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92. 進路を思う

異世界版新幹線で帰路につきます。

 食事を終えた一行は、シンカニオの乗り場に向かう。

 待っていたのは、白地に青の帯を塗られた列車だった。


「これ、見た目は新幹線そのものじゃない。地球でこの色使ったら、JRに文句つけられるわね」

 晴美が言う。


「けど中身は……新幹線とは違いますね」

 由真は、そのことに気づいた。最後尾と最先頭の車両には窓がない。そしてその間の客車は、連節台車で結ばれていた。


「これ、前と後ろの2両で、間のやつを動かしてますよね?」

「そうですね。カンシアのは、全部このタイプですね」

 由真の問いにユイナが答える。


「これ、見た目は『のぞみ』だけど、中身は完全にTGV(ティージーブイ)だよ」

「TGV? フランスの?」

 晴美が問いかける。

「そう。動力集中方式で連節客車だから」

「お? 晴美、ドイツじゃなくてむかついてるとか?」

「ドイツの科学力は世界一だから」

 由真が答えると、美亜と愛香がそういって混ぜっ返す。


「あれ? ドイツも、新幹線あるの?」

 和葉が問いかけてきた。

「あるわよ。ICE(イーツェーエー)っていうの。それこそ320キロ出せるけど、新幹線みたいなのをきちんと引いてる区間は一部だから、200キロとかそれ以下とかで走ってるとこが多いわね」

ICE(アイシーイー)は、新幹線とTGVと並ぶ『御三家』じゃないかな。中国の『復興号(フーシンハオ)』がそれに並ぶかどうかは、もう少し様子を見た方がいいと思う」

 晴美の答えに、由真はそう言葉を重ねた。


 そんな会話をしつつ、一行は、異世界新幹線「シンカニオ」に乗り込んだ。


 内部は、通路を挟んで二人がけのリクライニングシートが並ぶ。

 3列12席が確保できたため、進行方向右側の3列は、1列目が佐藤明美・牧村恵、2列目が池谷瑞希・花井香織、3列目は窓側にユイナが座り、左側の3列は、1列目が晴美と和葉、2列目が美亜と愛香で、3列目に由真と仙道衛という配置になった。


「えっと、あの、衛くん……」

 そう声をかけた由真は――続ける言葉を見失ってしまう。


「どうした……由真?」

 応えた相手。そっと見上げた顔が、少し紅潮して見えるのは、気のせい――かどうかは由真にはわからない。


「あ、あの、……その、女子ばっかりで、大丈夫?」

 とりあえず尋ねると、衛は首をかすかにかしげる。


(あ、まずい! なんか、女子ばっかのとこに来てるのとがめてるっぽい感じになった?)


「いや、それは、みんなが気にしないなら、俺は平気だ。相沢たちとは、だいぶ親しくなったしな」

 衛は、穏やかに答えてくれた。


「そ、そう。なら、よかった。さっきのお昼なんかも、みんなおしゃべりしてたし、大丈夫かな、って……」

「まあ、女子の食事は、ああいうものだろう」

「そう……だね……」

 そこで、また由真は話の接ぎ穂を見失ってしまう。


(うぅ、こういうとき、どういう話したらいいんだ)


