第31話 大丈夫
ガルドの説明通り、入学式の翌日以降、アリス達は毎日倒れる生徒が出るほどの訓練の日々を送っていた。
「ここまでっ!!各自シャワー室で汗を流し次第、着替えて教室へ戻るように!」
「「ありがとうございましたっ!!!」」
入学式の春、灼熱の夏を過ぎ、外での訓練がマシに感じる頃には生徒達はすっかりガルドの指示に従い統率の取れた組織へと成長していた。ガルドの前では、の話ではあるが。
「おい平民、冬の進級試験、大丈夫か?」
「やめてやれよ、平民には来年の学費払うのだって限界だろうよ。」
「ちょっと、あんた達くだらないこと言ってないでどっか行きなさいよ!」
「ハンナ、いいよ。シャワー室早く行こう。」
アリスはクラスの中で唯一の平民としていじめの対象となっていた。前世の記憶があっても、大勢から罵声を浴びせられることは不愉快で耐え難いものではあったが、隣の席のハンナがいつも庇ってくれることと髪紐を見ては送り出してくれた家族を思い出し耐えていた。
「本当、あいつら頭きちゃう。騎士たるもの正々堂々と自身の信念に従って動け。ガルド先生にもいつも言われてるのに。」
「ハンナ、いつもありがとう。でも気にしないわ。私二学年の授業が楽しみで仕方ないもの!試験の勉強ももう取り掛かってるわ。」
「えー本当?私座学苦手なのよね。でもアリス頭いいもんね。訓練の後の座学っていつも眠くなっちゃうけど、アリスはいつも綺麗にノート取ってるよね。」
「私は体動かすのり座学の方が好きだからね。わからない所があったら教えるから言ってね。」
「ありがとう!」
騎士学科の生徒はアリスを除き全員が貴族または騎士として名だたる家柄の子息・令嬢だった。家名のないアリスを揶揄うことなく接しているのは、女生徒ではハンナのみ。男子生徒ではエリザベータが入学時に話していた王家の騎士を任される騎士の中で最も優れた家系と言えるシリウス=スティアート、フェルナンド = クラウスの2名のみだった。
特にシリウスは気さくな性格で、アリスが入学試験で審査官に入れた一発を見て酷く感動したと、ハンナの次に話す良き男友達となっていた。
「アリス、ハンナ、お疲れー!次の座学さ、俺当たりそうだからちょっと教えてもらえないか?」
「ええ、もちろん。どこがわからないの?」
「・・・全部。」
「シリウス、あんたちょっとは自分で考えたの?」
「考えたよー!!フェルにも聞いたのにあいつ自分で考えろって酷いだろ?」
「いやそれはフェルナンド様が正しいでしょ。」
「ほらもう授業始まっちゃうから、シリウス、どこがわからないか見せて?」
「アリスー!!あのな、こことここが・・・」
「見て、平民のくせにシリウス様にあんなにくっついて。」
「ああ嫌だ嫌だ。騎士になろうなんて思ってないって言ってたもんね。きっと貴族の家に嫁ぎたいだけよ。」
(聞こえてるけど・・・まああの発言は私に非があるわね。)
アリスのいじめは入学当初は「平民と極力一緒にいない」程度のものだったのだが、ハンナやシリウスと仲良くしていく姿を見てエスカレートした。そして更に拍車をかけたのはアリスの発言だった。
騎士学科の生徒達はシリウス達のように守る相手が決まっていない家の者は魔法学科や商業学科にいる、所謂守られる側の貴族とのコネクションを毎日登下校中や休み時間の間になんとか得ようと躍起になっている。高等学校を卒業しても嫁ぎ先の良し悪しによって彼らの人生は大きく変わるのだ。そんな中アリスは魔法学科の中で最も有力株であるラーゲルレーブ侯爵令嬢のエリザベータと登下校を共にしている。平民であり、特別騎士として秀でた才があるわけでもないアリスに対し、彼らはその理由を大勢で問い詰めたのだ。
普段遠巻きで文句を言われているだけでもイライラしていたアリスは、侯爵令嬢への取り入り方を教えろと言われ堪忍袋の尾が切れた。そして、
「私は騎士になるつもりなんてない!」
と言い切ってしまったのだ。
騎士学科に通い、騎士を目指している者達に対し、この発言はアリスも後から失礼だったと反省したものの、時間を巻き戻すことはできない。アリスは更に彼らの反感を買い、直接的に攻撃をされるようになってしまった。
「あー早く二学年にならないかなぁ。」
「まあ、アリスったら急にどうしたの?」
アリスは自身がクラスでいじめられていることやエリザベータから離れろと言われていることなどは一切彼女に話さなかった。もしアリスがエリザベータに話せば、侯爵令嬢の力を使って彼らの家に圧をかけることなど雑作もないことかもしれないが、アリスは自分の発言への反省も込めて、彼らの行いをそのままにしていた。
「だって二学年になって魔法が使えたら魔法学科との合同授業もあるらしいし、希望すれば空き時間に商業学科の授業も受けて良いってガルド先生が言ってたの。」
「編入試験はないって言われてしまったんだものね。」
「うん。でも授業が受けられれば別に商業学科卒業の称号がなくても私構わないもの。今は訓練訓練で空き時間はないけど、二学年になったら好きなことを学びたいわ!」
「・・・もしアリスが魔法が使えるようになったら、一緒にペアを組んでくれる?」
「もちろんよ!入学試験の時はダメだったけど、沢山鍛えたし、今度こそ水晶が光るかもしれないわ!」
「そうね、私も水の魔法が少しずつだけど使えるようになってきたのよ。授業以外で使うことを禁止されてるから、早くアリスに見せてあげたいわ!」
「うんうん、早くエリーの魔法見てみたいなぁ。試験、頑張ろうね!」
アリスはいつもと変わらない笑顔でいつもと同じようにエリザベータと別れ家へと向かう。入学当初はなんてことのなかったこの家までの距離が、アリスにとっては苦痛になっていた。体は鍛えられ成長し、前よりも早く容易に家に帰ることができるようになったが、どうしても家族が嬉しそうに学校の様子を聞いてくる際に、不意に涙が溢れそうになるのだ。
家族に心配をかけたくないアリスは、その気持ちを抑え込むためにあえて帰り道に今日あった嫌なことを思い出し、吐き出していた。そして家に着く頃には、いつものアリスに戻る。
それがアリスの騎士学科一学年の日課となっていた。




