73. 決戦前夜
ようやくここまで来ました。
そうこうするうちに、「20日月曜日」を迎えた。
ユイナはA級アマリトを4個拵えて、この日モールソ神官に提出した。モールソ神官は、それを「勇者様の団」に授けたという。
その傍らで、ユイナはアマリトをさらに3個拵えて、晴美・仙道・和葉にも渡していた。
由真の分については、「私の手には余ります」とのことだった。由真としても、自分用の「御守り」より、晴美たちを加護する道具の方が遙かに優先度が高かった。
アルヴィノ王子は、この日の午後、「お召し列車」で到着する。砦の兵団が駅で出迎え、冒険者たちはそれを遠目から伺うことになった。
16時近くになって、機関車に牽引された5両編成の列車が、セプタカの駅に到着した。
車体はいずれも紫色に塗装されている。最先頭の1両目と最後尾の5両目は流線型だった。
そして3両目が、金色の帯に紋章も備えた車両で、アルヴィノ王子はそこから姿を現した。
「けっ、来やがったぜ」
その姿を遠目に見つつ、ゲントは嫌悪を隠そうともしない。
「あれが『お召し列車』ですか」
「本来は、陛下がお乗りになるための列車なんだけど……アルヴィノ殿下は陛下ご名代ってことだから……」
由真が漏らした言葉に、サニアが反応する。
「なんというか、あれ……『一号編成』っていう、うちの国の昔の『お召し』と同じ構成なので、……見てると不愉快になります」
同じ日本から来ている晴美たちにもおそらく通じない。サニアなどは、「そんな『お召し列車』を使っている国とはどこか?」と疑問を抱くかもしれない。それでも、由真はそうこぼさずにはいられなかった。
「まあ、私たちには関係ないわよ」
晴美がそういって苦笑する。
本来なら「勇者様の団」の主力として「あちら側」にいるべき彼女も、今は「こちら側」だった。
見ると、「あちら側」は、随行の貴族――ドルカオ方伯だった――を伴って下車し、モールソ神官や平田たちに迎えられて、砦に向かう馬車に乗り移っていた。
「勇者マサシ・バルノ・フィン・ヒラタよ。ノーディア王国第一王子アルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディアが命ずる。この聖剣『マクロ』を持ち、邪悪の者どもが跋扈するダンジョンを攻め落とせ」
砦内に急拵えされた聖堂で、アルヴィノ王子は、そんな言葉とともに「勇者」平田正志に一振りの剣を授けた。
「彼、『バルノ・フィン・ヒラタ』になってたんだね」
「水曜の夜に、叙爵されてるわ」
由真の言葉に晴美が応える。
「バルノ・フィン・ヒラタ」――「平田男爵」。モールソ神官が宣言したとおり、彼はすでに男爵に叙されていた。
ちなみに由真や晴美たちも、聖堂の隅に立つことを許されていた。ありがたいとはみじんも思わなかったが。
「卿の活躍、大いに期待している」
「はっ! 我ら一同、殿下のご期待にお応えしてご覧にいれます!」
アルヴィノ王子の言葉に対して、平田は大仰に応える。
(すっかり飼い慣らされてるね)
由真は、その光景を冷め切った目で見ていた。
その日の夕刻、アルヴィノ王子は晩餐会を開いた。出席したのは、ドルカオ方伯、モールソ神官、平田男爵ら「勇者様の団」の主力だった。
神殿側でもユイナは参加せず、晴美たちも招かれていなかった。当然ながら、由真を含む「曙の団」も部外者である。
その「曙の団」は、由真が仮眠を取っている間にウィンタが狩ってきたというイノシシ2頭が夕食に供された。
「こいつぁ脂がのっててうめぇな。ウィンタ、よくやった」
炙ってハーブで味付けした肉をほおばりつつ、ゲントはウィンタを褒める。
「いや、ユマちゃんが毎晩頑張ってますから、せめてこのくらいはしないと」
ウィンタは苦笑交じりで応えた。
「おう、そうだな。ユマ、お前、ここんとこ出ずっぱりだったからな。今晩は、しっかり食ってゆっくり寝て、明日は頑張ってくれよ」
そういって、ゲントは由真の肩を叩いた。
「そんな……でも、このイノシシ、ほんとに脂がのってますね。豚肉っていうのが、もしかしたらこんななんでしょうかね?」
由真は、そういって話題を自らのことからそらそうとした。
「どうだろうな。俺も、豚肉は食ったことねぇからわからねぇ。ユイナ、どうなんだ?」
ゲントはユイナに話を振った。砦の晩餐会には加わらなかった彼女は、こちらで「ご相伴」していた。
「私だって、住人向けしか食べたことないですよ? こっちに来てからは、ブタなんてすっかり無縁ですし」
ユイナは苦笑する。
「あれ? こっちで出てたお肉って、あれ、ブタじゃなかったの?」
肉を手に取った晴美がユイナに問いかける。晴美、仙道。和葉の3人もまた、こちらに参加していた。
「ええ。ナロペアには、イノシシも角イノシシもたくさんいるので、わざわざブタなんて飼わないんです」
ユイナが答えると、仙道と和葉が怪訝そうな表情を見せた。
「地球で言うブタって、あれはイノシシを家畜化したものだからね」
由真がそっと耳打ちすると、二人は納得した様子になる。
2年F組は理系クラスなので、生物が苦手な生徒も少なくない。仙道も和葉もその系統なのだろう。
「牛なら乳をチーズにもできますし、羊は毛が使えますから、北の方では飼うんですけどね」
「アスマだと、ブタって奴まで丁寧に飼って、豚肉って奴が毎日出てくるんだろ?」
「神殿では毎日は食べませんよ? 栄養、偏りますし」
「そうか? あの生臭司教なんざ、毎日食ってんじゃねぇのか?」
「いや、それは……ドルカオ司教の食生活までは、私はちょっと……」
「『生臭』が誰かってのは、認めるんだな」
「ええまあ、もういいんです。私の研修も、今週で終わりですし」
星空の下で、ユイナとゲントが続ける飾らない会話を聞いているこの時間。
それは、かけがえのない宝だ。
この「宝」を守るためにも、明日は絶対負けられない。
由真は、そんな決意を新たにしていた。
星空の下で、気楽にだべりながらお肉を食べる。
変な偉い人の主催する「晩餐会」より、こちらの方がよほど楽しいでしょう。
そして、次回こそ出陣します。