 仙道衛は、饒舌な性格ではない。

 話し下手ということはなく、必要な会話はきちんとしてくれる。

 しかし、黙っている相手にぺらぺらと話しかけるような軽佻浮薄さとは無縁だった。


「まだ、出発しないな」

 衛の方から口を開いてくれた。時計――は、車両の前方壁面に据えられていた。見ると、1時5分になっている。


「そうだね。まあ、『1分遅れまして申し訳ございませんでした』っていうのは、日本だけだから、ここで10分くらい遅れても、仕方ないんじゃないかな」

「それも、そうだな」

 衛が応えたちょうどそのとき、列車が動き始めた。


「聞こえてたかな?」

 由真の冗談口に、衛は、さあな、と答える。


「しかし、これから、どうしたものかな」

 窓外を見やりつつ、衛は口を切った。

「これから?」

「ああ。学校に通ったりするのか、仕事に就くのか。……セレニア神官は、17歳でああいう立場だから、16歳なら、もう成人扱いなのかもしれない」


 来週以降の暮らし方。

 彼ら「召喚者」たちは、ノーディア王国軍に採用されるという前提があり、職業事情などは教えられていない。

 その王国軍と袂を分かった以上、「身の振り方」を決めなければならない。


「どうだろ……ユイナさんは、かなり『飛び級』してる人だと思うから、基準にはしない方がいいと思うけど」

「まあ、それはそうだろうな。しかし、どうしたものか。職業の方向くらいは、早く決めないといけないだろう」

「衛くんって、日本にいた頃は、進路とか、どう考えてたの?」

 職業、と言われて、由真はそう尋ねる。そもそも、「異世界召喚」まで、由真と衛は学級が異なり、話したこともなかった。


「俺は、うちが建築士なんだ。だから、建築の方向で、考えてた」

「そうなんだ。それじゃ、おうちの跡、継ぐとか?」

「いや、それはない。この辺でも、最近は大手のハウジングメーカーに頼む客が増えてる。まあ、親父が引退するまでは、なんとかなると思うが、その先は厳しい。俺は、どこかのゼネコンにでも入るものだと、そう思ってた」

 父親の職業として接していたためだろう。彼の意識はきわめて明確だった。


「そうか。衛くん、きちんと考えてたんだね」

「由真は、どうだったんだ?」

 衛に問われて、由真は、思わずため息をついてしまう。


「決めかねてた。まあ、親は医者だけど、兄貴が地元の医大に行ったから、跡継ぎとかはノープロだった。医者って……聖職の部類だとは思うけど、正直、そんなに興味ないし、……コロナの騒ぎ見てたら、余計、ね。成績いいなら医学部、って雰囲気もあるから、なんかかえって、勉強ができるから医学部に行く、ってのも気が引けるし」

 衛とは対照的に、由真はネガティブな方向に「親の職業」を認識していた。


「いろいろ鍛えてはいたけどさ、一生一兵卒っていう扱いは、さすがに嫌だしね。けど、今時、法学部を出たところで……役所なんてブラックなだけっぽいし。……どこに行っても『駒』で使われるだけ。まあ、医者だってそうでしょ? 結局、世の中支配してる『上級国民』に逆らえる訳じゃないし。考えてると、馬鹿らしくなっちゃってさ」

 次々と出てくる愚痴。由真は、それを抑えることができなかった。


「正直さ、自衛隊、ってのも結構本気で考えてたんだ。自衛官は内局に逆らえなくて、その内局は世襲政治家に逆らえないけど、……まあ、いろんなスキルが役に立つのは確かだしね。同じ『駒』だったら、『武器』を持たせてくれる方がいいかな、って」

 そこまで言って、由真は衛に顔を向ける。


「由真くらい、なんでもできると……それだけ、悩ましいんだろうな」

 ちょうどそこに、衛が言葉を返した。

「あっちで、その話を聞いてたら……俺も、相談に乗れてたと思う。でも、俺たちは……もう、『あっち』には、戻れないんだ」


 それは、大前提だった。

 この世界は、由真たちの世界から「異世界召喚」をすることはできる。しかし、召喚された人々を由真たちの世界に「戻す」ことはできない。

 由真たちは、この世界に「片道切符」で来ている。


「この世界で……いろいろあった。けど、エルヴィノ殿下は、俺たち……特に由真を、必要だ、って認めてる。それに、由真は『無系統魔法』も身につけた。だから、できることはもっと増えたし……やれることはたくさんある。由真じゃないとできないことが」

 ――ささくれだった由真の心に、その言葉が暖かく染みこんできた。


「……そう……だね。ありがとう、衛くん」

 表情は、泣き笑いになっていたかもしれない。それでも、由真は、そんな言葉を返すことはできた。

この主人公は、地方の旧制中学系公立進学校で学年首席をキープしていたレベルの秀才です。

衛くんも、同じ学校で文武両道の秀才の地位にありました。

そういう人たちの会話です。


片道でこの異世界に来させられた以上、こちら側の職業を選ばなければいけなくなりました。


蛇足ですが、この列車が「見た目は『のぞみ』、中身は『TGV』」なのは、異世界「地球」の技術を(召喚者経由で)パクったからです。

こんなものを独自に開発する能力は、この異世界にはありません。

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