第8話 パパができました
「いらっしゃい。リデルも来たんだね。」
とジャンが嬉しそうに迎えると、リデルは
「アリスに頼まれたから仕方なくんだよ。」
と口を尖らせた。
「ジャンさん、布を譲ってくれてありがとうございます!」
「要らない布でいいってことだったからいくつかまとめておいたんだけど、確認してもらえるかな?」
「ありがとうございますっ!」
ジャンが用意してくれたのは、汚れてしまったシャツや穴が空いたシーツなどだったが、アリスにとってはどれも十分なものだった。むしろアリスたちが使っているシーツよりも上質と思われた。
(これ、うちの寝室のと交換しようかな・・・)
ジャンの家はアリスたちの家とは違い、裕福とは言えないまでも隙間風もなく、各部屋に扉も備わっていた。アリスは自分たちの家がこの世界の一般家庭だと思っていたが、違うと言うことがこの日判明した。
(冬までにはペラペラの布団を新しいのに変えられるくらいお金を貯めよう。)
「ジャンさん、これとこれをもらってもいいですか?」
「あぁ、全部捨てようと思っていたものだから好きなだけ持って行っていいよ。」
「ありがとう!」
「でもそれで何を作るんだい?」
「えっとね、旗を作りたいの!」
「旗?騎士が持っていたり、城についてるアレのことかい?」
「そう。木の看板は重たくて持ち運べなかったから、布で看板を作って、それを持ち歩けば軽いでしょ!」
「・・・なるほど、アリスちゃんは本当に面白いことをするね。針や糸はいるかい?」
「ありがとう!」
思いがけずジャンの家で裁縫道具も借りられたため、アリスはすぐさま作業に取り掛かった。久美子の時からDIYは趣味で、裁縫も得意な方だった。アリスの小さな手になり、道具も使いづらいものばかりではあったが、それでもできる限りイメージのものを作ろうと必死に取り掛かった。
時折何かを言われている気がしたが、集中しているアリスには一切の音も届かなかった。
「・・・できた!!」
気がつくと部屋には灯りが灯され、ジャンもリデルもいなくなっていた。窓を見ると外はもう真っ暗になっていた。
「・・・お父さん帰っちゃったのかな。」
アリスは出来上がったのぼりを手に部屋を出ると、別の部屋から灯りが漏れていることに気がついた。
(あ、ジャンさんかな?)
キィッと軋む音を立てながら、アリスが扉を開けると、あの日と同じようにジャンとリデルが唇を重ねていた。あの日と違うのは、リデルもジャンに手を回しているということ。
「あ、アリス、終わったのか!!!」
アリスに気がついたリデルは咄嗟にジャンを押し退け、耳まで赤くした顔でアリスに近づいた。
「あ、あのな、今のはなんでもないからな。よし、終わったなら、帰ろうか!!」
慌てるリデルの声もアリスの耳には届かなかった。
(あぁ、また、また私がやってしまった・・・。)
アリスの大きな瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「アリス・・・!ごめん、違うんだよ、アリス!!」
泣きじゃくるアリスを見かねてジャンも慌てて駆け寄り弁明をしようとしていた。
「ちが、違うー!!!どうして、どうして私は壁じゃないのー!!!!!!」
「「え?」」
♢
アリスが訳の分からないことを言いながら泣き止まないため、リデルはニックとロニーにジャンの家に泊まることを説明しに家に戻った。ジャンはアリスが泣き止むよう、ホットミルクを入れ、綺麗なハンカチをアリスに渡し、何も言わずに落ち着くのを待った。
「ジャンさん・・・本当にごめんなさい・・・グスッ。」
アリスは少しずつ冷静を取り戻し、もらったハンカチで目から鼻から溢れ出て水分を拭った。
「アリスちゃんが謝ることはないよ。お父さんを取られると思ったのかな?不安にさせてしまってごめんね。」
「違うよ。私、本当にジャンさんとお父さんのこと応援したいの。2人が幸せになってくれればいいって、本当に思ってるの。なのに・・・なのに・・・。うわーん。」
ジャンはまた大きな声で泣き始めてしまったアリスの横に移動し、アリスを抱きしめ、背中をぽんぽんと叩いた。
(ジャンさん・・・あったかくて良い香り・・・。)
アリスはそのままジャンに抱き着いて眠ってしまい、目が覚めた時はリデルに抱き抱えられていた。
「アリス、起きたか?ジャンが夕飯作ってくれたぞ、食べれそうか?」
「お父さん・・・おはよう・・・。」
「ふふっ、アリスちゃんおはよう。お腹は空いてるかな?一度顔を洗っておいで、スッキリするよ。」
アリスは顔を洗ってテーブルに着くと、泣いたことでお腹が空いていたのか、ジャンの作ったシチューを2回もおかわりした。
「ご馳走さまでしたっ!」
「いっぱい食べてくれて嬉しいよ。今紅茶を淹れよう。」
「私手伝うわ!」
アリスはさっきまで泣いていたことなど忘れ、シチューの皿を運び、ジャンと一緒に紅茶の用意をし、テーブルに並べた。
(はぁ〜紅茶美味しい。落ち着く〜。)
「・・・アリス、さっきのことだが、お父さんは今でも変わらずにお母さんを愛している。そのことに変わりはないんだ。ただその・・・」
落ち着いたアリスを見て、リデルが神妙な面持ちで口を開いた。
「お父さん、さっきは泣いちゃってごめんなさい。私、お父さんとジャンさんに一緒にいて欲しいの。でもいつも私がいて邪魔しちゃって、自分がイヤになっちゃっただけなの。
お父さんもジャンさんが好きなんだよね?」
リデルは口をモゴモゴさせ、ジャンをチラッと見た後
「あぁ。」
と小さくうなづいた。
アリスがパァっと華が咲いたような笑顔になり、嬉しそうに拍手をした。
「おめでとう!じゃあこれからはジャンさんも家族だよね!」
「え、私が家族?アリスちゃんはイヤではないの?」
「私は全然!むしろジャンさんはお母さんみたいに優しいし、あったかくていい匂いがするもの!私嬉しい!ジャンさんは私たちと家族はイヤ?」
ジャンは頬をつたう雫を指で拭いながら、嬉しそうに首を横に振った。
「お兄ちゃんもロニーも、きっとジャンさんのことが好きになるから、大丈夫よ。
・・・そうね、これからはジャンさんのことはパパって呼ぶわ!」
「ありがとう、アリスちゃん。」
急展開にリデルはついていけず、ポカンとした表情ではあったが、嬉しそうに抱き合うアリスとジャンの様子を見て、何も言わずに笑っていた。
いつもは家族4人で同じベッドで寝ているアリスだったが、この日は1人で寝たいとお願いをし、アリスは客間のベッドに1人で入り、リデルとジャンの様子を伺った。
耳の全神経を集中させ外から漏れる音を聞こうと努めるアリスだったが5歳児の眠気には勝てるわけもなく、いつの間にか朝を迎えるのだった。