96. 国王との対面
ついに拝謁です。
「国王陛下、ご入来!」
その声が響き、広間の奥にかかった紫色の幕が開く。
そこには、金色の豪奢な椅子が据えられていた。
エルヴィノ王子とナイルノ神祇長官が腰を直角に折る。由真たちも、見よう見まねでそれに倣った。
右手から、初老の男性が現れた。紫色のマントに身を包んだその男性は、杖をつき、慎重な足取りで椅子に向かう。
「楽にせよ」
その声が、弱く感じられる。それでも、エルヴィノ王子を筆頭に、一同は頭を上げる。
その男性――ノーディア王国国王は、杖に頼って立ち、やせて青ざめた顔を由真たちに向けていた。
「これより、親任式を執り行います。セレニア神官、御前へ」
脇に控えた侍従とおぼしき男性の声を受けて、ユイナは国王の面前へ進む。侍従は、国王に紙を差し出した。
「B1級神官ユイナ・セレニア。神祇官に任ずる。S1級に叙する。大陸暦盛夏の月24日、ウルヴィノ、ラガド・フィン・ノーディア」
国王は、手元の紙を読み上げて、ユイナに手渡す。ユイナは、平伏してそれを受け取った。
「次に、ナスティア城伯、御前へ」
――そう言われた瞬間、由真は惚けていた。
「ちょっと、城伯閣下」
後ろから晴美につつかれて、由真はようやく我に返った。「ナスティア城伯」といえば、他でもない、由真のことだった。
由真は、ユイナの直前の動作に倣い、国王の前に進み出る。
「ナスティア城伯ユマ。冒険者に任ずる。S級に叙する。大陸暦盛夏の月24日、ウルヴィノ、ラガド・フィン・ノーディア」
国王から手渡された紙を受け取り、由真も平伏した。
「以上にて、親任式を終わります。国王陛下、ご退出!」
侍従の言葉に、国王が軽く一礼し、そして左手へ進む。ユイナも由真も、平伏したままそれを見送った。
由真たちは、広間に隣接する小会議室のような部屋に通された。
そこに据えられたひときわ豪奢なソファに、国王は腰掛けていた。
「よく来てくれた。楽にしてくれ」
国王に言われて、由真たちは、部屋に並べられたソファに腰を下ろす。
「予は、久しく病を患っている故、親任式に時間をとることができぬ。申し訳ない」
たびたび聞かされていた、そのこと。「国王陛下のご不例」――すなわち「病気」。
「セレニア神祇官も、ナスティア城伯も、本来であれば、予が自ら労をねぎらい勲を讃える場を設けるべきところなのだが、予の弱った体がそれを許さぬ」
「拝謁も、手短にお願いします」
国王の言葉を、エルヴィノ王子が補う。確かに、眼前の人物の顔色は、本来床に伏せているべき状態と見えた。
「ノーディア王国は、アスマによって成り立っている。その統治について、予はこのたび、エルヴィノに全てゆだねることとした。二人には、エルヴィノをそば近くにて支え、時に正し、もってアスマの支配を揺るぎなきものとしてもらいたい」
そう言うと、国王は、いったん息をつき、テーブルの水を口に含む。
「予は、即位まで、王太子たるミノーディア大公と兼ねてアスマ大公の位を預かり、アスマの統治に携わってきた。健康が許すなら、予は、自ら彼の地に赴き、その様子をこの目で見たい。しかし……予は、王宮にて卿らと話すことすらままならぬ。歯がゆい限りだ」
国王は、ソファの上で背筋を伸ばし、由真たちに向かって頭を下げる。
「叶うなら、ノーディア全てを……いや、せめて、アスマだけは、彼の地の民のことだけは、よろしく頼む。ナスティア城伯……貴殿が、この世界に降臨されたこと、その意義は、予のごときに計り知ることはできぬ。ただ、せめて、アスマだけは、繁栄に導いてもらいたい。どうか、頼む」
そこまで口にしたところで、国王の上体が崩れ落ちかけて――エルヴィノ王子が手をさしのべて肩を支えた。
病で弱った体を引きずって、アスマのために由真の助力を求める国王。
その姿を前にして、由真は、遠慮も躊躇も、何もかもを忘れた。
「その……承りました、……国王陛下」
どうにか、由真はそう言葉を返し、そして腰を直角に折った。
「ご不例」は、貴人の病気のことです。戦前は、皇族方のご病気などを指してこう言いました。
国王陛下のご病状、治療体制や、親類縁者、ことに息子二人との関係性などは、今後折に触れて描いていくつもりです。