第6話 愛は自由です!
アリスに見つめられてもジャンの表情はピクリとも動かず、部屋の空気は凍りついたようにしばし静寂が流れた。
重たい空気の中、根負けしたのはジャンの方だった。
「ふぅ。アリスちゃんは5歳とは思えないな。そうだね、君が思うように私はリデルに対して特別な感情を抱いている。それはパーティを組んでいた時からずっと変わらないんだ。アリアと結婚し、君達が生まれても、私の気持ちは変わらなかった。世界中を旅しても、その気持ちは変わらなかったんだ。」
「お父さんもジャンさんが好きなんじゃないんですか?こないだキスしてましたよね?」
アリスの発言に、これまで表情を崩さなかったジャンも流石に飲んでいた紅茶をこぼしてしまうほど動揺した。
「・・・アリスちゃんは本当に大人っぽいというか・・・。誤解しないであげて欲しいんだが、あれは私が無理矢理リデルに言い寄ったんだ。お父さんは今でもお母さんのことを愛しているよ。不快な思いをさせてしまったようで、申し訳ない。」
「不快だなんて!!!お父さん、ジャンさんの前ではそっけない態度かも知れないけど、ジャンさんと会ってからほっとしたような顔をしてると思います!家でもジャンさんの話をたまにしてますよ。」
「そ、そうかい?」
ジャンは先程までのお面のような表情とは一変、嬉しそうに頬を緩ませた。
アリスが言う通り、リデルはジャンの話をする際、言葉とは逆に口元が緩み、本心から嫌がってはいないとアリスは感じていたのだ。
「私お父さんがお母さんのこと愛していたのは分かるわ。それでも、お母さんはもういないもの。お父さんがまた好きな人ができて、幸せになってくれるなら、私、ジャンさんとのこと応援します!
お父さんは確かに頼りなくてワンコ系男子だから、ジャンさんみたいなキャラと相性がいいと思うんです!」
アリスは鼻息荒く、ジャンに迫った。ジャンはアリスの言っていることが半分以上理解できなかったが、それでも関係を応援してくれる、その気持ちが素直に嬉しかった。
「アリスちゃん、ありがとう。同性愛だなんて、誰にも認められない想いだと思っていたけど、そう言ってもらえて素直に嬉しいよ。本当にありがとう。」
「・・・あの、同性愛って法律や宗教で否定されているんですか?」
(確か同性愛って昔は精神疾患って言われたり、宗教によっては反対されてるんだよね・・・)
「具体的に否定されているというのは聞いたことがないけれど、私と同じように同性を想っている人は聞いたことがないかな。最も私もリデルと君以外には知られたことはないけれどね。
ラースト教でも、愛とは互いに想い合い支え合うこと、とだけ記されているけれど・・・。」
ラースト教というのはアメリアル王国内の国民のほぼ全員が所属している宗派だ。太陽の神ラーを敬い、光からの恵に感謝する。
「なら、愛は自由なはずよ!年齢も、性別も関係ない!想い合っているならば、ジャンさんとお父さんが結ばれたって問題ないわ!」
「アリスちゃん・・・!」
(ジャン✖️リデ、横に並んでいるだけでも目の保養。これが家で見れたらBLを失った私の癒しになるわ・・・それに本当にお父さんみたいな人には、腹黒そうなジャンさんみたいな人がいてくれた方が安心だよね。)
アリスに腐女子としての邪な思いがあることなど知らないジャンは、目を潤ませアリスの気持ちに感謝した。
そしてアリスはジャンにある提案を持ち出した。
「私が販売を始めたのは、うちが貧乏だからなの。ロニーもまだ小さいし、ニックだってもっとたくさん食べないといけないのに、いつもスープと芋。私はうちを豊かにしたの。」
「なら」
「ううん、ジャンさんに今お金をもらうだけじゃダメなの、それじゃ今年は良くても来年はまた困っちゃうもの。私が今考えているアイデアは、とりあえず原価のかからない卵を使ったもので作るつもり。そしてお金が貯まったらもっともっとうちにしかない商品を作っていくわ。
・・・だからね、ジャンさんのところでニックを働かせてもらえないですか?」
「私のところで・・・?」
「私はお父さんのお店を継ぐのはニックがいいと思ってます。ニックほどお店のことを大切に思ってる人はいないもの。私はアイデアを出すことに専念したいんです。だから、ニックがお店をやっていく上で必要なこと商人ギルドで叩き込んで欲しいんです。」
計算方法や商品に合わせたターゲットの絞り込み方・提案の仕方など、アリスが教えることもできなくはないが、現場で実際に学び感じ取ることの大切さをアリスは知っていた。また、ニックのプライドを考えると、アリスに頭を下げることは難しいと思ったのだった。
「なるほど。それがリデルとの関係を応援してくれる見返りかな?」
「いえ、それは別です。それは私が応援したいから応援するだけです。ニックに教えてくれるなら、【プリン】というスイーツの作り方をジャンさんに今お伝えいたします。」
「プリンというものがどれほど利益を生み出すかは分からないが、少なくともニックの労働力も得て、情報ももらえるというのは、君に不利な条件ではないだろうか?」
「いいえ。プリンには砂糖が必要になるので、私がこれを作れるようになるのはもっとお金が貯まらないとできません。それにスイーツは、平民は中々買うことができないと聞きました。
プリンを販売するのであれば手売りではなく、既存のスイーツ店など、貴族の方々が買いに来られるお店においていただいた方が良いと思います。これは私では難しいことなので、ジャンさんにレシピをお渡ししてもそこまで痛手にはならないんです。」
アリスの大人顔負けの受け答えにジャンは驚きを隠せなかった。
「・・・君は、本当に5歳かい?いや、素晴らしいね。そこまで考えているのであれば、いいだろう。ニックくんは私が直接面倒を見よう。プリンについては、そうだね、レシピが売れた場合、その売上の1割をリデルに渡すことでどうだろう?」
「いいの?」
「君への先行投資だよ。」
ジャンはふふっと笑い、アリスはジャンにその場でプリンのレシピと完成図をイラストに起こして渡した。
そしてジャンからニックへ弟子入りの件を提案してもらい、リデルへの確認もジャンからしてもらうため、4人は一緒に家へと向かった。