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70. ドイツ剣術応用編

決戦に向けて、彼らも鍛錬を図ります。

 由真が決戦に向けて備えを図っていた頃。

 晴美たちもまた、そのときに向けて鍛錬を始めていた。


「一応断っておくけど、私のドイツ剣術は、本当にさわりだけだから。由真ちゃんの中国拳法とは違うから、そこは承知しておいてね」


 眼前に立つ仙道と和葉に向かって、晴美はそう断りを入れる。しかし、二人の表情は変わらない。


 ダンジョン入りで初の「実戦」を経験した二人は、剣術を本格的に鍛える必要性を痛感した――ということで、晴美にドイツ剣術のさらなる指南を求めてきた。

 実戦に向けた剣技なら、ゲントにでも指導を仰ぐべきかもしれない。しかし、彼はノーディアでも頂点に君臨するA級冒険者であり、たかが学生ごときのために手を煩わせるのはさすがに気が引けた。


 晴美自身が付け焼き刃の剣術を、さらに付け焼き刃で仕込む。

 それでも、何もしないよりはましだろう。晴美は、そう思うことにした。


「それじゃまず、斬り方のバリエーションから。『屋根の構え(フォム・タッハ)』からのオーバーハウとツォルンハウは、仙道君も覚えたわね? 同じ『屋根の構え(フォム・タッハ)』から……」

 晴美は、直立させた剣を、野球のバットで高めの球を打つ要領で振ってみせる。

「こういう感じで横に斬る。これを『ツヴェルヒハウ』、『十字斬り』っていうの。仙道君、オーバーハウで来てみて」

 仙道は、頷いて「屋根の構え」を取り、晴美に向かって斬りかかる。同時に、晴美は「ツヴェルヒハウ」で剣をなで斬りさせて、仙道の剣を顔の高さで受け止めた。

「こういう風に、高めで敵の斬撃を止めるのに効果的な技ね」

 剣を止められた仙道も、それを見ていた和葉も、晴美の言葉に頷く。


「次に、こう構えた剣を、こうやって、車のワイパーみたいに左右に振る。これを『クルンプハウ』っていうの。日本語にすると、『円弧斬り』くらいの意味ね」

「こう……振るの?」

 晴美の動作をまねて、和葉はまさにワイパーのごとく剣を左右に振る。

「これで、攻撃になるの?」

 和葉は当惑をあらわに問いかけてきた。

「そうね。和葉、『雄牛の構え(オクス)』から私に突きを入れてみて」

「それじゃ……てい!」

 気合いもろとも和葉は剣を突き出し――晴美は剣を鋭く左に傾けてそれを止める。

「こんな感じで、特に突きに対する受けとしては効果的よ」

「なるほど」

 実際に剣を受けられて、和葉は納得した様子を見せる。


「あとは、そうね……『シールハウ』を教えておくわね。『シール』は、『斜めに見る』っていう意味。『シールハウ』は……」

 晴美は、「屋根の構え」を取り、そこからオーバーハウで斬り下ろす――と見せて、柄を持った両手をひねり、切っ先を斜め下に振り下ろす。

「できあがりの形が、こういう風に斜めになる。だから、『斜めに見る斬撃』、『シールハウ』っていうの。これは、今みたいに、上段と見せかけて下段に転じる、っていう使い方もあるし、逆に、敵の中段から下段の攻撃を止めるには、これを使うのが常道になるわね」

 ここまで上段の攻防技ばかり教わっていたためか、二人は強く頷く様子を見せた。

「ただ、これをやっちゃうと、この通り、剣が下に向いちゃうでしょう? だから、素早く持ち上げて『雄牛の構え(オクス)』の形にする。そうしないと、重心が下がったままで攻防が続かなくなるわ」

