第19話 お疲れ様
それからジャンの姿を見ないまま、数ヶ月が経った。
アリス達が何もできずに日々店の仕事に明け暮れていると、ジャンは何事もなかったかのようにひょっこりと串焼きや魚などを大量に買って家にやって来た。
「パ、パパ!!!」
「ジャンさん!」
「みんな久しぶりですね。ロニーくんはまた背が伸びたかな?元気でしたか?」
「パパ〜・・・心配したんだよーーー。」
「おやおや、アリスちゃん、女の子の涙はそう易々と見せてはいけませんよ。ほら、これで顔を拭いて。」
久しぶりのジャンの姿にアリスは思わず泣き出し、受け取った良い香りのするハンカチをすぐに汚す羽目になった。
「ジャン・・・お疲れさん。飯にするか?」
「リデルもお疲れ様。いっぱい買ってきましたからね、今日はみんなでたくさん食べましょう!」
その日の夕食はなんのお祝いでもないが、テーブルに乗り切れないほどの食事が並び、お腹がパンパンに膨らむほどだった。みんながジャンの話を聞きたいとソワソワしてはいたものの、どう切り出して良いやら分からず、食事中は何事もなかったのように、純粋に食事を楽しんだ。
食後用にとジャンが紅茶を淹れてくれると、ジャンはゆっくりと紅茶を飲みながら話を始めた。
「みんな心配してくれたみたいで、ありがとう。迷惑をかけましたね。」
「迷惑だなんて!商人ギルドの人たちは頭が硬いのね!」
「ふふっ、そうですね。・・・商人ギルドではね、特許申請をした商品の情報を取り扱っていますが、これはギルドの運営費を出している貴族の方に主に紹介することが目的です。アリスちゃんが新しく考えたカルタなどの木の玩具はたくさんの貴族の方から紹介を依頼されてね、おかげで私はギルド長になりそうな勢いだったんだよ。」
「ジャンさんならギルド長になって当然だよ!」
「ギルド長って1番上の人でしょ?すごーい!」
ニックやアリスが目を輝かせるのとは反対に、リデルの顔はどんどん曇っていった。
「そうだね。でもそれはもういいんだ。今日で、正式に商人ギルドを退職してきた。これからはみんなのサポートができなくなってしまうのが不甲斐ないんだが・・・。それでもこれまで通り仲良くしてくれると嬉しいな。」
ジャンは眉毛を八の字にしながらも、にっこりと笑った。
「パ、パパはそれでいいの?」
「そうだよ!ジャンさん、ギルドの仕事でいろんな人や物と出会うのが楽しんだって、言ってたじゃんか!俺、ギルドに行ってくる!」
「行ってどうするんだ!ジャンが決めたことにお前達が口出すんじゃない!!」
リデルは騒ぎ立てるアリスとニックを黙らせると、部屋から出て行ってしまった。
「・・・みんなありがとう。でもね、前に私が言ったことを覚えてるかな?私にとって一番大切なのはリデル。そしてリデルの大切にしている、ニックくん、アリスちゃん、ロニーくん。みんなよりも大切なものは何もないんだよ。確かにギルドの仕事は楽しかったけれどね、でもそんなことはどうでもいいんだよ。
まぁ無職になってしまったから、もう今日みたいな手土産はしばらく難しくなってしまうかもしれないんだけどね。許してね。」
好きな仕事に就けるというのは、どれほど有難いことで、難しいことかアリスはよく分かっていた。だからこそそんな辛さを微塵も感じさせないように振る舞うジャンの優しさが辛かった。
「アリスちゃん、泣かないで。そうだ、昔みたいに抱っこしてあげようか?」
アリスはコクリと頷きジャンに抱きしめられながら、声を上げずに静かに泣いた。
(私よりもパパのが辛いのに、どうしても涙が止まらない・・・パパたちは何も悪いことしていないのに、パパが可哀想だわ・・・)
そしてアリスは泣き止むなり、ジャンに
「パパお家も引っ越しするんでしょう?じゃあもう一緒に暮らそう!そしてこのお店をもっともっと大きくして、商人ギルドなんて見返そう!」
と真っ赤になった鼻を鳴らして言った。
「・・・そうだね。それもいいかもしれないけど、でも」
「俺は構わないぞ。」
「リデル!」
部屋から出て行っていたリデルだったが、扉のないこの家で聞き耳を立てていれば中の様子を伺うことなど容易だった。
「店のことや周りのこと気にしてんだろうけど、もういいじゃねぇか。ニックもアリスも、ロニーだってジャンにいて欲しいってずっと前から思ってる。子供達のおかげで店も繁盛してるし、うちの店のオリジナル品もたくさんあるからな。店が潰れることはもうないさ。」
「そうだよ!私、もっともっといろんなアイデア考えて、商品をたくさん作るわ!」
「あぁ、ジャンさんがいてくれた方が心強いよ!」
「パパ、僕も絵を描いた商品考えてるから、相談乗って欲しいな。」
アリス達の言葉に、ジャンはただただ「ありがとう」と繰り返した。俯くジャンからはポタポタと涙がこぼれ落ちていた。




