第9話 パパは色気で溢れてる
「アリス、起きなさい。朝だぞ。」
「ん・・・お父さん・・・ハッ!!!」
リデルに起こされるともう日が登っておりすっかり明るくなっていた。
(あああああ。久しぶりのフカフカのベッドで眠ってしまったんだわ・・・私としたことが・・・腐女子一生の不覚・・・。)
「何朝からガックリしてるんだ?怖い夢でも見たか?ほら、顔を洗っておいで。」
朝から項垂れるアリスをリデルが急かすように水瓶へ連れて行き、身支度が終わり食卓へ向かうと、ジャンの作ってくれた目玉焼きとパンとスープがすでにテーブルに並んでいた。
「アリスちゃん、おはよう。」
「ジャンさん、じゃなかった、パパ!おはよう!!」
ジャンはくすぐったいように微笑み、アリスの頭を撫でた。
(・・・う〜ん、2人の感じだとお父さんが受けだよね〜?それにしては腰も痛めてなさそうだし、お父さん恥ずかしがりそうだからな。この様子を見ると昨日は何もなかったのかな〜。)
「アリス、ちゃんと見ながら食べなさい。こぼしてるぞ!」
「は〜い。」
2人を観察しているとリデルからは注意され、ジャンは人差し指を口に当てふふっと意味深に笑い、
「伊達に何年も待ってませんよ。」
と言った。
アリスは考えが見透かされたようで、急に恥ずかしくなりすぐにスープに視線を移し、黙々と食べた。
(ジャンはやっぱりなんだか・・・E・RO・I!!!!!)
朝食を終えるとリデルとアリスは作ったのぼりを手に自宅へ、ジャンは商人ギルドへと出かけた。
「はぁ〜パパとも一緒に暮らしたいな〜。」
「アリスはすっかりジャンのことが気に入ったんだな。」
「もちろん!お父さんのことをあんなに大好きでいてくれる人だもの。それに私のことを子供扱いせずに話を聞いてくれて、とっても良い人だわ!」
「そっか。アリス、ありがとう。」
あまりにもリデルが嬉しそうに笑うものだから、アリスも何だかくすぐったい気持ちになりながら、中心街に働きに来る人たちにぶつからないよう、リデルの手をぎゅっと握りしめた。
♢
家に戻るとすでにニックは商人ギルドに出かけたと言うことで、ロニーが出迎えてくれた。
「お父さん、お姉ちゃん、お帰りなさい!」
「ロニー、急にお泊まりになっちゃってごめんね。大丈夫だった?」
「うん、お兄ちゃんがご飯作ってくれたし、寝るまでお話ししてくれたの!」
アリスの最近の記憶ではニックはツンケンしている印象だったが、振り返ってみれば母が亡くなってしばらくもアリスがロニーと同じくらいの歳の頃も、ニックは同じように世話をしてくれていたのだ。
ニックの態度がピリついていたのは店を大きくなり、アリス同様に家が貧乏であること、店の経営がうまくいっていないのではないかと気付いたためだった。そのために教会で文字を習い始めたものの、何も改善策が思いつかず、遊ぼうと絡んでくる妹弟に当たってしまっていたのだった。
ジャンの下で商人ギルドの仕事を学んでからは、熱心に取り組んでいるようで、家でも楽しそうにギルドの話をするようになった。
「お姉ちゃん、今日は何するの?」
「あ、そうよね、ロニー見て!パパの家でのぼりを作ってきたの!これに今日は文字を書いて、完成させなきゃ!」
「パパ?」
「パパはジャンさんのこと!こないだの商人ギルドで紅茶を飲ませてくれた綺麗な人を覚えているでしょ?ジャンさんとお父さんはね、お互いに長い間思い合いながらも、たくさんの壁に阻まれ、すれ違ってきた・・・それが昨日やっと結ばれたのよ!!!!!!」
「・・・ゴホンッ!アリス、お父さんは店の支度があるから、ロニーと外で遊んできなさい。」
ロニーに熱弁するアリスは、リデルに店の外へとつまみ出されてしまった。
「もう、お父さんったら恥ずかしがり屋なんだから。まぁいいわ、ロニーじゃあ森の方に行って染料と木の枝を探しに行きましょう。」
「うん!」
アリスはロニーの手を取り、危険だと言われている森の奥には近づかないよう、手前で木の実などを採取した。その間も、アリスの妄想は止まらず、ジャンから聞いてもいないこともさも聞いたかのようにロニーに熱弁した。
「ジャンさんはきっと最初はお父さんのことが好きじゃなかったのよ。だってタイプが全然違うもの。でも一緒に冒険を続けているうちに、ジャンさんは気がついた。あぁ、俺はリデルのことが好きなんだって。でもお父さんにはお母さんという想い合っている人がいた。ジャンさんはお父さんの幸せを1番に考え、想いを口にすることなく、そっと身を引いたのよ。そして長い長い旅に出た・・・。
でもお母さんが亡くなって、哀しみにくれるお父さんのことをジャンさんは放っておけなかった!そしてそんなジャンさんの想いにお父さんもいつしか惹かれていき、2人はやっと結ばれることができた・・・。」
「おぉー!」
ロニーはアリスの話をキラキラした瞳で聞き入り、両手を何度も叩いた。
「じゃあ、お父さんもジャンさんもうれしいね!」
「そう!そうなの。聞いて、ロニー。これがジャン✖️リデなのよ!」
「ジャン、リデ?」
「同性同士の恋人をね、どちらがリードをするか示す表現なのよ。ジャン✖️リデって言ったら、ジャンさんがリード、いわゆる男性の役をして、お父さんがリードされる側、女性側の立場になるってこと。」
ロニーはアリスが言っていることは8割以上理解することはできなかったが、それでも今まで見たことがないほどに嬉しそうなアリスを見て、ただ一緒に喜んでいた。アリスもロニーがうんうんと楽しそうに聞き入ってくれるため、誰も止める人がいないアリスはひたすらに<BLの世界>を熱弁したのだった。
「分かった?だから私が思うに、お父さんはわんこ系で、ジャンさんは腹黒系にカテゴライズされると思うのよ!」
グウゥゥゥゥ
気がついたら日はもう傾き始め、森もオレンジ色の光に包まれ始めていた。
「・・・そろそろ帰ろっか。」
アリスとロニーは集めた木の実と支柱に使えそうな枝を持って、家路を急いだ。この世界では平民の食事は一般的に朝と晩だけ。昼間は特に食べないことが多いので、夕飯の時間は食べ盛りの子供たちにとって待ち遠しい時間なのだ。
「今日のごはんはなにかな〜。」
「多分スープとお芋じゃないかな〜。あ、パパからもらったパンがあったから、あれ食べれるかも私は昨日も食べたから、パンの柔らかいとこ、ロニーに分けてあげるね。」
「ホントー?お姉ちゃんだぁいすき!」
「私もロニーがだぁい好き!」
オレンジ色の光が反射してロニーとアリスの髪は一層キラキラと輝き、街行く人も仲睦まじい姉弟を優しく見守っていた。




