89. 決別へ
学級召還された2年F組。その「首脳陣」もお話し合いです。
2年進級とともに編成された2年F組の男子30人・女子10人の計40人。
彼らの新学期は、2ヶ月の長期休校を経て、6月1日にようやく始まった。
その5日目に、彼らはノーディア王国に「異世界召喚」された。
王都セントラの近郊にあるベルシア神殿に召喚された彼らは、そこで新生活を過ごすことを余儀なくされた。
その「学園生活」は――終盤にダンジョン攻略のミッションも課された末に――40人の間に修復不能な亀裂が生じるに至った。
彼らのうち多数派となる男子28人・女子2人は、「セプタカのダンジョンを攻略した功績」により、「勇者の団」として王国軍に採用される。
うち、主力部隊の4人は、ノーディア王国第一王子アルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディアとともに、盛夏の月22日の午後に王都セントラに凱旋する。残りの26人は、現地にとどまり掃討戦に入る。
他方、男子1人・女子8人は、その選抜から漏れて、王国の庇護の下から追われることになった。
この計9人については、2年F組の「初期教育」を担当した神官ユイナ・セレニアの権限により「初期教育」の修了が認められた。
彼らは、盛夏の月23日の朝に出発してベルシア神殿に戻り、一泊して翌24日に出発してアスマ公爵領に移ることとされた。
この「30人」と「9人」の二つに分かれた末に、ついに決別に至った2年F組。
学級委員長にして「勇者」である平田正志は、「勇者の団」を率いる代表者として、彼らと決別する「9人」の指導者たちを部屋に招いて「会談」の場を設けた。
「俺たちの『初期教育』も終わる。……兵団に入るみんなと、出て行く人間とが別れてしまったのは不本意だが、それでも、最後はみんなで終業式を開くべきじゃないか?」
平田正志は、招かれた3人の男女に切り出した。
「また同じ話? その『みんな』って、『39人』? それとも『40人』? どっちかしら?」
そう言葉を返したのは相沢晴美。
2年F組の中で、平田と並んで二人きりの「Sクラス」であり、「決別する側」の実質的指導者でもある。
「お前こそ、またその話か。……『39人』でいいだろう。神殿側の『初期教育』の対象は、『39人』なんだから」
「そう。だったら、その『初期教育』の修了を神殿側から認めてもらった人たち、『30人』で集まればいいじゃない?」
平田の言葉に、晴美は冷然と応える。
「お前……なんでそんなに意固地になるんだ? 最後くらい、笑顔で別れようとは思わないのか?」
晴美を見据える平田の目が険しくなる。
「そもそも、俺たちはセレニア神官に『修了』を認めてもらった立場だ。お前たちとは違う」
同席していた一人、仙道衛が、そう言って平田をにらみ返す。
「っていうか、『笑顔で』とか、よく真顔で言えるよね? ダンジョンの中で、勝手に先に進んで、待ち構えてたラスボスにお出迎えされて、ボコボコにされたのはどこの誰?」
残り一人、桂木和葉も、やはり険しいまなざしで平田を見つめる。
「平田君、申し訳ないけど……あなたが、神殿側と一緒になって由真ちゃんを排除しようとしている限り……私たちは、あなたと相容れることは絶対できないわ」
晴美は、眉一つ動かさずに言う。
「あいつは……あいつは、俺たちとは違うだろう!」
「そうね。確かに由真ちゃんは、私たちとは違うわね。私たちは、いくら『ギフト』を持ってても、所詮『人間』。だけど由真ちゃんは……『神様』の方に片足は踏み込んでるものね」
晴美は大きくため息をつく。
「話はそれだけ? なら、私たちはこれで失礼するわ。それこそ、長旅に出る準備だってある訳だし」
晴美が席を立つと、仙道と和葉もそれに倣う。
「お別れの挨拶だけは、気を遣ってあげるわ。『アウフ・ヴィーダーゼーヘン』」
