6. 止めなさい!
味方キャラ、登場です。
「止めなさい!」
鋭い声が神殿の空間を引き裂いた。その声の主は、ソファから立ち上がり、由真を押さえつける兵士たちを鋭く見据えていた。
「今すぐ彼を解放しなさい。さもなくば、ただでは済ましません」
彼女――相沢晴美の声を受けた兵士たちは、しかしその手を放しもしなかった。
「言っただけではわからないようですね……この蛮族どもは」
そういうと、相沢晴美は腕を伸ばす。
「……【アイゼスシュヴェアト】!」
高らかな声とともに、空中に長いつららが現れ、由真の腕をねじ伏せていた兵士の肩を貫いた。
「ぐあっ!」
「なっ、何をする!」
兵士が悲鳴を上げ、ドルカオ司教は焦りをあらわに相沢晴美に叫ぶ。
「それはこちらの台詞です、司教猊下。【アイゼスヴァント】!」
次の瞬間、ドルカオ司教の目の前に氷の壁が現れる。身を乗り出しかけた司教は、その壁に激突してうずくまった。
「なっ、なにしてるんだ相沢!」
すぐ隣に立っていた平田が、相沢晴美につかみかかる。
「なに、って……敵に反撃してるだけだけど?」
相沢晴美は、平然と、かつ冷然と応じた。
「て……てき? お前、なに言って……」
「平田君、あなた、……あの司教の言うこと真に受けてたの? それとも、『勇者様』として独善にでもかられた?」
相沢晴美は、強烈な毒舌をもって平田に応じた。
「とにかく、早く渡良瀬君を解放しなさい。さもないと、次は心臓を刺すわよ?」
一人がすでに肩を刺された状況に面して、兵士たちは由真から離れた。
「それで、平田君は、あの司教におだてられて、魔王退治にすっかり乗り気、って訳ね? おそらく、椅子に座らせてもらってたAクラスの5人も同意見で、Bクラス、Cクラスにされたみんなは、それに逆らうことができない。そういう図式ね?」
そういって、相沢晴美は冷笑とともにクラスメイトたちを見下ろす。
「長々説明をするつもりはないわ。私は、あの司教の言うことをひとかけらも信用できない。だから、私は渡良瀬君の味方になって、あの司教と、そこの王子殿下に対抗するわ。みんなが委員長について行くなら……私が敵になってあげる」
その瞬間、その場の全員の表情が凍り付いた。
「って、相沢さん、今、魔法使ったよね?」
Aクラスの一人、桂木和葉が相沢晴美に問いかける。
「ええ。『氷の姫神』っていうギフトがある、っていうから、氷の剣と氷の壁をイメージしてみたら……あっさり成功した、ってだけ。どうやら、この世界の『ギフト』って、とても強いみたいね」
その言葉を発したのが、クラス最高の「デュアルSクラスギフト」を持つ相沢晴美だという事実が、この場の全員に重くのしかかる。
彼女が二つ持つギフトの一つ「氷の姫神」。それは、一切の事前準備なしに氷結の戦闘魔法を放つことを可能にするほどのものだった。「ギフト」の有無とその水準。その意義と価値が如実に示された形である。
「そういうことだから。桂木さんも、他のAクラスの人たちも、椅子に座って十分休息は取ったでしょう? どこからでもかかってきていいわよ? どうやっても、私と渡良瀬君を阻むことなんてできないと思うけど」
「っざけんな相沢!!」
相沢晴美の冷たい挑発に、毛利剛が顔を赤くして身を躍らせた。柔道部員の屈強な身体が少女を襲う――とそのとき、黒い影が毛利の前に現れる。
次の瞬間、毛利は背負い投げのような形で床に転ばされていた。そのとき初めて、クラスメイトたちは、毛利を押さえ込んでいる男子生徒――仙道衛の姿を認識した。
「せ、仙道!」
Bクラスとされた男子が叫ぶ。
(大内刈から大内股への連絡……あれは素人じゃない)
他ならぬ由真は、仙道と毛利の応接を冷静に観察していた。
仙道は、強引に踏み込んだ毛利の左足を自らの右足で払って体勢を後ろに崩した上で、反射的に前に戻ろうとする動きをとらえて、毛利の左脚を素早く払い上げて投げ飛ばした。
王道の連絡技。柔道部員を相手取り、その体勢の隙を巧みにとらえてみせたバスケ部員。その存在が、由真の興味を引く。
「なっ、仙道、なんで……」
「俺の『ギフト』、『守護者』とかいう奴のせいだろう。相沢を『守護対象』と判断したんじゃないか?」
声を引きつらせる毛利を押さえつけたまま、仙道は淡々と答えた。
「俺は、相沢の意見に賛成だ。いくら危険な状況だといっても、渡良瀬を見捨てていい理由にはならない」
仙道の言葉に、Sクラスの二人、相沢晴美と平田正志がいずれも目を見開いた。
「なっ、ちょっと待て仙道! 今、仲間割れしてる場合じゃないだろう!」
平田は、鋭く叫んで仙道につかみかかる。
「『仲間割れ』? クラスメイトの渡良瀬君を殺そうとしている人の口から、そんな言葉を聞くとは思わなかったわ」
相沢晴美は、表情と口調の温度を一段と低下させる。
「な?」
「そうでしょう? 魔王だかなんだかが跋扈していて、私たちの訓練すらろくにできない、って言われてる環境。そこに、ギフトがゼロとか判定された渡良瀬君を一人で放り出したら……絶対に死んじゃうでしょう? つまり平田君は、クラスメイトという仲間であるはずの渡良瀬君を殺そうとしている、ってこと。平田君に賛同する、他のみんなも、ね」
相沢晴美は、そういって掌をかざす。
「39人がかりで渡良瀬君を死地に放り出す、っていうのも立派な『仲間割れ』。『弱い者虐め』。いえ……『未必の故意』による『人殺し』よ。仙道君が賛同してくれるなら、他の37人と私たち3人かしら? それで『仲間割れ』する方が、私にとっては絶対的に正しいわね」
その言葉に反発できる者は、「他の37人」の中には皆無だった。いきなりの「異世界」で魔法を自在に操る相沢晴美。柔道部員を柔道技で制圧できる仙道衛。この二人を敵に回したらどうなるか。彼我の力関係は、全員にとって明白だった。
「さて、そんな話はさておいて……女神官さん、確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はいっ! あ、あの、なんでしょうか?!」
相沢晴美に振り向かれた女神官は、引きつった声を上げた。
「渡良瀬君の『ステータス』は、正確には?」
「はい、あの……彼女のステータスは……ヨシマサ・ワタラセ、性別は女、レベル0、ギフト『ゼロ』……です」
その答えに頷いて、相沢晴美は床に転がされていた由真に近づく。拘束は解かれていたため、由真は立ち上がって彼女を待つ。
「渡良瀬君……背丈、縮んでる……わよね?」
眼前にたどり着いた相沢晴美の目を見上げて、由真もその事実を認識させられた。
相沢晴美は身長170センチ近くと女子としては長身だったものの、由真はそれでも彼女よりは身長があった。しかし今、由真は相沢晴美をはっきりと見上げている。由真は直立し、相手も背伸びなどはしていない。
「学ランも、ぶかぶかだし……それに……」
相沢晴美は、由真の身体、頬、胸部などに触れる。
「渡良瀬君、あなた……女の子になってる……のよね?」
本作は、「渡る世間は鬼ばかり」というコンセプトにはしないつもりです。
ちなみに、「アイゼスシュヴェアト」は「Eises Schwert」(氷の剣)、「アイゼスヴァント」は「Eises Wand」(氷の壁)です。