自由を知るのは今
「逃げるなら今?」「囲われた今」の続編
「ハァ…お兄様、またですか?」
「ああ、あっちだ」
お兄様が見つめる方向に視線を向けると、言い争っている声が微かに聞こえた。
お兄様には、《直感》のスキルがある。
これは、お父様からの遺伝らしい。
お父様がこのスキルのせいで、いろいろな問題に首を突っ込んで、お母様が守っていたのを聞いている。
私達の両親は、沢山の国から狙われている有名な冒険者の【救いの魔女】と【魔女の守護者】だ。
お父様に救われた人達に、お母様が対価を要求し、その対価は魔法契約で公開出来なくしていたそうだ。
ダンジョンで助けた冒険者には、採掘や採取を手伝わせたり、魔物の襲撃から救った商人には、流通させたかった魔導具や家具なんかの独占販売契約を結ばせたり、ドラゴンから救った村には、新たな畑を作って野菜を作らせたりしていたらしい。
そうやって、命を救っているのに、金銭は一切貰っていなかった。
助けられたことは人々の話から噂になるのに、対価が何だったのかは魔法契約で一切漏れず。
更に、お父様の《直感》に引っかからなければ救わないし、しつこければ希少スキルの《転移》で目の前から逃亡。
噂が噂を呼び、今では物語として語られている。
お母様は、お父様にいつも「お人好し」と言うけれど、本当はお母様の方が「お人好し」だと思う。
私は知っている。
〈命を救う〉のはお父様だけど、
〈命を救われた後〉を救ってるのは、お母様だ。
ダンジョンで救った冒険者達には、採取や採掘のついでに道中の魔物を倒させて、沢山のアドバイスをしていた。
短期間スパルタで指導され、自分たちの成果をそっくりそのまま渡された冒険者達はその後、しっかりした装備を整え、ランクを着実に上げ、評判の良い優秀な冒険者として各地で名を馳せている。
魔物に商品を壊された商人には、新たな商品を格安で渡して損害を補填させていた。
その後、商品のアドバイスを貰い新たな魔導具を作って有名になった人、お母様の商品の独占販売契約を結んだり、レシピを買い上げたりして大商会へと発展させた人も少なくない。
ドラゴンに襲われた村は、国から見捨てられ廃村になるところを、お母様が家から防壁まで造り復興したそうだ。
更に、新しい作物の種と畑、新しい作物の料理レシピを与えて、今では行商人や旅人が立ち寄る大きな村となっている。
沢山の救われた人々が、今も笑っているから、両親の噂は消えることがない。
お母様は、お父様を【本当の英雄】と言う。
でも、確かに人々にとって、
お母様は【救いの魔女】なのだ。
そんなすごい両親は、出会いもすごい。
お父様は、お母様にダンジョンで死にかけを救われて育てられた。
それも、当時13歳くらいのお父様が、4歳くらいのお母様に。
「一目惚れだったの」
と、お母様は笑ってたけど。
ちょっと、今でも意味がわからない。
何故、幼いお母様はダンジョンに一人でいたの。
私たち兄妹は、冒険者活動するまで、そんな両親の凄さをイマイチ理解しないまま、両親から教育を受けていた。
各大陸の言語、魔法、魔導具の作成、魔法薬の作成、各種武器の取り扱い、鍛冶、裁縫、料理、ダンジョンの攻略。
庭で野菜を育てたり、露店を開いて売り子をしたり、商人との商談なんかも経験した。
それがどれだけ凄い教育なのか、全く知らなかったのだ。
両親からの教育が特別だったと知ったのは、兄妹で各地を冒険者として2人だけで移動するようになってからだった。
武器や防具、魔法薬や魔導具は、自作のアイテムを使うよう言われていたが、実際に売られているアイテムを各地で見て吃驚した。
うん、いくらなんでもこの程度のアイテムは買わない。
スキルや魔法の取得数も、自分達が多いことを知った。
10個以上持ってる人はあまりいない。
魔法なんて、ほとんど魔導書やスキルオーブからの取得らしい。
平民は、生活魔法を覚えていればいい方だ。
魔力操作から、各属性魔法をスキル発現まで覚えさせられた私達はなんなのだろう。
そして、一番は、料理だ。
どこの大陸もイマイチ美味しくない。
我が家のご飯とお菓子は、最高だったことを知った。
希少スキルの《転移》は、スキルオーブをサラッと使われて取得して、沢山の国に連れまわされた。
確かに、このスキルは隠した方がいいとは言われた。
言われたけども、お兄様と2人で冒険者活動をするようになって、《転移》のスキルオーブの買取価格を知って吃驚した。
慌てて帰宅して、両親に問い詰めたくらいだ。
「赤竜の迷宮ってダンジョンの最終階層にある隠し部屋で、《転移》のスキルオーブ入手出来るわよ?なに?いる?」
お母様はきょとんとした顔で、的外れな回答をする。
知ってた、この天然美魔女め!
