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85. 帰還

ダンジョンから帰還して、凱旋というほどのことはありませんが…

「戻ったら、アルヴィノ殿下とモールソ神官に『ご報告』。……『勇者殿の手柄だろう』って思い込んでなじってくる相手に、顛末をどう説明したものやら……マガダエロと七首竜よりきつい戦いです……」


 ダンジョンの出口にさしかかり、ユイナはそういってため息をつく。


「フォトは撮ってあるんだけどな……ムービまではねぇしな」

「まあ、別に、『お手柄だ』とか言ってアルヴィノ殿下にお褒めをいただきたい、とかそういう訳ではありませんから、そこは別にいいんですけど、……正直、会話をするのが……」


 そういって、再びため息をついて、ユイナは扉を開けた。そこに立っていたのは――


「え、エルヴィノ殿下?! どうして、どうしてこちらへ?!」


 アスマ公爵エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディアその人が、ダンジョンの出口で待ち構えていた。

 その長身痩躯は、先日とは異なり、黄色いマントに覆われている。


「予定通り、昨日セントラに入りました。その際に、兄上がドルカオ方伯領のダンジョンを視察に行く、という話を聞きましたので、昨日のうちに用件を済ませて、急ぎこちらに駆けつけました」


 ――あの召還された日と同じように、エルヴィノ王子は丁寧な口調と物腰で答えた。


「兄上は、ことを急ぎすぎたようですが……あなた方は、その上手を行ったようですね」


 そういって、エルヴィノ王子は由真たちに目を向ける。

 真実高貴な人物の目線を受けて、由真は、思わず腰を直角に折っていた。地球で言う「最敬礼」である。

 晴美たちも、慌ててそれにならった。


「ああ、いえ、どうかお楽に。むしろ、頭を下げるべきはこちらです」

 エルヴィノ王子は――あの日と同じように――由真たちに頭を下げた。


「勝手な召還の上、こちらの都合で理不尽な戦いに向かわせ、あまつさえ、最強の敵の討伐までお願いしてしまいました。我々は不甲斐ない限りですし、皆さんには、ただ感謝申し上げるばかりです」

 エルヴィノ王子は、そこで頭を上げた。


「皆さんの戦いについては、セレニア神官の錫杖を通じて、ムービの記録も保存してあります。その功績について、私は、十分に承知をしております。ただ、……なにぶん、私は第二王子。王国においては、第一王子たる兄の風上に立つことは、できません。故に、兄が行う恩賞措置などにも、従わざるを得ません。そのため、皆さんには、今少しの間、不愉快な思いを強いてしまうことになります」


 ――その言葉で、およその事情は理解できた。


 アルヴィノ王子は、今回の「討伐」を「勇者」平田正志の功績であると主張し、彼とその「一団」に対して恩賞を与えるつもりでいる。

 その「恩賞」の対象には、「斥候部隊」は含まれない。「まつろわぬ者たち」の「功績」は、王国から認められることはない。


「セレニア神官から皆さんにもすでにお話をしている、と聞いてはいますが……今回の功績を挙げられた皆さん、そして、裏方で任務を支えた、この兵団の『C3班』の皆さんは、私がお預かりしているアスマ公領にお招きします。アスマ公領は、発展の途上にあり、優れた人材を渇望しています。我々は、皆さんを歓迎します」


 ユイナから聞かされていた「御意」を、エルヴィノ王子本人が直接口にした。由真も、晴美たちも、自然に頭を下げていた。



「……それと、ゲント・リベロさん。私の年爵の範囲からでも……男爵位(バルニア)を差し上げることはできますが」

「お恐れながら、謹んで、ご辞退申し上げます」

 間髪入れずに、ゲントは言葉を返した。

 見ると、エルヴィノ王子は、軽い苦笑を浮かべていた。ゲントの反応は、彼の予想通りだったのだろう。


「仕方ありません。では、あなたには別の『栄典』を提案しましょう。……ゲントさん、あなたの率いる『曙の団』に、アスマ公爵エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディアからの依頼です。カンシア地方における冒険者ギルドの不品行を監視し、必要な場合は是正のための措置を執ること。これを、常時依頼として、引き受けていただけませんか?」

