87. ささやかな祝宴
前回の舞台裏、主人公たちのお話です。
遡ること2時間前。
すでに夕刻となっていたため、由真たちは早めの夕食を取ることにした。
兵站業務を担っている――すなわちこの砦の運営そのものを司っているC3班は、由真たちのために会議室を1室確保し、自分たちの分を含めた夕食を用意した。
その席には、エルヴィノ王子も加わった。
「特別なものは不要です。むしろ、皆さんと同じものを食べたいと思っています」
王子のその意向に従い、特別な料理は用意しないことになった。
食事が供給されるまで、些か時間が空いたため、ユイナが携行している小型の女神像を取り出した。
「女神様、神官ユイナ・セレニアが申し上げます。すでに御照覧のとおり、『勇者』マサシ・バルノ・フィン・ヒラタ殿率いる『勇者の団』は、斥候部隊に加わった『雑兵』ユマ殿を初めとして、『聖女騎士』ハルミ・リデラ・フィン・アイザワ殿、『守護騎士』マモル・センドウ殿、『遊撃戦士』カズハ・カツラギ殿、冒険者ゲント・リベロ殿の活躍により、魔将マガダエロと眷属七首竜を初めとするあまたの敵をことごとく討伐し終えました。ここに謹んで奉告申し上げます」
「神官ユイナ・セレニアを認証しました。奉告は聴取しました。その勲を大いに讃えます」
――常に機械的な「女神」が、初めて「勲を大いに讃えます」という言葉を下した。
「女神様、ここに、一つお尋ねしたいことがございます。現在、『雑兵』とされているユマ殿は、無系統魔法を会得し、魔将をも屠る勲を上げられました。それでもなお、ユマ殿は、クラス『雑兵』のままなのでしょうか? 『住人』から『臣民』への昇格さえも、叶わないのでしょうか?」
ユイナがあえて「女神」への「奉告」を行った理由。それが、この問いかけだった。
由真自身は、代表クラスが何であれ、ノーディア王国における地位がいかにあれ、生活に困らない限りは頓着するつもりはなかった。
しかし、ユイナは、由真の「処遇」について「神意」を問いたい、と譲らなかった。
晴美たちもまた、由真が「住人」たる「雑兵」であり続けるのはおかしい、と強く主張した。
「神意を伺うべきでしょう。ユマ殿、あなたはそれだけの力量を備え、それだけの勲功も上げたのですから」
エルヴィノ王子にすらそう言われて、この場が設けられることになった。
「ユマを認証しました。召喚直後の時点においては、本人の成長に不確実性があったため、神殿幹部の干渉を避けるべく、代表クラスとして『雑兵』の指定を推奨しました。現時点においては、期待以上の状態に至ったものと認定します」
女神のその言葉に、ユイナも、晴美たちも息をのむ。
「ユマの代表クラス『雑兵』は不要となったものと認め、現時点をもって、その登録を抹消します。併せて、新たに筆頭クラスとなる『魔法導師』は『魔法大導師』に昇格させます。この件は、アルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディアが軍神ナルソに奉告する際に下知させます」
カモフラージュのための代表クラス「雑兵」。
それはここに破棄されて、「魔法大導師」のクラスが女神から公認される。
由真を「雑兵」としてさげすみ虐げてきた人々にも、そのことは軍神から伝えられる。
「アスマ公爵エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディア。あなたは、『無系統魔法』の『魔法大導師』の存在、その意味を正しく理解していることでしょう。今後、新神祇官ユイナ・セレニアとユマをその両腕となし、己の使命に取り組むことを期待します」
「大地母神様、その御神意、しかと承りました」
エルヴィノ王子は、そういって女神像――を通じて大地母神に向かって最敬礼する。
名指しされた由真とユイナも、それに倣った。
程なく、人数分の食事が届けられた。
C3班と一般兵卒向けのそれは、パン1切れに小さな肉が浮いた野菜スープのみ。
エルヴィノ王子は、笑顔のままそれを口にした。
「皆さんには、アスマ公爵の権限により、栄爵を差し上げるつもりです」
エルヴィノ王子は由真たちに向けて切り出した。
「兄は、勇者殿をすでに男爵に叙しています。今回の『功績』により、おそらくは子爵に昇叙されることでしょう。また、その主力部隊に加わっていた騎士3人についても、男爵位が授けられるものと思います」
未だ「武勲」が上がっていない段階で、アルヴィノ王子は平田たちに爵位を授けていた。
その思惑通りに「武勲」が得られれば、さらなる報償が与えられるのは自然だった。
「彼らとの均衡関係を考慮すると、アイザワさんが子爵、センドウさんとカツラギさんが男爵ですね」