「懐かしいとこだね。明日は久々に赤竜倒しに行こうか」
なんでそうなる!いや、お父様はお母様と一緒ならなんだっていいんですよね!知ってた!この天然脳筋野郎!
お母様が言ったダンジョンは、北大陸最難関のダンジョンなんですけど!攻略済みなんですね!お二人は!ぐぬぬ
「おい!まずいぞ!魔力暴走だ!」
ああ、現実逃避も終わり。
今回も厄介なニオイがプンプンだ。
「お兄様、近づいて意識を失わせてください」
移動速度を上げながら、私は回復薬の準備をした。
森の一部が抉れて、木が広範囲薙ぎ倒されている。
甲冑を着ている人間が、あちこちに吹き飛ばされて死んでいる。
魔力暴走を起こした人間は、断末魔の様な絶叫をあげ続けている。
結界魔法を使い近づいたお兄様が、睡眠針で対象を眠らせた。
私は、急いで回復薬をかける。
しかし、彼の傷は治らなかった。
「まずい。こいつ呪われてる」
ボロボロの彼をよく見れば、呪いの侵食模様が既に首まで達していた。
「お母様のところへ連れて行きましょう。お兄様の救う対象は彼なのでしょう?」
「ああ、彼だ。他の奴らは違う」
彼を連れて、迷いの森の家まで《転移》した。
何か感じたのか、お母様が庭で待機してくれていた。
「シラン、アイリス、おかえり」
「ただいま、母上。彼を頼む。呪われてるんだ」
「任せなさい!私に解けない呪いはないのよ〜」
笑顔で軽く言うお母様。
お父様が言ってたけど、お母様は包容力がすごい。
何故かわからないが、安心する。
お母様が言うなら、大丈夫だ。
そう。お母様は、実は【聖女】だ。二つ名が、【魔女】なのに。
でも、まあ、多才過ぎて【魔女】の方がしっくりくる。
神聖魔法なんて、なかなか見る機会はない。
空気が変わる。
神に祈り、詠う、お母様は美しい。
呪いが浮かび上がり、浄化され、キラキラと宙に消えて行く。
ボロボロの彼の傷が、みるみる癒えて行く。
「もう大丈夫よ。しばらく起きないから部屋に連れて行ってあげて」
お母様に言われて、私達は彼を客室に運んだ。
彼は、半月程眠り続けた。
やっと起きたばかりの彼にも、お母様は容赦なかった。
「初めまして、甥っ子くん」
「「「は?」」」
「ふふっ。今から説明するわ」
彼は、スラリタ王国の第八王子だった。
スラリタ王国は、王侯貴族の悪政と重税が酷い国で、近年はマトモな貴族が国を見放し捨てたことで、悪化の一途を辿っていた。
近隣諸国にも、悪事の手が伸びていたようだ。
一月程前に、とうとう近隣諸国が挙兵し、滅亡した。
彼の母は数年前に側妃同士の争いで亡くなっていて、後ろ盾のない彼は後宮で一人、放置されていたそうだ。
戦争の直前に近隣諸国の動きに気づいた貴族が、国が滅びた後、再起を図る際に利用するつもりで、王族で価値の低い彼を誘拐し隠れた。
しかし、近隣諸国は本気でスラリタ王国の王侯貴族を根絶やしにする気だった。
しつこく追っ手が差し向けられた貴族は、バラバラに逃げ出し、焦れた近隣諸国は、用意した呪術師による呪殺を命じた。
「あそこの貴族、近隣諸国からどれだけ嫌わてるのかしら。まだ死亡が確認されてない者はいるみたいだけど、アミュレットにも限界があるからそのうち皆死ぬでしょうね〜」
解呪の際に、彼がスラリタ王国の王子だと気がついたお母様は、ここ数日はスラリタ王国に行っていたらしい。
そして、彼の記録を書き換えてきたそうだ。
「貴方の場合は、一度呪いにかかった後に私が浄化したから、呪術師に気づかれてないの。死亡の確認待ちだったのよ。アミュレットで呪いを弾いてたら、呪術師に気づかれて、まだ呪殺リストにいたでしょうね」
いや、うん、呪殺リストって不穏過ぎません?