英語の「グッドバイ」に当たるドイツ語。「また会うときまで」という意味のそれを告げて、晴美は仙道と和葉を伴い平田の部屋を後にした。
晴美は、二人を連れて部屋に戻る。和葉と二人で入居するその部屋には、二人の少女が待っていた。
「お帰り、晴美さん。『勇者様』のお話は?」
晴美たちと同じセーラー服に身を包んだ少女が問いかける。
彼女の名は由真。
元の世界では「渡良瀬由真」という名の「男子」だったのが、異世界召喚に巻き込まれた際に「女子」になってしまい、あげく「ギフト『ゼロ』」と判定されたため、「名字を認められない」立場である「住人」とされてしまった。
しかし彼女は、この世界において「創造神が過ちに堕ちた世界をただすために使う」とされる「無系統魔法」のスキルを与えられていた。
この「無系統魔法」の力によって、ダンジョンの攻略はたやすく成功した。
彼女こそが、ダンジョン攻略作戦における最大の功労者である。
「『終業式』を開こう、って。最後くらいは笑顔でお別れ、とか言って……違う笑いが止まらない話よ」
由真の顔を見て、その声を聞いた瞬間に、晴美はそういって吹き出してしまった。
「まあ、みんながやりたいなら、別にやってもいいんじゃないかな」
「少なくともあたしは嫌だよ。なんで平田君なんかと仲良しごっこしなきゃいけないのよ」
そう言う和葉の声は、平田の部屋にいたときよりトーンが高い。
「あいつは、なぜああまで由真を拒絶するのか、俺には全く理解できない」
仙道は、そういって深いため息をつく。
「私たちなんて、これでもまだ彼に甘い方よ。美亜とか愛香とかは、殺されかけた恨みもあるんだから」
晴美が、ソファに腰掛けつつ言う。
彼女の友人でもある島倉美亜や七戸愛香を含む「C3班」は、ダンジョン攻略の際に「おとり」にされて死地に直面させられていた。
「あれ、やったのは平田君じゃないんだけどね」
「それ、ユマさんが言いますか?」
黒いワンピース型の神官服に身を包んだ若い女性が、そういって苦笑する。
彼女はユイナ・セレニア。ベルシア神殿において「神祇官候補生」として研修を受けていて、晴美たち2年F組の担任教師役も務めていた。
「まあ、どのみち、仕方ないとは思いますけど。勇者様は、最後までここの幹部の意のままだった訳ですから」
ユイナはあっさり言う。
彼女は、「ここ」すなわちベルシア神殿の幹部たちとは相容れず、晴美や由真を陰に日向に支援し続けてきた。
「そうよね。そもそも、ここの幹部も彼も、由真ちゃんの実力も実績も、十分見せられてるはずなのにね。なんとかいう神様だって、功績上げたのは由真ちゃんだ、って認めた訳でしょう? それなのに、なんで由真ちゃんを否定できるのかしらね?」
「人間はさ、自分が信じたいものを信じがちなんだよ」
晴美の疑問に、由真はそう答える。
「由真ちゃん、なんか達観してるね」
「いや、これは単なる昔の偉い人の言葉だから」
感心した様子の和葉に由真はそんな言葉を返す。
「とにかく、あいつは……1年からの同級生の由真をとことん拒んで、最後は俺たちと決裂した。結局、『委員長』としては落第だった、ということだろう」
仙道がそう言い切った。
「まあ、そうね。私たちもそうだし、美亜とか愛香とかだって、事務の方で戦力になってたのに、神殿と一緒になって『追放』しちゃってる訳だし、彼、『勇者』としても『委員長』としても、完全な『劣等生』よね」
「そうだよね。『劣等生』とかいって『実はチート』っていうのが由真ちゃんで、彼は『優等生』のつもりのダメダメ君だよね」
晴美の言葉に和葉がそんな毒を吐く。由真は、軽い苦笑を浮かべていた。
ここは元々続編のつもりで書いていたので、キャラ紹介じみた内容を含んでいます。
一応おさらいということで…
「勇者様」は、学級委員長としてクラスの団結(という体裁)を維持したかったのです。
委員長としての彼の手腕のほどは、この結果に現れましたが。
「劣等生」というと、どうしても某お兄様のイメージになってしまいますね…