第10話 ニックの気持ち
「お父さん、おめでとう!」
ロニーの提案で花を摘んで帰ったアリス達は、夕飯の片付けをしているリデルに渡した。
リデルは恥ずかしそうに花を受け取り、ロニーを抱き抱えた。アリスもリデルに駆け寄り、ロニーと一緒に抱き抱えてもらった。
アリスの中には35年生きた記憶があっても、今世の意識が強いのか、「やりたい」「甘えたい」と思った衝動は抑えることができず、恥ずかしい気持ちよりも素直に父に甘えた。
「・・・ジャンさんが言ってたこと、本当なんだね。」
腐女子のアリスはもちろん、よくは理解していないがらもアリスの熱弁によって父とジャンを応援するロニーだったが、ニックは違っていた。
「ジャンさんから父さんのことが好きだって聞いて、冗談かと思った。アリスがパパって呼び出したって聞いたけど、俺は・・・悪いけど、アリス達のように2人のこと素直に喜べない。だっておかしいだろ?
父さんもジャンさんも男同士じゃないか!母さんのこと好きだったのも嘘だったのかよ!」
「ニック!それは違う。父さんは母さんのことを本当に愛していた!」
「じゃあなんで!・・・悪いけど、俺はパパだなんて呼ばないから。」
リデルは何も言い返すことができず、ニックはそのまま部屋から出て行ってしまった。
♢
翌日からもニックは変わらずジャンの下で働いてはいたが、家でリデルに話しかけられても空返事だった。食卓にはいつも気まずい空気が流れ、リデルがしょんぼりしているのをニックもばつが悪そうに見はするものの、2人が会話を交わすことは日に日になくなっていった。
そうしてある日の朝食、リデルは
「ニック。お前の気持ちも考えずにジャンと付き合うだなんて言い出して、本当にすまなかった。ビックリさせちゃったな。・・・ジャンとはもう会わないようにする。だからこれまで通りの家族に戻ってくれないか?」
と言い出した。リデルの言葉にアリスも食べていたスープを吹き出すほど驚いたが、ニックも同じように動揺していた。
「ジャンさんのこと、本気じゃなかったのかよ。」
「そう言うことじゃない。ジャンのことも大切に想っているが、俺にはお前達よりも大切なものはないんだ。ジャンもそれは分かってるはずだ。」
「・・・俺が言いたいのはそう言うことじゃないんだよ!!!父さんなんて、父さんなんて・・・大嫌いだ!」
「ニック!」
ニックはそのまま家を飛び出して行ってしまった。
「お父さん・・・。」
「驚かせて悪かったな。今日は布に文字を書くんだったな?2人でできそうか?」
「うん。」
リデルの表情は悲しそうだったが、アリスやロニーの前では笑顔で居続けていた。
(お兄ちゃんもお父さんのことが大好きなのに。こんなのよくない、なんとかしなくちゃ。)
アリスはその日のぼり作りの作業を止め、商業ギルドの入り口で待つことにした。ニックの手伝いが終わるまで待っているつもりだったアリスだが、以前アリスたちがジャンに会いにきていたことを知っていた受付がジャンに連絡を入れ、思いの外早くにニックとジャンのいる部屋に通されることになった。
「アリス、何の用だよ。仕事の邪魔すんなよ。ジャンさんは忙しいんだぞ。」
「ごめんなさい・・・。」
「いえいえ、私は大丈夫ですよ。ニックくんが手伝ってくれるおかげで仕事もあらかた片付いているしね。さ、2人とも、紅茶を淹れてあげようか。そこに座って。」
2人はジャンに促されるまま、渋々ソファに並んで腰を下ろした。部屋にはジャンが淹れてくれる紅茶の音だけがこだまする。
「・・・さぁどうぞ。熱いから気を付けてね。」
「ありがとう。」
2人の破局を止めたいという一心で、その勢いのまま商業ギルドまで来たアリスだったが、何から切り出したらいいか分からず、ただただティーカップを眺めていた。
沈黙を破ったのはジャンだった。
「私とリデルのことで、みんなに迷惑がかかっているようで、すまないね。」
「迷惑だなんて!私は、パパになってくれて、うれしいよ!ロニーも喜んでて、早くまた会いたいって言ってるもの!」