 その補足にも、二人は頷いた。


 午前は、オーバーハウ・ツォルンハウに加えて、この日教えたツヴェルヒハウ、クルンプハウ、シールハウの反復練習に重点を置いた。



 いったん昼食を挟んで、午後に鍛錬を再開する。

 晴美は、さらに一歩進めることにした。


 まず、仙道にオーバーハウで斬りかからせ、自らもオーバーハウで受けてみせる。


「ここで双方の剣がぶつかって止まってるわね。この状態、『ビンデン』から攻撃をつなげていく、っていうのが、ドイツ剣術の攻防になるわ」


 いったん剣を止めて、晴美は二人への説明を始める。


「この状態で何が起きるか、っていうと、互いに剣を左前に伸ばしているでしょう? だから、そこからさらに、左に、前に、敵の剣を押しのけて、攻撃の隙間を作ろうとする」

 そういいつつ、晴美は仙道の剣を軽く押す。

「仙道君も押してみて……こういう押し合いへし合い状態を打開する手立てがいくつかあるの。まず、敵の剣からいったん離れる技から行くわね。仙道君、私の剣をもっと左下に押し下げて」

 仙道は、晴美に言われたとおりに剣を押し下げる。


「こうやって押されちゃった場合……逆に、下が空くわね? だから、その下の空間から……」

 晴美は、自らの剣をいったん下ろして仙道の剣から離すと、すかさず左上に持ち上げて「雄牛の構え」を取る。


「これで、自分から見て敵の左側を狙える状態になる。こうやって、敵の剣に押し下げられたところで、下から自分の剣を回り込ませて攻撃を通す技を『ドゥルヒヴェヒゼルン』、強いて訳せば『抜き通し』、かしらね? っていうの」

 その説明に、二人は頷く。


「次に、仙道君、今度は、剣を手前に戻しながら力をかけて」

 再び剣を交えた状態から、仙道は剣を自らの方に寄せて晴美の剣を押す。


「この状態、仙道君は自分の方に剣が寄ってるから力が入りやすい。私は、切っ先が遠くなっちゃって力も入れにくい。けど、ここで、もう刀身があんまり残ってない状態になってると……」

 そう言うと、晴美は自らの剣をいったん持ち上げて、仙道の剣の左側に突きつける。


「こういう風に、自分の剣を跳ね上げて、敵の剣を飛び越す、っていう技が使えるわ。これが『ツッケン』、ぴくっとけいれんする、っていう意味ね。切っ先をそういう風に動かすから」

 その説明にも、やはり二人は頷いた。



「あと、押し合いへし合いのままで攻撃を作る方法も教えるわ。仙道君、また、私の剣を強く押して」

 剣を交えた状態から、仙道は晴美の剣を強く押す。


「これ、押しつける圧力が強いでしょう? こう来られてるときに、剣を……こうする」

 こうする、といって、晴美は自らの剣の向きをわずかに変えて、仙道の剣と顔の間に切っ先を差し込んでみせる。


「このまま仙道君が剣を押し続けたらどうなるかは……わかるわよね? こういう風に、押された状態から剣の向きを変えて、逆に相手に攻める筋を作る。こういう技を『ドゥプリーレン』っていうの。英語で言うと『ダブル』ね」

 そう説明を続けたものの、今度は、仙道も和葉も頷く気配がなかった。


 晴美は、かまわず説明を続けることにした。


「それから、今度は、逆にあんまり押し込もうとしないで、定位置をキープする感じにして」

 仙道は、晴美の指示どおりに剣を固定する。


「逆に、こういう風に押されていない感じのときは……柄を持ち上げて、切っ先を下向きにして、剣は触れたまま、反対側にねじり混む」

 そう言いつつ、晴美は自らの剣を操り、仙道の剣の右側から左側へと刀身を移し替えた。


「こうやって、自分から見て右前に押してる仙道君の、左側に剣を持ってきて位置関係を変える。こういう技を、『ムーティーレン』、『変化』っていうの」

 仙道と和葉は、明らかに眉をひそめていた。


 つばぜり合いの状態から剣を器用に操り位置関係を変える。単に実践するだけでも容易ではない。まして実際の戦闘でそんな技を使うなど――


「まあ、この辺の技は、人によって解釈が違うくらいだし、実戦でしっかりできたら立派なものだから。こういう理合もある、っていうくらいに理解して、つばぜり合いの打破、っていうのも練習していきましょう」

 そう言ってはみたものの、二人の表情は硬い。


(やっぱり……私の指導じゃ……)


「おう、ハルミ! 面白ぇことやってんな!」

描写するのも難しいドイツ剣術の応用技。

教えるのにも難渋する晴美さん。見せられても当惑するしかない仙道君と和葉さん。


そんな彼らに声をかけてきたのは――

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