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真実の愛が相思相愛だなんて誰が言い出したんでしょうね

作者: 月猫 美月

「エミリア・シュルツ!貴様との婚約を破棄する!」


卒業パーティの会場に入った途端に聞こえた言葉にそちらを見ると、私の婚約者のマルティン様がいた。

彼はこの国の第3王子だ。

彼の左腕にはマリー・クレーマー伯爵令嬢がしがみつくように抱きついている。

普通、貴族令嬢はあんな姿を人前で晒すのを由としない。

無作法とされているからだ。

それに何者かに不意に襲われた時に素早く動けない。

第3王子といえども王族なのだから誰かに狙われる事だって無いとは言えない。


「理由をお伺いしても?」


面倒臭いなと思いながら一応は聞いてみることにした。


「とぼけるな!貴様はマリーを虐めていたのだろう!」


「覚えがありませんわ」


「皆の前で暴言を吐いたと聞いたぞ!」


「暴言ではありませんわ。婚約者のいる殿方に無闇に抱きついたり、手を握ったりしてははしたないですと注意しただけですわ。平民の方がしても無作法とされている事を伯爵令嬢がなさるのはいかがなものですの?現に今も人前でそのような無作法をなさっているではありませんか?」


「酷い!私が平民の母からの生まれだからと、そのような暴言を言うなんて!」


クレーマー伯爵令嬢は目に涙をためて、潤まさせている。


嘘泣きがお上手ですわね。


「私の話を聞いていましたか?平民でも無作法な行動と言ったではありませんか。幼子なら納得もできますけど」


「私が許している!」


「つまり、婚約者がいるのに堂々と婚約者を蔑ろにしている不誠実な男だと公言なさりたいのですね。悪趣味ですね」


私は扇で口元を隠して嘲笑う。


「何を言っている。お前を婚約者だと思ったことは無い」


「ですが世間はそう思いませんわよ」


マルティン様は周りを見て皆の冷ややかな目に気がつく。


「うるさい!お前が彼女を虐めるからこうして護っているのだ!」


「注意しただけで虐めていませんわ」


「暴言だけではない!私物を壊したり水をかけたり階段から突き落としたり」


「証拠はございますの?」


「マリーがそう言っている」


「王族ともあろう方が、まさか証言だけで言っているわけではありませんよね?証拠をお出しください」


「そんなものマリーの証言だけで十分だ!」


「では貴方は例えば王様から覚えのない罪に問われても、王様が信頼している部下から確かに見たと証言されれば甘んじて罪を認めると言うことですね?」


「問題をすり替えるな!」


「すり替えておりません。貴方が言っているのは、そういう事だと申し上げているのですよ。

それに私は爵位を継ぐための勉強や領地経営の勉強に忙しくて、貴方の言うような事をする無駄な時間はありませんわ。

まあ、別に婚約解消は問題ありませんわ。思い込みの激しい方と結婚なんて政略的に利があったとしても、それを越える不利益の種になるだけですわ」


「不利益だと!」


「貴方と結婚をして何か得をする事がございます? 婚約者がいても公然と浮気をなさり、思い込みが激しく自分の納得したい答えにしか興味を示さない。不誠実を責められれば怒鳴って何とかしようとする。体の大きな癇癪持ちの子供にしか見えない方に何の得があるのか、ここにいる皆様全員に理解出来るように説明頂けますか?」


「俺のような素晴らしい王族と結婚出来る上に、ゆくゆくは王妃になれるのだぞ」


素晴らしいって根拠は何だ?

容姿以外に誇れるものは何一つないのに!

なんという残念な思考の持ち主だろう。


それにしても王妃とは?

自分が王になると思っているってこと?


「は? 上に優秀な兄君がお2人もいらっしゃるというのにですか?」


「正妃の息子が王位を継ぐのが普通だろう!」


「国を治めるには血筋だけでは不足ですわ。王族でありながら学園の成績は下から数えた方が早いではありませんか。思慮もない公平性もない王に尽くす貴族や国民がいると思いますの? それに貴方は貴方を産んで直ぐに亡くなられた側妃様の子供ではありませんか。まさか、ご存知ないのですか? そこまで愚かではありませんよね?」


「何を言っている! 側妃の子供だと!」


「この場にいる、ほとんどの人がご存知ですのに? 」


マルティン様は辺りを見回した。

皆一様に信じられないという顔である。

そこまで馬鹿なのかと……。


因みに第1王子は別の側妃様のお子様で第2王子は王妃様のお子様で偶然にもマルティン様と同じ日にお生まれになったことで双子だったとか勘違いしているのかもしれないわね。


