【お子様ランチ症候群】を媒介する苦虫のような小説
【お子様ランチ症候群】になってもいい人は見てください。
『お子様ランチって、年に何回か、死ぬほど食べたくならない?』
大学の講堂で友人が吐いたこの言葉によって、私は【お子様ランチ症候群】を発症することとなる。
当時大学生の私は、その時までお子様ランチというものの存在すらすっかり忘れていた。
もともと私は昔から、かなり早熟な子供であった。
駄菓子屋で購入したココアシガレットを窓辺で吹かすほど落ち着いていて。
ドライアイスの溶けた水を飲みながら『くゥ~、これの為に生きてるぜ~!』と言うほど大人びている子どもだったのだ。
有り体に言えば、お子様ランチなどと言う幼稚なものは幼稚園児で卒業していた。
そう言うわけだから、私はお子様ランチを思い出すこと自体、困難を極める作業となった。
……うむ。
たしか半球状のピラフだかチャーハンだかが真ん中にあって。
天辺には、よくわからない国の旗が立っていたはずだ。
その隣にはケチャップいっぱいのナポリタン。
小さなハンバーグには目玉焼きが乗っかっていた気がする。
ウサギの形をしたリンゴが2匹に、デザートのプッチンプリン。
もちろん、おまけのオモチャも忘れてはならない。
それらが可愛らしい新幹線のプレートに乗っかっていて。
当時から利発な子供であった私でさえ、思わずワクワクしてしまうような素敵な一皿だった、ということを遠い記憶から思い出すことに成功した。
『なるほど、考えたこともなかったけれど。
そういわれると、なんだか食べたくなってきた』
私は、両親から怒られそうなくらいタルタルソースが乗ったエビフライを思い出しながら、友人の意見に同意する。
少し恥ずかしいが、近くのデパートの最上階のレストランにでも行って、ワンプレート頼むのも吝かではない……そのくらいにはお子様ランチを欲している私を見ながら。
友人は笑顔で首を振る。
『ダメなんだ。
お子様ランチは、大人が頼むことができない』
私は愕然とする。
意味が分からない。
どういうことだ?
大人が食べられないなんて、差別ではないか。
謝罪と賠償を要求したい。
しかし……一体どこに?
混乱する私をよそに、友人は独り言をしゃべるかのように語り掛ける。
『実はお子様ランチとは、単品でそれだけ頼むと、レストラン側の赤字になってしまうんだよ。
材料費はともかく、人件費の問題でね。
そりゃあ、あれだけたくさんの食材を、手間暇かけて少しずつ盛り付けるんだから』
友人の言葉をかみしめるように、私は頷く。
大学で一人暮らしを始めた私は、暇を見つけて少しだけ料理を作ったりしていた。
牛丼くらいなら、簡単に作れる。
オムライスも、パンケーキも、野菜炒めだって、お手の物だ。
だが、お子様ランチを作ろうとは思わない。
どれだけの手間と素材の無駄が出るか考えたら、絶対に作れない。
『じゃあ、なぜお子様ランチを提供するかと言うと……つまり、子どもと一緒についてくる、家族の呼び水にするためなんだ』
私は合点がいき、思わず手を叩く。
お子様を一匹釣りあげるだけで、パパママジジババもハッピーセットで一緒に付いてくるのだ。
まさに『お子様』。
そりゃあレストラン側だって、喜んで赤字メニューを提供するだろう。
そして、つまり。
家族の呼び水にならない大学生なんかに提供するお子様ランチなんて、レストランには存在しない、というわけだ。
『ぐ……し、しかし、大人用のお子様ランチとか、あるんじゃないか?
なんか、そんなニュースを見たような……』
『あるにはあるよ。
高いけど』
私は顔を引きつらせる。
帰りのお会計を気にして食べるお子様ランチなど、お子様ランチなんかでは断じてない!
『ほ、他には?
私がお子様ランチを食べる方法は、他にはないのか?』
『後は、子供が出来たら、子供に食べさせるために頼んで、残ったものを処理するっていう方法もあるけど』
お子様ランチを食べるために子供を作るのか!
いやしかし、10月10日かかったとしても。
お子様ランチを食べたくて食べたくてしょうがなくなった私は、その案すらも視野に入れ始める。
『……なるほど。
確かに、お子様がいれば、合法的にお子様ランチのお残しが食べられるわけだな』
『ただ、残念な話が一つ』
『なんだ』
『あまり知られていないことなんだけれど……』
友人は、本当に悲しそうに言葉を続けた。
『お子様は、お子様ランチが、大好きなんだ』
私は論理の盲点を突かれて、ぐうの音も出なかった。
そんな、まさか、お子様は、お子様ランチが大好きだったなんて。
”お腹いっぱいになったら、パパママが残りを食べてあげるよ”と煩悩ダダ洩れで宣っても。
皿に残されるのは、辛うじてパセリとエビフライの尻尾。
……あとはせいぜい、シューマイの上に乗っていたグリンピースが2個くらいのものだろう。
『信じられない!
それじゃあ私は、お子様ランチが食べられないのか!?』
早く大人になりたいと、夢に見ていた。
早く車を運転したい。
タバコを吸いたい。
お酒が飲みたい。
カッコいい仕事をして、お金を稼ぎたい。
一生懸命背伸びして、そうして成人して、なんでもできると考えていた私が。
まさか大人になったせいで、手に入らなくなっているものがあるなんて!
『どうしても、ダメなのか?
『私こそが烏滸様だ!』とか叫んだり暴れまわったりしても、無理なのか!?』
『それで出てくるのは、お子様ランチじゃなくって警察だね』
私は思わずがっくりと肩を落とす。
それじゃあ私はタコさんウインナーも。
ミートボールとウズラの卵の爪楊枝BBQも。
パッサパサでモッソモソなポテトフライも。
よくわからない緑色半透明のヤクルトも。
もう食べることは、出来ないのか!?
打ちひしがれる私に、友達は優しい声で語り掛ける。
『苦しいのは食べられないだけではないのさ。
食べられないせいで、お子様ランチは年々、頭の中で魅力的な物に進化していくんだ。
どんどん美しく、素敵に、ね』
そう言われて私も気が付く。
昔食べたお子様ランチは、確かにそんなに立派な物ではなかった、気がする。
思い出補正だ。
幼い頃の幸せな記憶も相まって。
夢幻の向こうに、すっかり神格化したお子様ランチが、私の脳内にも顕現していた。
これが、年々、ひどくなっていくと、言うのか。
すっかり絶望し頭を抱えた私に、友人は笑いをかみ殺しながら声を掛ける。
『これが【お子様ランチ症候群】だ。
年に数回、発作的に、食べたくても食べられないお子様ランチに対して懊悩する、不治の病。
対症療法は、たった一つ』
『……どうすれば、良いんだ……』
『同じく【お子様ランチ症候群】を生み出すんだ。
そして、苦しむ様を見て、楽しむ。
それより他に、この病を癒す術はない』
友人はそう言うと、心底嬉しそうに、笑うのであった。
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そんなわけで、私も【お子様ランチ症候群】を作るべく筆を執ったと言うわけだ。
皆様も年に数回の発作を存分に苦しんで頂けると、私としても大変光栄である。
たまに無性に食べたくなるの、NIOさんだけかしらん。