「それでね、そういえば私もスラリタ王国の王族の出身だったなって思い出したのよ〜」
「「「は?」」」
「2歳の時に出奔しちゃったんだけどね〜」
「「「えぇ?」」」
お母様は、スラリタ王国の先王の娘だったらしい。
初耳なんですけど。
「当時は噂話しかわからなかったんだけど、マズイ立場ぽかったし、気づいた時から幽閉されてるし、新しい世話係に虐待されそうだったから、その日の内に出奔しちゃったのよ〜」
出奔?2歳で?ええー?
私達は、唖然とお母様を見つめていた。
「まあ、今回ついでに調べてきたら、噂よりも酷かったんだけどね〜。私の母には、相思相愛の婚約者がいたんだけど、その婚約者が優秀過ぎたみたいで、先王の邪魔になったのね。だから、母を無理矢理奪った。婚約者は、先王に母のことを返すように訴えてたようだけど、母は心を病んで、私を産んですぐに亡くなってしまった。婚約者は怒り、複数の貴族を集めて謀反をおこした。でも、裏切り者がいて殺されてしまった。嫌がらせの副産物の私は、私の母の家族も謀反に加わってたこともあり、扱いに困って幽閉してたんでしょうね。私が出奔して暫くしてから、存在抹消してたわ。先王の誤算は、謀反で処刑したマトモな貴族がいなくなったことで、他のマトモな貴族も民も国を捨てて、息子の代で国が滅亡したことでしょうね〜。ざまあみろ〜アハハ!」
重い!話が重いよ!お母様ぶっこみ過ぎ!
目覚めたばかりの王子が可哀想!
「貴方の父親で、会ったこともない私の異母兄は、私が調べに行った時には既に粛清されていたわ。残念ながら、先王にそっくりだったみたいね。という訳で、改めまして、貴方の叔母のリリーです」
お母様、すごい爽やかな笑顔だけど、反応に困ります。
ほら、王子の口元引き攣っちゃってる!
「は、はじめまして、叔母さま。…それで、僕はこれからどうなるのでしょう?」
「そうね、貴方も私みたいに自由に生きていいのよ。もう追っ手もないわ」
「自由…」
「貴方はね、私の子供達が連れてきたの。息子のシランはね、夫から《直感》のスキルを受け継いでるの。《直感》スキルは、獣の本能に近いとか言われてるけれど、実際は、簡易な神の導き。この子達は、貴方を助ける為に導かれた。そして、呪いと魔力暴走で死にかけだった貴方は、私の神聖魔法で癒された。神聖魔法はね、罪人は救えないの。神は、貴方が生きることを赦しているわ。あの国の罪は、あの国の罪を犯した人が背負うのよ。貴方は、自由に生きることが出来る。これから、なんにでもなれるわ。さあ、貴方はこれからなにがしたい?」
彼は、お母様の言葉を聞きながら、静かに涙を流していた。お母様を見つめ、ぽろぽろと。
少しして、強く目を瞑った彼は、強い意志をもってお母様を見返した。
お母様と同じ碧の瞳は、とても美しかった。
「僕も自由に生きたいです。もっと本が読みたい。自分の目でお城の外を見てみたい。友達も欲しい…それから…それから…」
何がしたいか伝えようとする彼は、だんだん声が小さくなって、まるで迷子の子供のようだった。
お城からほとんど出たこともないのだ、やりたいことがわからないのだろう。
「うんうん、まずは何が出来るか探しましょう。ちなみに、これから5年間はここで勉強だから〜」
「え?!」
「だってねえ、ここ、スラリタ王国と違う大陸だから言語が違うのよ〜。4大陸の言語取得がまず目標ね!後は、このリストから選んでね!他に取得したい技能スキル決まったら言ってね〜。体験も可能よ〜」
あーあの教育するのね。
ふと、お兄様の方に目を向けたらパチリと目が合ってしまった。
私達の思考が、珍しく一致した。
((出来るだけフォローしてあげよう))
「それじゃあ、難しい話は終わり!さあ、ただのクラウス、貴方を私達家族の一員として歓迎するわ!」
「え?家族?」
「そうよ!元々親戚だし大丈夫でしょ!良かったわね〜。もう一人、お兄ちゃんが増えるわよー」
ん?お腹を撫でてる?
