第26話 入学試験!
ラーゲルレーブ侯爵の計らいでエリザベータとともに勉強が始まってからわずか一月でアリスはエリザベータのレベルに追いついた。これはエリザベータがこの12年間真摯に取り組んで来なかったからというのもあるが、アリスが寝食も忘れる勢いで取り組んだ成果だった。
このスピードに家庭教師も驚き、始めは貴族以外に教えることに抵抗を示していたものもいつの間にかエリザベータへの指導よりもアリスへの指導に熱が入るくらいだった。
勉強のために1枚で100リアルもする紙で作られたノートをリデルは何も言わずにアリスに渡した。今でこそ食べることに困らなくなったリデル家だが、それでも高価な紙を娘のために何も言うことなく差し出す父の優しさが嬉しかった。リデルが結ったこのノートはアリスの宝物となり、このノートを見る度にアリスは一層やる気がみなぎってくる気がした。
アリスは商業学科、あわよくば魔法学校へ進学をしたいと思っていたが、首席で入学するため日々剣も振るい、冒険者だったリデルにも何度も指導をお願いした。前世でも剣など握ったこともなかったアリスだが、1年もすれば傷ひとつなかった手も硬くなり、リデルの剣を受けても体勢を崩すことなく反撃ができる程に成長した。
魔法についても家庭教師から習えることを期待していたアリスだったが、これについては全く予想が外れた。魔法には大きく分けて風・土・水・火の4種類があることや魔法は精霊の力を具現化したものだ、と言った座学は教わるものの、実際に魔法が扱えるかどうかについては入学試験で判定する他ないと言われたのだった。
家庭教師によれば入学試験で魔力の才があるかどうかを測定し、才があるものであればその場で精霊へ呼びかけ、自然と魔法が使えるようになる。そのため人が教えてどうこうなる話ではないと言うことだった。
(魔法使ってみたいけど、無理なら仕方ないもんね。魔法が使えなくても筆記試験と剣技で上位になれれば首席合格は確実って話だし、頑張るしかないわ!!)
そしてアリスは一切弱音を吐かず、時にはエリザベータをサポートしながら、黙々と取り組み、あっという間に15歳の冬を迎えた。
「アリス、しっかりな!」
「お姉ちゃん、頑張ってね。」
「アリスちゃんなら大丈夫。いつも通りにね。」
「アリス、落ちたら慰めてやってもいいぜ。」
「みんな、ありがとう!行ってきます!!」
その日はリデル家全員が店を休みアリスを試験会場の聖アメリアル高等学校まで見送った。アリスのように学校の前まで家族が来ている家庭は少なかったが、それでもアリスにとってこれ以上の応援はなかった。
「受験者の方ですね。こちらで手続きをお願いいたします。受験料の3万リアルは不合格の場合も返金はできませんのでご注意ください。それではこちらが受験票となります。」
「ありがとうございます。」
聖アメリアル高等学校の受験料は3万リアル。平民であれば一月分の給料にも匹敵する。そして年間の学費は一番費用の安い商業学科でも100万リアルを超える。エリザベータの声かけもありリバーシの貴族向けの販売も成功しているリデルの雑貨店において100万リアルは払えない額ではないが、それでも安い金額とは言えない。
(絶対、首席で合格してやる!!!)
アリスは案内に従い試験が始まるまでリデルのくれたノートを見返す。ノートはこの2年で5冊ほどになった。なるべく余白なく使い切ったノートにはびっしりと文字が並び、これまでの努力が見て取れる。
(大丈夫、絶対私なら大丈夫!!)
「それでは試験を始めます。終わった者から次の剣技の会場、最後に魔力の測定室へと向かってください。この砂時計が制限時間となります。」
試験官の合図とともに教室には文字を書く音だけが鳴り響いていく。
(計算問題は中学生レベルだから余裕ね。あとは歴史の暗記系・・・よし、うん、大丈夫。)
アリスは5枚の試験用紙全てを記入し終え、念入りに確認を終えると誰よりも早く席を立った。
「・・・もういいのですか?まだ砂は半分も残っていますよ。」
「はい、見直しも何度もしましたので、大丈夫です。」
「では次の会場へ案内します。」
試験官の指示に従い、案内係についていくとテニスコートほどの広さの会場に1人の男が剣を振って待っていた。
「お!もう終わったのか?最初はそのお嬢さんからかな?」
「はい、アリスと申します。家名はありません!よろしくお願いします!」
「・・・ほお、平民か。ではアリスさん、まず素振りをしてもらえますか?」
「はい!」
アリスは試験官に言われるがままに剣渡された木製の剣を振るった。試験官が止めるまでひたすらに、何十回と剣を振るった。
「・・・はい、結構です。きちんと鍛錬はされているようですね。では次は私に一撃入れてください。どんな手を使ってでも結構です。私から反撃することはしませんので安心してください。」
「ハァハァ、わ、分かりました。」
アリスが息を整える間もなく、試験官から開始の合図が出された。
これまで鍛錬を怠ったことはないアリスでも、15歳の少女の体では剣を握る力すらもうわずかしか残っていない。それでもアリスは必死で試験官に立ち向かった。
「ハァ、ハァ。」
「そろそろ他の子も来ましたので終わりでいいですかね?」
「まだ、砂は落ち切ってません・・・。」
「そう言ってもねー、もう限界でしょう?」
「一撃入れるまで、終わりませんっ!!」
アリスの呼吸はすでに絶え絶えで、試験官の姿すらぼんやりとしか掴めなくなっていた。
(このままじゃ剣技は失格かもしれない・・・何か、何か方法を・・・)
アリスが剣で支えなければ立っていられない姿に試験官はため息まじりに近づき、
「あのね、平民の子には限界があるんだよ。」
と、アリスの耳元で呟いた。
その瞬間アリスは地面の土を掴み試験官の顔目掛けて投げつけた。
「う、うわっ、なんだこれ!」
アリスはこのチャンスを逃さなかった。土が目に入り慌てて顔を押さえる試験官の胴体目掛けて最後の力を振り絞って思い切り斬りつける。15歳の少女の全体重が乗った一撃は、木製と言えどみぞおちに入れば試験官を動けなくする程度の力はあった。
「・・・一撃、入りました。ありがとうございました。剣、ここに置いて行きます。」
うずくまる試験官を背に、アリスは次の会場へと進んだ。
「いいね、あの子面白い。」
立ち去るアリスの背を見て口笛を吹きながら1人の男がニヤリと笑った。
「こちらが最後の試験、魔力測定室となります。あの水晶に手をかざしてください。魔力がある場合そのまま魔法の試験も受けていただきますが、なければこちらで試験は終わりとなります。後日ご自宅に結果が郵送されますので本日はお帰り頂いて結構です。」
「分かりました。」
案内係の指示に従い魔力測定室と呼ばれる不思議な空間に足を入れると、体中の毛が逆立つような感覚がアリスを襲った。
(き、気持ち悪い部屋〜。ゾクゾクする・・・魔法、使えるといいんだけど・・・)
アリスはそっと水晶に手をかざした。
水晶はうんともすんとも言わず、何分経っても何も起こる気配はなかった。
アリスが部屋から出ると先ほどの案内係が立っており、何も起こらなかった旨を告げると出口まで案内され、アリスの一世一代の受験が終わったのだった。




