90. 砦からの出発
ついに砦を去るときが来ました。
由真は、ユイナに引率された晴美以下9人とともに、23日の朝にセプタカから出発する。
「皆さん、本当にお世話になりました」
出発の当日。
由真は、天幕をともにしていたサニアとウィンタ、そして「曙の団」のマストであるゲントに挨拶した。
「こっちこそ、世話んなったな。まさか、セプタカのダンジョンが陥とせるとは、思ってなかったぜ」
ゲントは、そういって引き締まった笑顔を見せた。
「ユマ、あっちでも頑張れよ」
「それと、ウィンタも一緒に行くから、よろしく頼むわね」
横から言うサニア。本業は弓士ながら、情報収集、物品管理など支援業務に通じている。「曙の団」の頭脳だった。
「って、私が行っていいんですか?」
「ああ。お前はまだ若いし、うちじゃ他にいねぇ博士様だからな」
「そうよ。この先、ギルドが大きくなると、『経営』ができる人材が必要になるもの」
戸惑いを見せるウィンタに、ゲントとサニアが言う。
ウィンタは風系統魔法の魔法導師で、魔法師団に属していたものの、貴族の上官と対立して除名され、「曙の団」に身を寄せた、という来歴の主だった。
「サニアさんが外すと、『曙の団』が回らなくなるのは、確かですけど……」
「殿下からのご指示でもあるんだから。『経営幹部候補にアスマで数ヶ月の武者修行をさせること』って」
殿下――アスマ公爵エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディアは、「曙の団」に対して、「カンシア地方における冒険者ギルドの不品行を監視し、必要な場合は是正のための措置を執ること」を依頼していた。
その一環として、「曙の団」自身の経営管理能力を向上させる必要がある。そのために白羽の矢が立てられたのが、魔法師団にいた経験のあるウィンタだった。
「ま、とにかく、次にセントラに来るときは、手紙でもくれ。盛大にもてなしてやるぜ」
「はい。本当に、ありがとうございました」
そんなやりとりで、由真はゲントたちと別れた。
セプタカからの復路は、貨車3両に客車2両が続く列車だった。最後尾の客車は、二人がけのリクライニングシートが並んでいた。
「二等車って、結構広いんですね」
往路は三等車に載せられた由真は、率直に感心してしまう。
「あ、ユマさんは、三等車でしたよね。あの、本当に申し訳ありませんでした。本来なら、せめて二等車に乗ってもらうべきところだったんですけど」
「いや、ユイナさんが謝るような話じゃないですし……費用神殿持ちの旅だった訳ですから……」
即座に謝罪するユイナに、由真は苦笑とともに応える。
ユイナは、「神祇官候補生」という立場で、ベルシア神殿の幹部連の意向に従わざるを得なかった。
「いえ、ほんとに……あの、三等車は、かなり狭いですし……」
「って、ユイナさん、三等車に乗ったことあるんですか?」
ユイナに言われて、由真は思わず尋ねる。
「それは、私は元々孤児院の『住人』ですから……神官になるまでは、動くときは三等車でしたよ」
ユイナは、元は神殿の孤児院で育った「住人」だった。
そこから、優れた才能と自らの努力によって、「神官」の地位と「臣民」の身分を得て、さらに「神祇官候補生」にまで立身している。
「その、由真ちゃんが乗せられてた三等車、って……」
晴美が二人に問いかけてくる。
「まあ、隣にくっついてるけど……格安航空会社のエコノミーくらいの椅子が3列ずつボックスで並んでる感じかな」
「それ……汽車の座席じゃないわね……」
その応えでおよその想像がついたのか、晴美はそう言って眉をひそめる。
「あの、ちなみに、今回は、ドルカナからベルシアまではシンカニオなので、皆さん二等車です」
「「『シンカニオ』?」」
ユイナの言葉に、晴美も由真も、オウム返ししてしまう。
「ええ。『ニホン』から召還された方々の指導で、あちらの超高速列車『シンカン』というのが、こちらでも実現されてまして、最初の路線は、大陸暦93年に、コーシア県で開業しています」
――どう反応していいか一瞬わからなくなってしまう。
「それ……ひょっとして『新幹線』のこと?」
「『新幹線』は、『新幹・線』じゃなくて『新・幹線』なんですけど……ちなみに、こちらのその『シンカニオ』って、速さはどのくらいなんでしょう?」
しばらくして、晴美と由真はようやく問いを発することができた。
「最初は時速240キロ、今は、最高で時速320キロですね」
――彼らの度量衡は、地球と同じメートル法にキログラム・秒を単位としている。ユイナの言う速度は、日本の新幹線に匹敵する。
「なんで、そんなとこだけ技術が発達してるの?」
「それは……あの、実は、ベストナが時速300キロのものを開発してしまったので、ノーディアも後から慌てて追いつかせて、その後、互いに張り合って最高速度を上げた……という事情がありまして……」
ユイナは苦笑交じりで答える。
「まあ、電気を使ってモーターを回して機関車を動かす技術まであれば、その延長で新幹線の一つや二つは作れるんじゃないかな」
「その技術があるなら、清涼飲料水を普及させてほしいわね」
由真の言葉に晴美はそう言って嘆息する。
この異世界では、食料事情は中世ヨーロッパ並、飲み物はワインかエールで、ジュースはおろか紅茶すら「超高級品」の扱いだった。
「まあ、ジュースの普及は意外と大変だから……」
そういって、由真も苦笑するしかなかった。
――ということで、無駄に鉄分()が増量します。
鉄道分野で現代知識チート…となるとインフラ整備が10年単位になりますので、それはすでに先人の蓄積があるというお話です。
「電気を使ってモーターを回して機関車を動かす技術まであれば、その延長で新幹線の一つや二つは作れるんじゃないかな」
などと由真ちゃんは言っていますが、それだけでは「速い列車」は作れても「新幹線」は作れません。
(もちろん、本人も理解した上で言っています)
最後の方の二人の会話のとおり、ジュースの一つでも普及させろ―ということなのですが…
中世の飲み物がアルコール飲料ばかりなのは、ソフトドリンクを保存する技術がないからですね。
…そういった話が、この先のテーマの一つになる予定です。