第25話 貴族になってやる!
「ねえアリス、私貴方に初めて会った時のこと謝りたいの。」
「え?何のこと?」
その日も恒例となったエリザベータの部屋でリバーシを行っていると、エリザベータは眉を八の字にして言った。
「私、初めて貴方に会った時酷いことを言ったわ。貴方のお父様のことや貴方の弟さんが作ってくださったリバーシを粗末に扱ったり。本当にごめんなさい。」
「もういいのよ!今はエリーがリバーシを楽しんでくれてるだけで嬉しいわ!」
「アリス・・・!ありがとう。そういえば私こないだのお茶会でリバーシの話をしたの!そうしたら興味を持たれている方が何人もいたのよ。それでね、やはりリバーシの色を変えることってできないかしら?それかもう少しこの盤も飾りをつけたりするといいと思うのよ。その、私はもう思ってないけれど、やっぱり平民の方がお使いのものとは違いがあった方が貴族受けはすると思うのよ。もちろんアリスが嫌ならこのままでもいいわ!」
「ううん、エリーの発想は私にないものだから助かるわ!貴族様向けのリバーシ、いいわね!そうするとオーダーメイドでやるのはどうかしら?好きな色や盤にも彫刻を施したりするの!」
「いいわね!それでしたら私を通して貴族の方へ販売するといいわ!」
「いいの?」
「もちろんよ!私としてもラーゲルレーブの力をアピールできるし、悪い話ではないのよ。それに、私はアリス、貴方をとても大切に思っているの。貴方に初めて叱られた時、体に電流が走ったわ。天使のように愛らしい顔で、私を睨みつけたあの表情・・・あぁ、アリス。貴方は本当に素晴らしいわ。また私を天使のお顔で悪魔のように叱ってね。」
エリザベータと頻繁に会うようになり、彼女は時折別世界に旅立つタイプの人間だということが分かった。
「ハハッ、まあ機会があればね。そ、そう言えばさ、エリーはパパとお父さんの話をどこまで知っているの?」
「ジャンとアリスのお父様のことですか?そうですね、恋仲であるということは知っていますよ?
国内で起こっていることを把握しておくのは貴族の嗜みですから、大抵のことはお父様のお耳に入るようになってるわ。まあ私にはあまり共有はされないのだけれど、ジャンは頻繁に取引をお願いしていたから教えていただいたわ。
最も私は貴族として、商人ギルドからの話を一方的に信じるようなことはしないわよ。アリスの話を聞いていることもあるけれど、私も不当な解雇だったと思っているわ。ジャンからの提案はいつも私やお父様、お母様が次に欲しいと思うものを叶えてくれていた、素晴らしいギルド職員でしたもの。」
「そっか。そのさ、お父さんと恋仲って聞いて、どう思った・・・?」
アリスが暗い表情でおどおどと聞く様子を変に思うかのように、
「何にも?」
とエリザベータはキョトンとした表情で言った。
「え?でもその、男性同士だよ?同性同士の結婚を変に思ったりしないの?」
「思わないわ。」
エリザベータは一切表情を崩すことなく、断言した。
「平民の方は一夫一妻制をとるのが一般的のようだけど、法律では複婚が認められているわ。跡継ぎのこともあるから結婚を同性とするのは珍しいことだとは思うけど、側室などを作るのは当たり前だし、人によっては同性を囲うこともあると聞いたわよ。だから同性同士のことはなんとも思わないわ。特に貴方のところにはすでにお兄様がいらっしゃるから跡継ぎも問題ないでしょうし、変に後妻が入って子供が産まれるより揉めなくていいんじゃないかしら?
