82. 由真の迷い
温存してきた戦力が全力で挑む敵。それに面した主人公は―
(どうすれば……)
その戦場に立ちながら、由真は答えのない問いに直面していた。
マガダエロ単独でも容易ではない。
打ち出してくる術は解呪できても、その強大な「ラ」に裏打ちされた「ア」を滅ぼすような術式など使えるはずもない。
しかも、そのマガダエロに対する攻撃は、後ろの七首竜にいち早く察知され、7つの首による一斉攻撃で対抗される。
ゲントと和葉は、前衛でマガダエロに攻撃を仕掛ける。それは、マガダエロ自身の剣技と魔法によっていなされ続けている。
そのマガダエロは、常に仙道への攻撃を優先する。
仙道の背後にいる「魔法使い」3人――晴美、ユイナ、そして誰より由真。彼女たちこそがマガダエロにとっての最大の脅威だということ。それは火を見るより明らかだった。
(仙道君……)
マガダエロの攻撃は、鋭く、速く、そして力強い。
この世界の指標を使うなら、膂力を示すSTRも正確性を示すDEXも速度を示すAGIも、いずれも常人とは大きくかけ離れている。
仙道は、その攻撃を前にして、一歩も退くことなくそれを受け止めている。
彼自身の力――「カタログスペック」は、「勇者」平田正志にも及ばない。
それを補う「技術」を使ういとまもない状況で、仙道は自らの場所――「守護対象」の前を全く譲らない。
由真は、彼に声をかけることもできない。そんなことをして、彼の「集中」をそぐなど、絶対にできない。
「おのれ小僧! しぶとい奴め!」
罵倒とともに、マガダエロはさらなる斬撃を向ける。
仙道は、それも正面から受け止めて、そして踏みとどまる。
「俺は……守護騎士だ。……守護対象の前からは、……死んでも退かん!」
そう叫び、気合いもろとも仙道はマガダエロの剣を押し返した。
(『守護対象』……『第一守護対象』……)
仙道が女神――おそらくは大地母神に誓った「第一守護対象」。彼にとって唯一の存在。それが、他ならぬ由真だった。仙道は、由真を守るために、この場所に踏みとどまっている。
(仙道君!)
ユイナの強化術式を妨げないように細心の注意を払いつつ、由真は仙道の防御力を補強し、マガダエロの攻撃を弱めている。
(でも、それだけじゃダメだ。……どうすれば……)
七首竜とマガダエロが連携した攻撃。これを撃退しない限り、仙道は「じり貧」の防衛戦を強いられるばかりだ。
(それに、仙道君だけじゃない……)
晴美は、七首竜への対応に追われている。
この敵に対応できるのは、高度な攻撃魔法の使い手である彼女しかいない。しかし、得意の氷系統魔法は火炎攻撃に弱いため、彼女も決定打を欠いている。
物理組は、仙道が由真たち魔法組の防御に割かれているため、ゲントと和葉の二人しか攻撃にかかれない。
和葉には、七首竜の魔法攻撃に加えてマガダエロ自身も集中的に魔法を放つため、接近すらできない。
そして、マガダエロの右手は剣戟に集中できる。その状態では、七首竜の威圧にさらされているゲントの剣技をいなすことはたやすい。
ユイナは、支援術式を発動し、七首竜の攻撃に対しては「光の盾」も展開できているものの、攻撃魔法に秀でている訳ではない「神官」の彼女には、それ以上の有効策がとれない。
(状況は……じり貧……どうすれば……)
何より、由真自身が、ここに来て打つ手を失っている。
オーガとゴブリンの大群を一瞬で殲滅できたのも、ダニエロ相手に「舐めプ」を貫き得たのも、サイクロプスの群れを殲滅したのも、全ては「無系統魔法」の力だった。
しかし、その力をもってしても、眼前の七首竜とマガダエロに対して、効果的な打撃を与えることができない。
(どうすれば……いや、考えろ……考えるんだ……)
それしかない。「考える」こと。それこそが、「渡良瀬由真」の最大の武器のはずだ。この場の状況、彼我の戦力を分析し、理想の「解」を見いだす。その能力こそが――
「【雷槌十連・収束】!」
嵯峨恵令奈の術をまねて、由真は詠唱する。「雷の槌」が10本現れ、そしてマガダエロへと集中して襲いかかる。
「なっ!」
仙道へ攻撃を仕掛けたマガダエロは、素早く飛び退きそれを回避する。
「おらっ!」
そこへすかさず下されるゲントの斬撃。マガダエロは、それを剣で弾き飛ばしていったん飛び退く。
「【風弾十連・収束・追尾】」
由真が続けて詠唱すると、「風の弾」が10個、マガダエロの一身に集まる。
相手が飛び退くと、その「弾」は方向を変えてそれを追いかける。
「このっ!」
マガダエロは、剣を振るいつつ飛び退いて、つきまとう「弾」に対抗している。
「……僕に考えがあります。これから言うとおりに、攻撃を仕掛けてください」
マガダエロの姿を見つめつつ、由真は口を切った。
次回へ続きます。深夜1時に予約投稿しています。