第39話 モリスの木
【モリス】という植物は、幻覚作用のある植物である。その花の蜜から取れる液体は、神経を鈍らせ痛みを緩和することから最も一般的な麻酔薬として使用されている。モリス自体の栽培は難しくないものの、花を咲かせるためには温暖な気候や水・肥料の管理が必要なため、実際は限られた地域でしか栽培することができず、その蜜は全て国内の医療用として国が厳しく管理をしている。
しかし近年このモリスを巡ってトラブルが発生していた。
事の発端はモリスの栽培を増やす手立てを考えていた、ある栽培農家の取り組みに始まった。
モリスは花が枯れるまで放置しておくとその後種子が作られる。つまり蜜を取るために花を採取してしまうとモリスを増やす種子が得られない。また種子を植えても100%生えてくるわけではない。そのため農家たちは毎年蜜を採取する木と種子にする木を選別して管理していたのだが、他の木同様に挿し木で増やすことができないか、という取り組みを行なった者がいた。
モリスの木を数本切り、根が生えるまで肥料や水遣りの試行錯誤を行なった。しかし何度繰り返しても実験は失敗に終わり、「モリスは種子からの栽培しかできない」と結論を出したところで事件は起きた。
農家は切り取って不要になったモリスの枝を家の暖炉に焼べた。するとその煙は凄まじい勢いで家中を包み込み、本来であれば立ち込める煙にすぐにでも家を出るはずなのだが、その家に住んでいた家族全員がそのまま煙に燻され死を遂げたのだ。
近隣からの通報を受けた警ら隊も煙を吸うやいなや様子がおかしくなり、調査の結果原因はモリスの木から発生した強い幻覚成分によるものだと判明した。
これにより国はモリスの取り扱いをより一層厳しくしたのだが、最近になってモリスの葉が闇取引に出回るようになっていた。葉は枝よりも幻覚成分が弱く効き目も短時間で消えるものの、1枚の葉を燻すだけで瞬時に高揚感に包まれ、天国へ行った気分になれるとし「エンジェルリーフ」と呼ばれていた。
「なぜエリーがその名を知っているんだ?まさか!」
「お父様!私がそんなものに手を出すわけありませんわ!
・・・ただ、使用したことがあると自慢していた生徒達がいたそうですの。」
「なんだと!学生でさえも使用しているのか!!」
「私も聞いた話ですから詳しくは分かりませんが、なんでも騎士学科の生徒達だったそうなのですが、そのグループの者が、もう手に入れることはできないとこぼしていた者がいたそうなんです。」
「・・・何が言いたいんだ?」
「男爵の領地はモリス栽培をしてますね。」
エリザベータは再びにっこりと満面の笑みで父を見つめた。アルベルトははぁと深いため息をつき、
「分かった、男爵の領地に行くとしよう。エリーも一緒に来なさい。」
と根負けした形で娘の要望を受け入れることにした。
「ありがとう!お父様、大好きよ!」
「まあ最近は事務仕事が多くてシアルから出ていなかったからな。ついでに近隣の領地も見て回って来よう。エリーの話が本当だとすると、我がラーゲルレーヴ侯爵領内での悪事は見過ごすわけにはいかんからな。
仕事が片付き次第出発しよう。学校は休むことになるかもしれないからそのつもりで支度しておきなさい。いいね?」
「分かりましたわ、お父様!それではこちらで失礼いたします。おやすみなさいませ。」
「ああ、おやすみ。」
エリザベータが退出すると、アルベルトはすぐにセバスを呼んだ。
「お呼びでございましょうか。」
「エリザベータから学校内でもエンジェルリーフを使用した者がいたと聞いた。急ぎ事実確認を。」
「かしこまりました。」
(まさかこんなところで出処にたどり着くとはな。王国屈指の学校でさえ、いや、貴族が集まる故のものなのか・・・。)
アルベルトは王国の首都一帯を管理する侯爵家の者として、エンジェルリーフの対応に日々追われていた。
しかし何の手立てもなく対応を考えあぐねていたのだった。と言うのもアルベルトの耳に入る頃には既にいつ、どこで、誰が元となって市場に流したか分からないほどにエンジェルリーフは首都シアルの街中に大量に出回るようになっていた。
これはエンジェルリーフの効きが弱いために表沙汰になるような事件が起こらず、過剰摂取による死者が出て、エンジェルリーフという麻薬の存在が判明するまでに随分時間がかかってしまったためだった。
更にエンジェルリーフには中毒性があり、習慣的に摂取をしていた者が急に辞めると発狂し、凶暴化するということが判明したこともアルベルトを苦しめていた。
「まずは出所を叩かなければな。」