「半年後に弟が生まれるから、シランとアイリスもよろしくね〜」
「「はあああ!?聞いてない!聞いてない!」」
「ん?だから今言ったじゃない?」
ううぅ、そうじゃないの、お母様。
なんでこのタイミングで私達にもぶっこんでくるの!!!
アレから13年、私はクラウスと結婚し、ここ数年は2人で各大陸を周っていた。
明日からは、お母様の創った独立都市の【学園都市】に勤務する。
「やっぱり、リリー母上とシル父上と一緒にいる以上に面白いことはこの世界にはない」
とは、13年振り回されてきたクラウス談である。
美丈夫で、頭が良くて、強くて、趣味も合って、あの家族と仲が良い。
なんて理想的な夫!!!
正直、結婚は諦め気味な時があった。
今でこそ、クラウスを愛してるが、最初は家族という認識で恋愛対象から外れていた。
18歳の時に、恋が出来ないことに悩み、クラウスに相談したのがきっかけだ。
美形は家族で見慣れてるし、お金は自分で稼げるし、知識量が違い過ぎて家族以外では会話が面白くないし、大抵の男性より自分の方が強いし、あまり外食はしたいと思わないから食の好みが合う人もいると思えないし、有名な家族を紹介出来るほど他人と信頼関係が築けると思えなかった。
好きになるきっかけがなさ過ぎる。
「なるほど。僕は既に家族枠だったんだね。アイリス、僕はアイリスを一人の女の子として好きだよ。言ってた条件、僕なら当てはまらない?」
目から鱗だった。
「確かに!クラウスお兄様なら完璧だ!」
「良かった。アイリスに釣り合う男になれるよう頑張ったからね。シル父上とシラン兄さんにはまだまだ追いつけてないけどね」
「あの天然脳筋どもを基準にしちゃいけないと思う」
きっとこの時の私は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。
お母様に初めての恋愛相談としてこの会話を伝えたら、【学園都市】が創られた。
「いや〜子孫の伴侶は考えてなかったわ〜。確かに大人になってからじゃ、教育の差で恋愛対象外になるわよね〜。ちょうど所属しろってしつこくてうるさい国がいくつかあったし、独立は考えてたのよね。あとは規模が、国か都市かって。でも、子孫の伴侶候補を育てて、出会いを作るなら学園でしょう!」
あっという間に土地を買って、お母様の技術が惜しみなく使われた、セキュリティ万全の美しい都市が出来た。
今までは迷いの森の家に皆で住んでいたけど、大きな建物の中に、各家庭ごとの部屋?家?が用意された。
「ここならまだまだ家族が増えても問題ないわ!曾孫まで一緒に暮らせるわよ!」
ううぅん、やっぱりお母様のやることは、規模が違い過ぎる!
お母様ほど【自由】が似合う人を、私は知らない。
■登場人物 (今作での年齢)
■シル (38歳)
冒険者で二つ名は【魔女の守護者】。13歳で死にかけをリリーに救われてからずっと一緒。リリーさん一筋。外出は絶対一緒。リリーの隣は死守。いつか視線で人が殺せそう。見るな、減る!って顔に書いてある。家族以外には無表情の銀髪紅眼の美丈夫。
■リリー (29歳)
異世界転生者。冒険者で二つ名は【救いの魔女】。4歳からシルさん一筋。胃袋掴むどころじゃない。チートは家族の為にしか使わない。色気が隠せない金髪碧眼の美魔女。この世界でレベルが100超えてビックリ。200超えてからは、カンストは諦めモード。魔力多過ぎて寿命が伸びてることも、見た目の成長が止まってることも気づいてない。大丈夫、シルさんも道連れさ!
■シラン (13歳)
リリーさんちの長男。天然脳筋。家族大好き。優秀な前衛タイプ。男なら大剣!銀髪紅眼の爽やか美少年。シルさん以上に《直感》スキルがお仕事します。お嫁さんもスキルがきっと出会わせてくれる!
■アイリス(11歳)
リリーさんちの長女。ツッコミ属性。家族大好き!お家大好き!優秀な後衛タイプ。まだ幼さが抜けない銀髪紫眼の美少女。鈍感乙女。クラウスの溺愛がデフォルト。実兄より甘々なお兄様大好き。家族からヌルい目で見られてるよ!気づいて!
■クラウス(12歳)
産まれた場所が悪かった。でも、リリーさんちに来れたからラッキー!栄養失調で小さめの黒髪碧眼の美少年。ちょこまか世話してくれるアイリスに惚れて囲い始める。リリーには「血筋かしら?」と黙認されてる。父兄の指導がちょっとスパルタ気味で大変。