 エルヴィノ王子のその言葉に、ゲントは鋭く顔を上げた。


「『栄光の白鷺』でしたか。彼らはこの先、ドルカオ方伯の庇護を得て、『仕事』を得ることはできるでしょう。しかし、彼らを『冒険者ギルド』と呼ぶことは……決して許されてはならない、と、私は認識しています」


 由真とC3班を「『魅惑』の香水」で罠にはめ、少なくとも「見殺し」にしようとした「冒険者ギルド」。

 その名すら、エルヴィノ王子は承知していて、そして、少なくとも自らの「敵」であると認めている。


「カンシアにおける冒険者の活動、その健全化に向けて、あなたの力に、私は強く期待しています」

「……はっ! 殿下の御意、承りました!」

 ゲントは、その言葉に力強く頷いてみせた。



「セレニア神官、いえ、ユイナさん。2年間の研修、お疲れ様でした。この皆さんの『初期教育』の満了をもって、あなたの研修課程も修了とし、勅旨をもって神祇官に任ずる旨も、陛下の勅許を賜りました」

 エルヴィノ王子が声をかけると、ユイナは忽ちに最敬礼する。


「お、恐れ多い御言葉にございます!」

「……これでようやく、あなたも神祇官の一員です。ずいぶんとかかってしまいましたが」

 続く言葉に、ユイナは上げかけた頭を再び下げる。


「そういえば……神祇官、って、どんな地位なんでしょう?」


 晴美たちの表情を見て、由真は誰にともなく問いかける。

 ユイナの地位が「神祇官候補生」だということは何度も聞いているものの、それがどの程度の位置づけなのかは、由真たちにはよくわからない。


「神祇官は、国の宗教行政を監督する官吏です。ノーディア王国では、神官から勅命により任ぜられます。定員は100人ですが、超過させる訳にはいかないため、90人前後で運用されています。ユイナさんが任ぜられると、現役は89人になります」

 そう答えたのは――エルヴィノ王子その人だった。


「え、あ、あの、その……」

 王子から直接答えを受けて、さすがに由真も言葉が出なくなる。


「あの、神祇長官が、司祭全体の頂点に立って、主教が州を、司教が県を統括します。神祇長官は、神祇官の中から陛下が御自ら補職されて、あと、神祇理事が10人以内、勅命により指名されて、王国の司祭を指導します。ドルカオ司教は、神祇理事の筆頭で、次期長官と言われてまして……」

 王子を煩わせたためか、ユイナが慌てて補足説明する。


「まあ、そういうこった。こいつは、王国に100人といねえ大神官様になる、って訳だ。17の身空でな」

 横からゲントが言う。


「いえ、別にそんな大それたものでは……」

「いえいえ、大それたものですよ、ユイナさん」

 ゲントに答えようとしたユイナに、エルヴィノ王子が言う。


「現任の88人は、多くがカンシアにあり、アスマには10人しか在任していません。ユイナさんが加われば11人。……人口からすれば、まるで足りません」

 ――アスマに「里帰り」すると、ユイナは「11人」の枠内に入る「最高幹部」になるということだ。


「すごいわね。差し詰め『枢機卿』ってとこかしら? もう、『ユイナさん』なんて気軽に呼べないわね」

 晴美が嘆息とともに言う。

「え、いえ! それは、……『神祇官猊下』とか呼ばれるのは、距離を置かれてるみたいで、さみしいですし……」

 ユイナの答え。それは、他ならぬ晴美が、初日にユイナと由真に言ったことだった。


「それに、ハルミさんだって、大聖女様以上の『聖女騎士』様、ですよ? 『神の子』くらいの立場なんですから」

「ずいぶんと大げさね」

「……私が『神祇官猊下』って呼ばれるのも、それと同じくらい大仰なんです」

 そんな言葉を交わして、二人は笑い合った。

優秀な弟宮に出迎えられて、およそ大団円です。

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