同じ歳なのに第2王子が何故この学園にいないのか。

それはマルティン様の側だと尻拭いが大変で学園生活を楽しむ所では無いだろうという親心で隣国に留学しているのだ。


逆だと他国に迷惑がかかるからね。


さっきの正妃の子供の(くだり)で第2王子のことを忘れているかのような発言からして第2王子がいないことを何かやらかして失脚したとか考えてそうよね。

まさか、自分を正妃の子供だと思っていたように、自分が第2王子だと思っていたなんてことは無いわよね。

ハハハハァー、まさかね……。


「私、婚約を王家の方にゴリ押しされて渋々承諾しましたのよ。貴方に対して愛情も親愛も持っていないし、ましてや不良物件を押し付けられましたのよ。逆に貰ってくださるなら、どうぞって気持ちしかないのに虐めるわけがありませんわね。今日、絶対何かしでかすと思っていたから家を通さずに私たちだけで婚約を破棄できるように保険をもらっておりますの」


私はそばにいるメイドに合図して紙を受けとる。

そこにはマルティン様が一方的に難癖をつけてきたら婚約を白紙に戻して良いという内容が書かれてある。王様と王妃様の署名と王印も押されてある。


「さあ、どうぞ署名してください。私の署名はとっくに終わってますから」


紙とペンを渡すと満面の笑みで署名した。

自分の状況をちゃんと把握……していないでしょうね。


書類を受け取ったメイドは私の少し後ろに待機した。


「マリー様、私とマルティン様との婚約の経緯はご存知ですか?」


「?」


「私と真実の愛で結ばれているから、どうしても婚約したいと言ったのですよ。あまりにも癇癪をおこすので王様と王妃様が折れて我が家に打診があったのですよ」


「何だ!それは?」

「はぁ!!!」


あれは10歳の時でしたわ。

癇癪を起こして手当たり次第に物を投げたり壊したり。

貴重な美術品もかなり傷つけたり、壊したりしたそうですわ。

私とお父様に泣きつくように婚約を懇願した王様と王妃様の顔は今でも忘れられません。


思えば、まだ子供だからと言い聞かせず(まあ、聞く耳を持ってなかったのでしょうけど)罰も与えなかったことが今に繋がっているのでしょうね。


あれ以来、マルティン様の周りには壊されても良いように高価なものを置かなくなっているのをご存知かしら?

家具も食器も美術品も衣類や装飾品も王族の品位を下げない最低ラインのものしかないことを……。


困ったことに物に当り散らす癖は未だに直っていないので苦肉の策だ。


それでも平民から見れば高額で贅沢品であるのだが。


「貴女との事も真実の愛だ! なんて仰ったのではなくて?」


「……」


私は二人の意識を更にこちらに向けさせた。


その間に書類を持ったメイドが静かに会場から姿を消す。


実は今日の婚約破棄の企みは王家が密かにつけている影の報告で筒抜けだった。


本来なら伯爵家の婿養子なので護衛と侍従程度で良かったのだがマルティン様は余りにも素行が悪かった。

なので王家の品位を落とさないか念の為につけられていたのだ。


私は王城に呼ばれ、王様と王妃様からどうしたいかと聞かれた。

私は婚約破棄を選択した。

もちろんマルティン様の有責による破棄だ。

そもそも呼ばれるまでもなく、こちらから謁見を申し出て破棄をお願いする心つもりだった。

それでも最後のチャンスをあげて欲しいと言われたので、思いとどまることも無く実行した場合は、皆の前で婚約破棄をすると、あの書類をお願いしたのだ。


署名の後に万が一にもマルティン様の気が変わって取り返されては困るので王様に頼んで馬車乗場に王家の使者に待機して頂いた。


「あと、マルティン様と御結婚なさっても王子妃どころか貴族夫人にもなれませんよ」


「「え?」」


「そもそもマルティン様は素行が悪すぎたので結婚しても爵位は私が継ぐことになっていました」


おそらく、さっき言った私が爵位を継ぐための勉強をしていると言ったことを聞いていないようだったので念を押すように再度言った。


「はあ? お前が爵位を継ぐだと!」


予想通りの反応ね。


「ええ。ご存知の通り、この国では女性でも直系であれば継げますから」


私は扇で口元を隠し「ふふ」と笑った。


「マルティン様は卒業の次の日に王族から除籍されることに決まっていますから明日の朝には城を出なくてはなりません。

だから住むところもありませんわね」


「「!!!」」


「本来なら我が家で私の補佐をする為の花婿修行をしていただく予定でしたけど、それはもう無理です。


クレーマー伯爵家には立派な跡継ぎがいますから爵位どころか婿入りもできないでしょう?


その上、証拠も何も無いのに一方的に婚約者を断罪するという問題も起こしたのですから除籍時に貰えるはずの支度金も出ないでしょうから家を借りることもできませんでしょう?


路上で生活するか、仕事が見つかるまでクレーマー伯爵家に居候させてもらうしかありませんわね」


そもそも、彼女が縁を切られる可能性の方が高そうですけどね。


マルティン様は学校の成績も悪いし剣の腕もイマイチ。性格も難ありですから文官として働くことも騎士として働くことも難しいでしょうね。

下級の兵士から地道にってことはありえるかもしれませんが、地道になんて言葉はマルティン様の辞書にはありませんしね。

まあ、真実の愛があれば……乗り越えられるのでしょうか?

