第33話 試合の行方
アリスの前にわざと体格さをアピールするかのように立ちはだかったのはダグ = ヴェストという男爵家の四男だった。騎士学科に送られるということだけで彼や家の力がさほどないことを物語っているにも関わらず、それを一切気にしないのか気付いていないのか、「自分は貴族である」という立ち振る舞いを続けているような人間だった。平民のアリスのことを当初から何かに付けて文句を言い、ダグこそがアリスのイジメ筆頭と言って過言ではない。
「1試合目始まったな。終わったらすぐにお前がここを辞めたくなるほど俺の大剣でぶん殴ってやる。覚悟しておけよ。」
アリスは小柄な体と素早く動ける身体能力を活かし、短剣を選択した。対してダグはクラスの中でも大柄な体格を誇り、アリスの背丈ほどの剣を大きく振り回すスタイル。ダグが言うように一撃でも当たればアリスは場外まで吹き飛ばされることもあり得なくない。
「でわ、第二試合、アリス対ダグ = ヴェスト。前へ!」
「ほら、かかってこいよ、俺は優しい貴族だからな攻めさせてやるよ!」
(ダグはいつも向かってきたものを大剣で弾き飛ばしてる・・・迂闊に飛び込めない・・・)
「来ねぇなら・・・俺から行くぜ!!オラァ!!!」
(は、早い!受け切れない!)
「ガハッ」
ダグが大剣を振りながら突進してきた攻撃をアリスは短剣で受けたもののその威力を消すことはできず、地面に叩きつけられてしまった。すぐに体制を整えようと立ち上がろうとするアリスをダグは上から押さえつけ、耳元で囁いた。
「俺さ、土魔法が使えるようになったんだよ、貴族だからな!!お前がかかってこなかった内に詠唱を終え、今俺らの周りには土煙が上がって結界の外からじゃよく姿が見えねぇようになってる。つまり、お前を剣じゃなくてぶん殴っても良いってことさ!!!」
ダグはアリスの上に乗ったままアリスの体に拳を何度も何度も振り下ろした。
「顔を殴ったらバレちまうからな。でもお前のこの髪・・・いつもいつもうざかったんだよ!」
「や、やめて!!」
ダグはアリスが手放してしまっていた短剣を使って、アリスの頭を持ち上げそのまま髪を切り付けた。アリスは自分の髪、そして家族とお揃いの髪紐が壊れていく中、呆然と地面に倒れ込んでいた。
気が済んだのか、ダグはアリスの体から退き、あたかも大剣を使っていたかのように剣を握り返しアリスに背を向けてこう言い放った。
「お前のその姿見れば、降参って言わなくても負けになるだろ。くそ平民のくせに貴族と仲良くしてんじゃねーよ。」
そして土煙が止み、アリスの短くなった髪を見てハンナが大声を上げ、ダグが大剣を天高く掲げた瞬間、アリスは最後の力を振り絞り短剣でダグの喉元を切り裂いた。血飛沫が上がり、混乱している様子でダグが何度も口を動かす横でアリスは
「平民なめんな。」
と囁き、ダグと共にその場に倒れたのだった。
♢
「うっ、いたたた。」
「アリス、良かった目が覚めたのね!」
「ここは?」
「保健室。骨折とかの大きな怪我はなかったことになるみたいだけど、打撲や擦り傷は残るんだって。あと・・・」
「あ、髪は切れたままなのね。試合はどうなったの?中止になっちゃった?」
「アリス達の試合の勝敗はわからないけど、あの後は普通にトーナメントをして、私もシリウスも3回戦まで残ったけど、最後はフェルが優勝したよ。
・・・でも、明らかにダグはやりすぎだったと思う。土煙が邪魔してよく見えなかったけど、ダグの大剣でアリスの髪だけピンポイントに切れると思えないし、他の人も剣を実際に相手に刺すようなことはしなかったけど、その、あの試合は・・・」
「うん。私もカッとなって力任せに剣を取ってしまった、よくなかったな・・・。ダグは、大丈夫かな。」
「ダグの怪我はアリスが最後に当てた一撃だけだったみたいだから、試合が終わったら何もなかったよ!でもガルド先生が話を聞いてて、アリスにもあとで事情を聞きたいって言ってた。」
「そっか、なら良かった。じゃあ私もガルド先生のとこに行かなきゃ。」
「平気?私も一緒に行こうか?」
「ううん。大丈夫、ありがとう。明日から春休みだし、実技試験終わったら今日はもう終わりでしょ?ハンナも実家に帰ってゆっくり休んでね。付き添ってくれてありがとう。」
「うん・・・じゃあまた二学年で会おうね!」
ハンナと別れアリスはガルドの部屋へと向かった。学校内には各教師が研究等を行えるよう部屋が充てられており、ガルドの部屋は訓練場の近くにあった。
コンコン。
「ガルド先生、アリスです。」
「入れ。」
「失礼します。」
ガルドの部屋には部屋と呼べるほどのものはさほど揃っておらず、ベッドに机、簡易コンロがあるのみだった。
「怪我はどうだ?」
「はい、お腹の打撲は痛みますがそれ以外は問題ありません。」
「そうか。・・・結論から言おう。ダグは退学処分となった。試験に関係なく無断で魔法を使用した点、試験の場において体格差を利用して剣ではなく拳で暴行を行なった点、そしてこれまでの行い等を踏まえての学校の判断だ。異論はあるか。」
「・・・い、いえ異論はありません。私も何か処罰があるのでしょうか。」
ガルドは表情を変えることなく、置いてあったコーヒーを一口飲み、告げた。
「お前に対してはルールに則ったことしかしていないから特に何の罰もない。が・・・」
「が?」
「お前、騎士になりたい訳じゃないんだよな?」
ガルドの問いにアリスは言葉を詰まらせた。




