98. アトリア行きの特急
いよいよ列車に乗車します。
時計が11時半を指したところで、先ほどの女性がユイナに歩み寄る。
「セレニア神祇官猊下。殿下は一本後の『ナスティア』にて追いつくので先に乗るように、との言づてを賜りました」
「はい、承りました。お疲れ様です」
ユイナが答えると、相手は一礼して立ち去る。
「あの、同じ列車に、エルヴィノ殿下も乗られる予定だったんですけど、少し遅くなるご様子なので、あと10分ほどしたら先に行きます」
ユイナは、由真たちに向かってそう告げた。
「え? 殿下も、同じ列車なの?」
晴美が問いかける。由真も、その件は今初めて聞いた。
「ええ。あの、『ミノーディア11号』は、週1便しか出ないんです。これを逃すと、次は来週金曜になってしまいますので……」
「週1便? そんなので、大丈夫なの?」
5000キロの距離があるとはいえ、仮にも同じ国の都市を結ぶ交通手段が「週1便」というのは――
「途中のイトゥニアとナギナの間は、急行の『ミノーディア13号』が毎日出てますので、往来自体はできます。ただ、こちらは貨物列車に三等車がついてるだけのもので……実は、私もそっちに乗ったことはないんです」
3人掛けのボックスが並ぶ三等車の光景が脳裏に蘇る。それで5000キロの距離を旅するのは、由真もさすがに無理だった。
11時40分。
一行は豪華な待合室を後にしてホームに向かう。
停車していたのは、白地に青帯の流線型の機関車、それに続いて藍色に染められた客車だった。
機関車の車高は低く、客車の天井付近が突き出している。
「これ、色変すぎない?」
それを見て、島倉美亜が首をかしげる。
「客車は、オリエント急行みたいでかっこいいのに、なんでシンカニオの機関車とつないでるの? これも、何かの差別?」
応えた晴美は、もはや目につく違和感の全てが「ノーディア王国の差別体質」に見えているようだった。
「あ、いえ、そういうことではなくて……それより、中に入りましょう」
そういって、ユイナは一行をホームの先へと案内する。
列車は、機関車の次が荷物車、その先に1号車から順番に客車が連なる。
それがシンカニオと同じ連節客車だということには、由真はすぐに気づいた。
車両は全員が5号車だった。
進行方向左手に通路があり、枕木方向に寝台が並んで、相対する二段寝台合計4台が1つの区画をなす。
由真は実物に乗ることができなかった「二段型B寝台」の構造だった。
ただ、寝台と通路の間には仕切りが設けられている。由真の知識にある「B寝台」は、この部分もカーテンで区切られていた。
寝台部分は普通の長いすで、間にテーブルが設けられている。その上には、磁器製のふたが4つ並んでいた。
配置はこうだった。
ウィンタが3番下段、ユイナが3番上段、衛が4番下段で由真が4番上段。
晴美が5番下段、和葉が5番上段、美亜が6番下段、愛香が6番上段。
牧村恵が7番下段、佐藤明美が7番上段、花井香織が8番下段、池谷瑞希が8番上段。
「車掌さんから鍵をもらえば、席の仕切りから鍵のかかる扉が伸びてきます。問題なければ、私の方でお願いしておきます」
ユイナは前方の8人に言う。どこからも異議の申し立てはなかった。
「こちらは……まあ、センドウさんはユマさん一筋で大丈夫でしょうし、扉を出させますね」
3番に戻ったユイナは、からかうように言う。
「そんっ……」
言い返そうとした由真は言葉に詰まってしまう。ふと見ると、衛の顔も赤く染まっていた。
「ご乗車ありがとうございます」
通路の方から聞こえた声。振り向くと、詰め襟の制服らしきものを着た男性が立っていた。
「切符の方は、自動改札で確認済みですのでお出しいただく必要はございません。そちらのテーブルにお食事を用意しておりますのでお召し上がりください。こちらの壁は、扉を出すこともできますが、いかがなさいますか?」
その男性――車掌は、丁寧な口調で流ちょうに説明する。
「ここと、あと、5番・6番と7番・8段もお願いします」
「かしこまりました。それでは、長旅となりますが、どうぞごゆっくりお過ごしください」
ユイナが答えると、車掌はそういって一礼し、鍵をユイナに渡すと前方へと移った。
ユイナは、その鍵を使って両側の仕切りから薄い壁を引き出す。その中央が、横開きの扉になっていた。
「この鍵が、この扉の外鍵にもなります。まあ、お手洗いに行くとき以外は使わないと思いますけど、なくさないようにお願いしますね」
そう言われて、由真たちは頷く。
ユイナはいったん席を立ち、前方の席に座る8人にも同様の説明に向かった。
――きりのいいところで終わりにしました。
さすがに次回には発車します。