「・・・俺は、ジャンさんのおかげで文字も前よりずっと読めるようになったし、計算もできるようになって、やっと俺の力で父さんの役に立てるって思い始めていました。なんでもできるジャンさんのこと尊敬してます。
でも・・・ジャンさんは父さんに近づきたくて俺を利用したんですか?」
ジャンはティーカップをテーブルに置くと、真っ直ぐにニックを見つめた。
「それは違うよ、ニックくん。確かに始めはやましい気持ちもあったのかもしれない。でもね、今ではリデルのことは関係なく、一生懸命に教えたことを身につけようと努力する君のために、私が教えられることは全て教えてあげたいと思っている。神に誓ってこの心に嘘はないよ。」
「本当に、父さんのこと愛してますか?」
「・・・うん。神に誓って、リデル以上に愛せる人はいないと思っている。」
ニックはその言葉を聞くなり、黙り込んでしまった。
「お兄ちゃんはどうして2人のこと、反対なの?男同士だから?」
「いや、最初はそれも変だと思ったけど、ロニーに言われたんだ。人好きになるのに、年齢も性別も関係ないんだって。好きになるのは自由なんだって。」
(それ、私がロニーに言ったことだ・・・)
「だから俺も父さんが幸せなら、ジャンさんは素敵な人だし、それでもいいのかなって思ったんだ。でも気持ちを落ち着かせたくて、もちろん父さんとジャンさんの名前は言わなかったけど、教会で神父様に相談したんだ。そしたらそれはおかしいことだって言われて。男の人は女の人を好きになるものなんだって。
父さん騙されやすいから、ジャンさんがそう言うことする人じゃないのは分かってるけど、何か裏があるんじゃないかって・・・。
父さんやアリス達がジャンさんのこと話す度に、ジャンさんから色々ギルドで教わる度に、こんなに素敵なジャンさんが父さんなんて好きになるのおかしいなって、俺思うようになって・・・。」
ニックの言葉にジャンはふふっと笑った。
「ニックくんが私のことを褒めてくれるのは嬉しいけどね、それは過大評価だよ。私よりもリデルの方がずっとずっと素敵な人なんだ。リデルが嫌がるからあまり多くは話せないけど、一緒に冒険をしていた時のリデルはね、初めて行った村でもすぐに村の人たちと打ち解けて、みんなが困っていることをなんとかしようとするんだ。
確かにニックくんが言う通り、何度も騙されて痛い目に遭ったこともあるんだけど、それでもリデルは人を信じることをやめなかった。私からしたら、リデル以上に素敵な人は、世界中旅しても見つからないんだよ。私もそのリデルの優しさに何度も救われた。だから私がリデルに何かしたいと思うのは恩返しの気持ちが強い。例えこの想いが叶わなかったとしても、私はリデルのために何かできることがあるのであれば、なんだってやりたいんだ。リデルを騙すことなんて、決してしないよ。」
ジャンの言葉にニックは安心したようで、目つきが随分と柔らかくなった。いつものニックだ。
「ただね、ニックくんが言うように、リデルと私の関係が公に認められることは難しいと思う。アリスちゃんからも一緒に暮らそうと言ってもらったけど、私たちのことがバレたらみんなにも迷惑がかかる。店も潰さなければならないかもしれない。・・・だからリデルとは今まで通りの距離を保つつもりだよ。」
「パパ・・・。私がパパって呼ぶのも、本当はダメだった・・・?」
「いや、アリスちゃんがそう呼んでくれるのはうれしいから、気にしないで大丈夫だよ。ギルドのみんなには隠し子だって笑われたけどね。」
ジャンの冗談で張り詰めていた空気が一変する。
「ニックくん。君のお母さんはアリア、世界でただ1人だけだ。私はアリアと対抗するつもりもないし、アリアのことは同じパーティだった者として、私も大切に想っている。私はただニックくんがお父さんのために何かしようと思うのと同じように、私ができることをしたいだけなんだ。無理に家族として受け入れようとしなくて構わない。
私もリデルとのことがどうなろうと、これからも変わらずに君を厳しく指導するつもりだからね!」
ジャンが笑うと、ニックは真っ直ぐにジャンを見て言った。
「父さんのこと、よろしくお願いします。」




