68. 備える由真
ただでさえ俺TUEEE人が、さらに備えを図ります。
晴美たちは、兵団への不採用こそ決まっているものの、砦からは追い出されていなかった。
C3班は、王国の庇護下から追われ、「初期教育」修了後に王国軍に採用される対象からも外された。
しかし、ユイナの計らいにより、彼女たちは第13中隊に組み入れられたという扱いとされた。
B・Cクラス32人の居住区画は、元々男女が別れていたため、このグループの女子全員が属するC3班は、引き続き同じ区画に居住している。
そのような状況で、「勇者様の団」を巡る情報も、一応は入る環境にあった。
盛夏の月20日月曜日の午後に、アルヴィノ王子はドルカナ経由でセプタカに到着する。そこで聖剣「マクロ」が「勇者」平田正志に下賜されて、翌日火曜日に「勇者様の団」がダンジョンに入る。
その際に、今回と同じメンバー、すなわち晴美・仙道・和葉にユイナとゲントが「斥候部隊」として先行することになった。
その「部隊」には、晴美とユイナとゲントの3人の意向により、由真も参加することが認められた。
「曙の団」の天幕に滞在している由真も、その3人のルートで話を聞かされた。
「平田君が聖剣を持ったら、何をされるかわからない。……和葉の身に何かあったら申し訳ないから……」
「聖剣があれば大丈夫……とは思うんですけど、ダンジョンの中ですし、あの、やはり、最強の戦力についてきてもらわないと……」
「あのアホ王子と勇者様とやらに手柄独り占めさせるなんざ、しゃくだからな。せっかくだ、ユマも派手に暴れてやれ」
三者三様のその言葉に、由真は、わかりました、と答えるしかなかった。
そのダンジョン入りまでの間、由真は「哨戒任務」を買って出た。
敵は、ゴブリンやオーガをダンジョンの外にも出している。それによる「情報収集」を許せば、それだけ敵を利することになる。
そのため、由真が砦の周りを巡回し、出現するオーガやゴブリンを殲滅する。
神殿側は、「冒険者ギルド」に拾われた「雑兵」が「見張り」をするという提案に、特に反応は示さなかった。
晴美とユイナとゲントの3人は、体力温存を求めたものの、由真は「大丈夫ですから」といって断った。
その「哨戒任務」。
由真は、ボランティア精神からそれを買って出た訳ではなかった。
(無系統魔法、もう一歩先に進められるはず)
この世界に来て与えられたスキル「無系統魔法」。
それが「滅びと再生の魔法」だというのなら――「形あるもの」を「消す」こともできるのではないか。
これまで由真は、神殿側が仕掛けた魔法の解呪、ユイナの光系統魔法の模倣再現、「ゴブリンのミンチ」の土への変化、オーガの自己再生能力の無効化には成功している。
「『無』系統魔法」というだけあり、「マ」や「ダ」を消すことはたやすく、「ラ」や「ア」であっても介入は可能だった。
そこから一歩を進めて、「有体物」を「無」に帰する。これが可能になれば、「最終決戦」に向けた強力な武器が手に入る。
この先に待つであろうアルヴィノ王子率いるノーディア王国との「戦い」も有利に進めることができる。
由真は、腰を据えて「気功法」に取り組むことにした。
体内の「精」を臍下丹田で練る「練精化気」。
それで練られた「気」を胸の奥の中丹田でさらに練る「練気化神」。
さらに練られた「神」を眉間の奥の上丹田で練り上げて至る「練神還虚」。
形意拳などの中国武術とも深い関係にあるそれ。
しかし、この「異世界召喚」を受けてからは、女体化に振り回され、武術を中心とする身体能力の回復を余儀なくされ、神殿側との「神経戦」も続いていたこともあり、そちらには手が回っていなかった。
しかし、自らに与えられた「魔法」の能力を高めるには、この「気功法」は欠かすことができない。
水曜日の夜は、ダンジョンから現れるものはなかった。
翌日になって、オーガ1体が率いるゴブリン11体が、ダンジョンを出て砦に進んできた。
由真は、ゲントからもらった棍棒を手に、敵の集団を待つ。
距離100メートルを切ったところで、棍棒をゴブリンどもの身体に向けて「ア」の消失を思念してみる。
しかし、ゴブリンといえども「ダ」を持ち「ラ」を帯びている以上、簡単には消えてくれなかった。
(まあ、当然かな。それじゃ、次は……)
50メートルまで近づいたところで、敵も由真の存在に気づいた。
「人がいるぞ!」
「ギィ!」
オーガとゴブリンの叫び。
由真は、駆け出すと同時に、オーガの眼前とゴブリンどもの中心の2箇所で光系統魔法の「発光」を発動する。
この女体でも、50メートルほどの距離を詰めるのは簡単だった。
オーガとの間にゴブリンが3体。
由真は、鑚拳の要領で棍棒をゴブリンの身体に突き上げた。
接触の瞬間に思念を集中させると、その箇所が物理的に消える。そのまま棍棒を引き上げると、そのゴブリンの胴は真っ二つに切り裂かれた。
「ぐっ、きさま……」
オーガがうめく。眼前まで迫った敵に気づいたらしい。
術を練る時間の余裕などない。
由真は、空いている左手をかざし、ウィンタが使った「風刃」を打ち出す。
「ぐあっ?!」
「真っ二つに切り裂く」とは行かなかった。それでも胴体の右半分が裂かれていた。
すかさず敵の「ダ」を封じ、自己回復能力を無効化する。
(後は雑魚狩りだ)
1体目のゴブリンと同じ要領で、正面にいたゴブリン2体を立て続けに切り捨てる。
自己回復能力を失ったオーガは、その頃には地面に倒れた。
指揮官を失ったゴブリンは、夜目が未だ回復しない状態で、闇雲に武器を振るってきた。
これがただの少女なら、いや、並の冒険者だったとしても、前後左右から武器を振るわれては、無事では済まない。
しかし、このゴブリンどもが面していたのは、そのような器ではなかった。
残敵8体のうち5体が武器を振り下ろす。それに先んじて、由真は前方に踏み込みつつ1体を切り捨て1体に棍棒を突き刺す。
もはや何もなくなった空間を、残り3体の武器がむなしく切っていく。
由真は、さらに前方で銅剣を構えていたゴブリン2体を射程圏に入れていた。
もう1歩踏み込んで後ろとは距離を取りつつ、その2体を切り捨てる。
残敵は3体。間合いは「一足一刀」より離れている。
由真は、棍棒を横なぎに振るいつつ、「身体消滅」の思念を込めて「風刃」を打ち出す。
次の瞬間、3体ともに胴を切り裂かれた。
(残敵は……)
念のために光系統魔法で索敵を図る――と、300メートルほど先で、1体が走っていた。
その向かっている先は――ダンジョンだった。
慎重すぎる――とは行かなかった由真ちゃん、ケアレスミスです。