私にはありませんでしたけど。


そもそも真実の愛が相思相愛だなんて誰が言ったのかしら。

だって辞書で調べてみたら無条件に相手を信じて受け入れることって書いてありましたわ。

相思相愛な状態だなんて書いていませんでしたし、見方によっては奴隷と同じでしょう?


ああ、愛の奴隷という言葉がありましたね。

まあ、どうでもいいですわね。


「除籍されれば王族でも貴族でもありませんからマルティン様は平民ということになります。プライドだけは高いマルティン様が平民として働けるかどうかは知りませんが、頑張って貴女が支えてあげてくださいね」


まあ、クレーマー伯爵令嬢も容姿が良いだけで学園の成績はほぼ底辺だったはずでしたわよね。

侍女になるにしてもマナーや教養の無い人はなれないので、良くてメイド辺りかしら?

でも、家事ができるように見えませんし、刺繍等の手仕事ができるようにも見えません。

何か仕事に活かせる特技があれば良いですが私が心配することも無いですね。


何て考えていると


「……そんな、顔と身分しか良いところが無いのに、家無し金無しな人と添い遂げるなんて無理ですわ」


「な!」


「王位を継ぐ事が出来ないのは初めからわかっていたからどうでも良いけど、爵位を持たない? 何それ、信じられない! 」


あら! マルティン様が王位を継げないことは理解出来ていたんですね。

マルティン様よりは頭が良いですね。


「公爵は無理でも最低でも伯爵ぐらいは贈られると思っていたのに!」


「そうね。こんな馬鹿げた茶番をせずに誠意を持って我が家や王家に申し入れ円満に解消していれば何かしらの爵位は貰えたかもしれませんね。少なくとも支度金ぐらいは出たでしょうね」


まあ、それを慰謝料に充てろと言われる可能性はありますが……。


「なら、婚約破棄を撤回してマリーを愛妾にする!」


「「は?」」


私とクレーマー伯爵令嬢との声がハモる。


この方、底無しの馬鹿なのかしら?


「爵位を継がない婿養子が愛妾を持てるはずが無いでしょう!」


そう言ったのは私ではなくクレーマー伯爵令嬢だった。


彼女の頭の中はマルティン様ほどお花畑では無いようだ。


マルティン様は「何故だ?」と言いたげに首を傾げている。


「それに書類は今頃、王様に届いていますわ」


そこで書類を渡した侍女がいないことに漸く気がついたようだ。


「これで貴方との最悪な縁は切れました。大変喜ばしいわ」


私は満面の笑みを浮かべてやった。


馬鹿なマルティン様は、こんな事態でも私の笑みを見て顔を赤くしている。


そもそも、子供の頃の私の無邪気な笑顔に勝手に射止められ、自分に好意を寄せていると勘違いされたのだ。

そう教えられた日から彼の前では一切笑わなかった。

気まぐれな子供によくある事で、直ぐに興味をなくして見向きもせず、自分が駄々を捏ねて婚約したことさえも忘れたのだ。


それでも一度結んだ婚約をあっさりと白紙に戻せる訳もなく、私は王子妃教育を受けることになった。

伯爵家の婿養子になるのだから必要ないはずだけど、まだ子供。

大人になるまでに、どう転ぶか分からない以上、最低限の教育は必要なのだ。

最低限でもかなり大変だったのだから、王太子妃になる人はもっと大変なのだろう。


私が王子妃教育で頑張っているのにマルティン様は我儘気ままで全く勉強もしなければ剣術もしない。


学園に入るまでに王子妃教育は終わったが今度は伯爵家の仕事の勉強が始まる。

じっくり勉強したかった私は1年猶予を貰って学校の勉強を頑張り、スキップもして、そうそうに卒業単位をとった。


そして伯爵家の仕事や領地の視察をし、領地経営の勉強をした。


おかげで友達もいなければ趣味をもつ暇もなく、まして、いじめをする時間など本当になかった。

自分たちの世界に浸ることに一生懸命だった2人は、私がほぼ学校に居なかったことに気が付かなかったのだろう。


そもそもクレーマー伯爵令嬢に色々と苦言したのは学園の勉強をしていた2年も前だ。


「まあ、お2人は存分に真実の愛を満喫してくださいませ」


私は2人に挨拶をし、会場を出る前に他の方々にもお詫びの挨拶をした。


さて、普通なら時間がたっぷりできたし……と言いたいところだけど仕事がたっぷりあるのよねー。


とりあえず美味しいものでも用意してもらおっと!


私は王城から戻ってきていた侍女と共に迎えの馬車に乗り込み、のんびりと月を見上げた。

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