいる私立高校の為、騒ぎにはならないのかもしれない。


 「本格的に受験生になる前に旅行に行かない?」

 「国内ならいいけどさ……ってか、愛理はどこを受けるんだ?」

 「雪乃が受けるところに決まってるでしょ?」

 「出たよ、雪乃第一主義。彼氏の俺は?」

 「春翔さんの次かなーー」

 「おい!!」


 風磨を揶揄う鉄板ネタの為、誰も止めはしない。愛理は色素の薄い髪とアイスブルーの瞳が大層なお気に入りで、それも今に始まった事ではないのだ。


 「舞台挨拶とかないの?」

 「ないよ……試写の時、田中さんに押されて参加したくらいで」

 「やっぱりイケメンだった?!」

 「うん……俳優さん達、みんな、キラキラしてた……」


 顔色の悪くなる雪乃の頭を清隆が撫で、愛理が抱きしめる。これもいつもの光景だが周囲は騒がしい。大声を出すのを堪え、遠巻きに観察している。所謂、観賞用なのだろう。容姿端麗な四人が揃えば、それだけで絵になるものだ。


 家督を継ぐ、継がないや、男女の違いはあるけれど、彼らの境遇は似たようなものだ。親が何かしらの事業を展開している為、仮に中高一貫でなくても幼い頃からの交流は変わらずにあった事だろう。


 「雪乃、毎日更新してるけど、大丈夫なの?」

 「ん?」

 「ん? じゃなくて! 忙しいんじゃないの?」

 「ネットの方は趣味みたいなものだから、大丈夫だよ?」

 「相変わらず本の虫だな」

 

 本の虫とは言い得て妙だ。雪乃は小説を書く事も本を読む事も好きなうえ、速読の為、読書量は四人の中で飛び抜けている。


 「じゃあ、今週は会えないのかぁーー」

 「うん、もし旅行の日程が決まったら教えてね」

 「愛理、俺がいるだろ?」

 「風磨は黙ってて!」

 「ったく……」


 悪態を吐いても顔はにやけている。風磨は表情に出やすく感情が分かりやすい。逆に一番分かりにくいのが雪乃である。彼女の喜怒哀楽がはっきりと解るのは兄くらいだろう。


 雪乃はすでに明日の打ち合わせに気持ちが向いていた。

 そして、日曜日に待つお見合いに、そっと溜め息をこぼしそうになるのだった。

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