第34話 母親の役割
素直に言おう、アリスは真っ直ぐに見つめてくるガルドの目を見て心を決めた。
「はい。私は騎士になるつもりはありません。私の目的は、家族のために、自分たちのしたいことを誰からも文句を言わせないために、貴族の爵位を得ることです。聖アメリアル高等学校の上位成績者には爵位が与えられると聞き、入学しました。家は雑貨店を営んでますので、元々は商業学科への進学かと考え試験に臨みました。」
「ああ、前も商業学科の授業が受けられないか聞いてきたな。騎士学科は本意ではなかったか?」
「・・・正直なところ、予想だにしていませんでした。実際、騎士の家柄のクラスメイトと比べても私の力では遠く及びません。ですが、訓練で学べることも多々ありますし、入学して後悔したことはありません!」
ガルドはアリスの言葉聞くなり大きな声で笑い出した。
「そうかそうか。それなら良かった!実はな、お前を騎士学科に入れたのは俺だ。入学試験で試験官に膝をつかせたのはお前とフェルナンドの2人だけだった。」
「・・・私の試験は彼とは異なり剣の腕とは言えません。」
「ああ。だが、お前の反骨精神は本業の騎士にも勝るものがある!俺はそこが気に入った。今回のダグとの試合もそうだ。俺は人より視力が良くてな、所々だがお前達の試合は見ていたさ。魔力ももちろんすぐに感知していたが、お前の最後に出す一撃が見たくて止めなかった。
髪とこれは、お前が大切にしていたものだそうだな。壊される前に止めなかったのは俺のせいだ。済まなかった。」
ガルドが頭を下げながら差し出したのは、アリスが大切にしていた髪紐だった。髪紐は綺麗に半分に切れ、ボロボロになっていた。
「頭を上げてください。先生のせいではありません。私が、弱かった、から・・・。」
アリスは髪紐を握りしめ、瞳から流れ出る涙を止めることもできずその場で声を殺しながら静かに泣いた。ガルドはバツが悪そうな顔して頭をポリポリかきながら、そっとコーヒーを入れてアリスに差し出した。
「・・・俺は小柄なお前の瞬発力に期待しているが、お前が言うように騎士に向いている体格ではない。騎士学科の者は気性の荒い者も少なくないしな、これからますます訓練がしんどくなると、平民のお前は格好のターゲットになるだろう。お前が辞めたいなら辞めたっていい。通るかは分からないが、商業学科への推薦状も書いてやれなくはないからな。望むなら休み中に俺に連絡を寄越せ。わかったな?」
「わかりました。あ、あの今日やるはずだった魔法の適性検査はどうなりますか?」
「ああ、あれはお前が寝ている間に済ませた。やはり適正はなかったよ。残念だったな。」
「そうですか。・・・ではこれで失礼します。」
「おお、もし騎士学科に残るつもりなら、休み期間中も基礎訓練サボるなよ!」
アリスはガルドに頭を下げ部屋を出ると、気がついたら家の前に立っていた。
(あ、もう家だ。どうしよう。言い訳考えないで着いちゃった。)
アリスがそのまま呆然と立っていることに先に気がついたのはリデルだった。
「アリス、おかえり!試験どうだった?・・・ア、アリス!!どうしたんだその髪は!!」
「お、お父さん。ただいま。何でもないの。今日の訓練でちょっと切れちゃって、長くて動きにくかったし丁度よかったよね!似合うでしょ?」
アリスが笑う姿を見て、リデルは言葉を失った。リデルの後に続いてジャンが出てくると、ジャンは強くアリスを抱きしめた。
「アリスちゃん・・・お帰りなさい。」
「ぱ、パパ・・・どうしたの、急に恥ずかしいよ。」
「うん。ごめんね。抱きしめたくなったんだ。暖かいミルクティーでも淹れたいんだけど、飲んでくれるかな?」
「・・・うん。」
「じゃあ行こうか。」
ジャンはアリスを抱き抱え、リデルの方を見て頷き、店を抜けキッチンへと向かった。アリスはジャンの腕の中で小刻みに震えながら、声を殺して流れ出る大粒の涙を止められなかった。
小さい頃とは違いジャンの胸まである背丈のアリスを、ジャンは軽々と抱き抱えながら何も言わずにお湯を沸かしミルクを温め、腕の中のアリスを和らげた。
「アリスちゃん、ミルクティーができたよ。」
ジャンに抱きつくアリスの背をポンポンと叩いても、アリスはジャンから離れようとしなかった。ジャンはアリスを抱いたまま椅子に座り、ゆっくり短くなった髪を撫でた。
「・・・短い髪も似合ってるよ。後で揃えてあげようね。」
「う゛、う゛ん。パ、パパ、私悔しいっ。平民だからって、馬鹿にされて、女だからあんな奴に殴られても抵抗できなかった・・・。」
「そっか。辛かったね。」
「ずっと、ずっと、パパ達に言いたかったけど、言えなかったの!!私、こんなの間違ってるって、思う・・・。」
「アリスちゃんは本当に優しいね。学校に入ったのだって、私とリデルのためなんでしょう?侯爵様に聞いたよ。ありがとう。でも、本当に私はアリスちゃんがただ笑っていてくれればそれでいいんだ。爵位だって要らないし、リデルとの繋がりは教会が認めてくれなくても、アリスちゃん達が認めてくれている。それで十分だよ。」
「パ、パパァァァーーーー!ウワァァン!!!」
ジャンはアリスが泣き疲れて寝てしまうまで、髪を撫で、背中をぽんぽんと優しく叩き続けた。ジャンの仕草は母が子にするそれと同じように、アリスの壊れかけた気持ちを優しく癒した。
「・・・アリスは?」
「今寝ちゃったからベッドに運んだよ。」
「俺は、ダメな親父だな。アリスの気持ちに寄り添ってやれなくて。ジャンがいてくれて本当に助かるよ。」
「リデル、そんなことないよ。みんな君がいてくれるから、君のことが大好きだから子供達はそれぞれ頑張っているんじゃないか。」
「・・・アリスにあんなことした奴を俺は許せねぇ。」
ジャンはリデルが握りしめる拳にそっと手を重ねた。
「やったのは男爵の令息らしい。彼は騎士学科から退学処分になったそうだよ。それでも到底許せないけど、私もこれまでアリスちゃんが辛い目にあっていることに気が付けなかった。貴族からの差別については私の方がよくわかっていたのに・・・。母親役失格だね。」
「そんなことない!ジャンはよくやってくれてるさ!みんな俺には言えないこともジャンには話してるし、今回だってジャンがいてくれなかったらアリスは立ち直れなかったかもしれない。ありがとな。」
「リデル・・・。」
リデルはこれまでジャンからの愛を受け入れるばかりだったが、初めて自分からジャンに口づけをした。




