表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/451

97. 通行手形

旅行に出るのに必要なものといえば……

 国王の体調を考慮して、拝謁はそれで終わりとなった。


 ごく短時間の拝謁。それでも、アスマのために国王が由真とユイナに寄せる強い期待は、十二分に理解できた。


 来たときと同じ手順を経て、一行はセントラ北駅に戻る。


「それでは、こちらが切符です。これをなくすと、アトリアに着いたときに降りられなくなるので、くれぐれも気をつけてください」

 そういって、ユイナは切符を渡す。それは、セプタカへの往復で使ったものより些か堅く、裏は黒かった。


「これは、黒磁紙(こくじし)といって、裏が非常に薄い磁石になっていて、簡単な情報を書き付けることができます。アトリア市内の駅は、これを通して改札をする『自動改札機』が使われています」

「「自動改札機……」」

 由真と晴美が漏らした声が重なってしまった。


「って、これ……」

「磁気券だね、自動改札に対応してる……」


 表面が薄い桃色である点を除けば、日本のJRで発券されるそれと同じものだった。

 その表面には、「二等寝台特急券 盛夏の月24日発 ミノーディア11号 5号車4番上段 セントラ北よりアトリア西まで (二等乗車券 セントラ市内よりアトリア市内まで) 大陸暦120年盛夏の月20日 TA アスマ旅客列車運行発行」と記されている。


「皆さん、行き渡りましたね。それでは、これを、あちらの機械に通して中に入ります」

 そういってユイナが指さした先には――日本で見慣れた自動改札機があった。

 他は全て古めかしい有人改札で、その一角だけが浮いて見える。


 特にトラブルもなく、全員が自動改札を抜ける。その先に立っていたのは、ウィンタだった。


「ウィンタさん! お疲れ様です!」

「いえいえ。それで、頼まれてたのは、これでよかった?」

 ウィンタは、そういって背嚢から木箱を取り出した。


「はい。ありがとうございます。これも私が持ってて、なくしたら怖いですから」

「そんな大事なものだったの?」

「ええ、まあ。中に入ってから開けますね」

 そういって、ユイナは、ウィンタを含む一行を誘導する。


 衛兵が立つ扉の前で、ユイナが札をかざし、扉が開かれる――という手順で中に入る。

 短い廊下の先に、豪壮な部屋があった。4つのソファーに囲まれた丸いテーブルが8箇所ほど据えられている。


「それでは、こちらをお渡しますね」

 ユイナはウィンタから渡された木箱を取り、手提げ鞄から鍵を取り出してそれを開けた。中には札が9枚並んでいる。


「こちらは、ユマさん以外の皆さんの通行手形です。大事なので、くれぐれもなくさないでくださいね」

 そういうと、ユイナはその通行手形を各自に配る。


 晴美のものをのぞき見ると、「ハルミ・ディグラファ・フィン・アイザワ」「大陸暦103年盛秋の月1日生まれ」などと記されている。「ディグラファ」は「女子爵」。晴美も、一連の功績で子爵に叙されている。


「由真ちゃんの分は?」

 その晴美が眉をひそめて問いかける。由真を差別するような扱いに対して、晴美は由真本人より遙かに敏感だった。

「ユマさんの分は、こちらだったんですけど、これは、もう使えなくなってしまいました」

 ユイナは、苦笑とともに手提げ鞄から札を取り出した。

「ユマさんはナスティア城伯になりましたので、通行手形も再発行です。それまでは、爵位記が通行手形代わりになります。もっとも、それも、コーシア伯爵に叙されるまでの『つなぎ』ですけど」

「そういうこと。それじゃ仕方ないわね」

 由真を差別している訳ではない。そうわかると、晴美の表情はすぐに緩む。


「ちなみに私も、この通行手形は今日限りです。神祇院の方から……」

「失礼いたします、セレニア神祇官猊下」

 ちょうどそこで、歩み寄ってきた女性がユイナに声をかける。


「猊下の通行手形、こちらになります。そちらの方は、こちらで処分させていただきます」

 そう言われたユイナは、手元の通行手形を差し出し、代わりに女性から新しいものを受け取る。


「神祇官は、身分が変わるので、通行手形も再発行なんです」

 ユイナは、受け取ったばかりの通行手形を見せる。「ユイナ・アギナ・フィン・セレニア」「大陸暦103年晩冬の月26日生まれ」と記されているのが見えた。


「……『フィン』? ってことは、ユイナさん、ひょっとして……」

「神祇官は、子爵待遇です。なので、『アギナ・フィン』がつきます」

 騎士爵以上の貴族の名に必ずつく「フィン」。ユイナの名にもそれが加わっている。すなわち彼女は、「住人」から「臣民」を経て、ついに「貴族」にまで成り上がったということになる。


「おさすがね、神祇官猊下」

「それは止めてください、子爵閣下」

 そんな言葉を交わして、二人はそろって苦笑した。

身分証になるパスポート。その類が必要な程度には古い世界です。

(切符は磁気券ですが、これは王都の駅では浮いています)


その身分証が、成り上がった人の地位の証にもなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