・・・あの時はジャンしか話し相手がいなかったからカッとなって酷いことを言ってしまったけど、ジャンが愛する人と結ばれることができたこと、今では心から祝福しているわ。本当よ?」
「・・・エリー!!ありがとう!初めて私たち家族以外でお父さんたちのこと認めてもらえて、私、嬉しい!!!エリー大好きよ!!」
「ちょ、ちょっとアリス苦しいわよ。もう。何も泣くことないでしょ!」
エリーは抱きつくアリスの頭を撫でながら、頬を染めて微笑んだ。
「私ね、別にみんなに認めてもらえなくても構わないと思ってた。お父さんとパパが嬉しそうに店で仕事をしているの、それで十分だと思ってたの。でも時折お父さんやパパと街へ出ると視線を感じるの。嫌な視線。まるで異質なものを見るかのように、ヒソヒソと私たちを見ているの。お父さんもパパも何も言わないけど、きっと気付いていると思う。
教会にも何度かお願いしてるけど、断られてて、2人の結婚は正式には認められていないわ。」
この世界において結婚とは前世のように役所に届け出を出すのではなく、教会で神々に認めてもらうことで成立する。教会での式が執り行われない以上は2人はまだ婚姻関係にはないということになるのだ。
「アリス・・・。ねえ、私のお父様に相談してみない?お父様の力をお借りすれば解決すると思うわよ!」
「ラーゲルレーブ侯爵に?・・・いいの?」
「もちろんよ!アリスは大切なお友達だもの、この時間は書斎にいらっしゃるはずだから行きましょう!」
「え、今から?」
「善は急げよ!!」
アリスは考える暇も与えらずにエリザベータに引っ張られるままにラーゲルレーブの書斎へと乗り込んだ。
「お父様!アリスの願いを叶えてくださいませ!」
「・・・ならん。エリザベータ、お前にも何度も言っているはずだ。侯爵家の力の使い道は気をつけなければならないと。私だってお前にやっとできた友人の願いだ、ジャンにも恩がある。力を貸してやりたいが、私が圧力をかけたらどうなる?婚姻はできてもまた彼らには様々な噂の的になるだろう。」
「そうだけど・・・」
ラーゲルレーブ卿の言っていることはもっともだった。この街1番の貴族と言っても過言ではない侯爵家の力であれば、平民街にある教会などすぐに言うことを聞くだろう。しかし一方でリデルとジャンの関係をまた噂し、最悪侯爵との関係についても変に噂が広まることもあり得る。
ジャンの噂も収まりかけている今でこそ冒険者だけでなく平民も買い物に来るようになったが、また平民たちから反感を買えばこの街で店を続けることは難しくなる可能性もある。
アリスもエリザベータも叱られた子犬のようにしょんぼりとしていると、ラーゲルレーブは1つの提案を出した。
「アリスちゃん、君が望むならばエリザベータと共に聖アメリアル高等学校への入学をしてみないかい?高等学校で上位の成績を納めて卒業したものには相当の爵位が与えられるんだ。もちろんこの国随一の学校だから入学試験も難題だが、ジャンから君は非常に頭が切れると聞いている。
エリザベータも君が行くのなら真面目に家庭教師の話も聞くようになるであろうしな。」
「そうよ!アリス、一緒に勉強しましょう!貴方が一緒に行ってくれるなら私心強いわ!」
「え、でも・・・」
聖アメリアル高等学校とは、国名がついている通り、この国で知らない者はいないほどに有名な学校だ。学校とは思えないほどの研究設備が整い、教師陣もその道のプロと呼ばれる者たちばかり。著名人は皆この学校の卒業生と言っても過言ではない。
アリスはトルドから魔法のことを聞いた後、隙を見てはジャンに魔法について質問攻めをしていた。その際に魔法を学ぶことができるのはこの聖アメリアル高等学校しかない、と聞いていた。
そもそも魔法は特別なものでジャンのようにエルフの血が混ざっているものや、ドワーフのように精霊に近い者以外呪文を習っても扱うことができないとされている。貴族が自分たちの血筋を大切にしているのは精霊と契約したその血筋を絶やさないようにしているためとさえ言われている。
そう、人間でこの学校に入学ができるのは、精霊と契約を行った先祖を持つ貴族だけなのだ。
「私、魔法が使えるかどうか・・・」
「聖アメリアル高等学校では一番有名なのが魔法学科ではあるが、それだけじゃない。武芸を極める騎士学科、商業学を学ぶ商業学科だ。アリスちゃんならばこの商業学科に進学できるのではないかな?
エリザベータは魔法学科に進むことになるだろうから入学後の学科は異なるが、入学試験は同じなんだよ。全員一律に魔法・剣・筆記の3種類の試験を受け、それぞれの結果から各学科の合格者が決まるんだ。」
「でも・・・」
「もし君が入学試験で首席を取ったなら、学費は免除されるよ。」
アリスはその言葉を聞くなりラーゲルレーブ卿の顔を見上げると、彼は最初からこうなることを予想していたかのように不敵な笑みを浮かべていた。
「私、意地でも首席入学してみせます!!!!!どうか、エリザベータお嬢様と一緒に家庭教師から指導を受けることをお許しください!」
「もちろんよ、ね、お父様!アリス、一緒に頑張りましょうね!」
「でわ、明日からそのように手配をしておこう。ご家族にも説明をしておきなさい。
入学試験は15歳の冬、あと2年と少ししかない。悪いがエリーの邪魔になると判断した場合はすぐにこの話は無かったことにしてもらう。いいね?」
「はい、もちろんです。すぐにエリザベータお嬢様が学ばれている段階に追いつき、お嬢様のサポートができるよう努めさせていただきます。お嬢様、よろしくお願いいたします!」
「あ、アリスー!!エリー呼びもいいけど、お嬢様呼びもいい・・・」
目にハートマークを浮かばせるエリザベータの手を握りしめ、アリスは燃えていた。
(魔法も学べるし、爵位が得られれば貴族としてお父様たちが結婚しても誰も文句は言わなくなるわ!!この試合絶対に負けない!婦女子の推しに対する愛、甘くみるんじゃなわよ!!!)
そしてアリスは家に帰るなりすぐにリデルたちに「商業学を学びたいから聖アメリアル学校へ行きたい」と告げ、快く応援してくれた家族に見守れながら試験勉強に明け暮れる日々を過ごすこととなった。