「あの、エルヴィノ殿下、大変ぶしつけながら……そのように栄爵を乱発されては、鼎の軽重を問われることに、なるのではないかと……」
そう言葉を返したのは晴美だった。
「仕方がありません。実際には功績のない勇者殿の一行に爵位が授けられる以上、相応の功績と力量を持つあなた方に爵位が与えられないというのは、逆に鼎の軽重を問われることになります」
エルヴィノ王子は、あくまで穏やかに答える。
「あの、殿下、恐れながら、……一つ、お願い申し上げたいことが……」
「どういったことでしょう?」
さらに言葉を向ける晴美に、エルヴィノ王子は穏やかに問いを返す。
「その、由真ちゃん……彼女のことで……彼女は、神殿側の短慮と悪意のせいで、『住人』にされて、『ワタラセ』という名字も奪われています。女神様もお認めになられたとおり、彼女こそ、この一件の最大の功労者です。ですから、彼女を……『臣民』として、認めていただけないでしょうか」
――晴美は、正面から「由真の待遇の改善」を要請した。
「ああ、肝心な話を後回しにしていましたね」
エルヴィノ王子は、穏やかな笑みを崩さずに口を切る。
「大地母神様より御神意も賜りました。それに、この一件の最大の功績者は、言うまでもなくユマ殿です。当然、彼女には、功績をたたえるとともに、今後さらに活躍していただくために、相応の栄爵を差し上げます」
そういって、エルヴィノ王子は由真に顔を向ける。
「ノーディア王国では、子爵以下の爵位は所領を伴いませんが、それより上は、州を知行する公爵、辺境州を知行する辺境伯、県を知行する伯爵、市又は郡を知行する城伯と、いずれも知行領を伴います。
知行領を与えられると、その区域の長の職を持ち、現地の副長官の任免について奏薦する権限が与えられます。
この権限を与えることのできる区域には、当然限りがありますので、兄も、勇者殿にいきなり城伯以上の爵位を授けることは難しいはずです」
その説明で、エルヴィノ王子の言わんとするところは、およそ見当がついた。
「ユマ殿には、アスマ州内において県を知行する伯爵の爵位を差し上げたい、と、そう考えています」
――予想通りの言葉を、王子は続けた。
「アスマでは、知行の設定には県会の同意が必要となりますので、この場で確約はできませんが、私としては、アトリアの西隣にあるコーシア県の知行をお願いしたい、と考えています」
アスマの州都アトリア。市の総人口は2500万人に及ぶという巨大都市。
その西隣にあるというコーシア県は、さすがに貧困と過疎にあえぐような地域ではないだろう。
その一県を「知行領」とする「伯爵」という爵位。
エルヴィノ王子は、それを由真に授けると言っている。
「伯爵となれば、州の首脳の職もお願いできるようになりますし、王国中央に対しても無視できない影響力を行使することができます。ユマ殿、伯爵の爵位をもって、新たに神祇官となるユイナさんとともに、我がアスマ公領の発展を支えていただけないでしょうか」
そう言って、エルヴィノ王子は由真に向かって深く頭を下げた。
この世界に「召喚」されて以来「住人」として蔑まれてきた由真に、この優秀な王子が、ここまでの優遇をもって助力を仰いでいる。
日本での16年の人生でも、ここまで強い願いを受けたことなどなかった。
その願いに、応えたい。
この仲間たちとともに、王子の統べるアスマを舞台に、かなう限りの努力をしたい。
そんな思いが、由真の心を満たしていく。
「承知しました、殿下。アスマのために、微力を尽くさせていただきます」
由真は、そう言って腰を折った。
これで、ダンジョン攻略編は終わりとなります。
主人公の身分は一気に上がります。
「成り上がり」のプロセスを描く話にはしないつもりでしたので。
書き始めたときは、この辺までを10万字で―と思っていたのですが、話を進めるのが遅く、文字数をずいぶんと消費してしまいました。
「朝おん」こと「朝起きたら女の子になっていた」があるなら、「いせおん」=「異世界に来たら女の子になっていた」というタイトルもあるよね―という思いつきから始めた本作ですが…
意外と盲点だったみたいですね。
「ギフト」と「クラス・レベル・ステータス・スキル」のシステムは文法に乗せて…
「学級全員を巻き込む『勇者召喚』→主人公は外れスキルで追放→成り上がり」の王道からは少し外し…
「現代知識チート」は「本来時間がかかる」ので異世界側の技術水準を(アンバランスに)上昇させて…
というコンセプトで書いた結果が本作になります。
王道からの外し加減が評価の程度に影響したのでしょうね…
そして、活動報告のとおり、ここからさらにこのお話を続けたいと思います。
しばらくは、舞台を移すだけで文字数を取られる気配ではありますが、気長におつきあいいただけると幸いです。