64. デビュー戦
ようやっと、デビュー戦です。
2年F組の「勇者様の団」がセプタカの砦に入ったのは11日土曜日の午後だった。
それから14日水曜日までの間の戦果は、「オーガ合計5体・ゴブリン合計79体撃破」だった。
うち、「オーガ3体」は「曙の団」が(由真が術で支援して)倒した分、それ以外は、全て由真の仕事だった。
肝心要の「勇者様の団」は、未だ何の戦果も上げていない。これでは、アルヴィノ王子の「ご視察」以前の問題だった。
晴美・仙道・和葉の3人は「主力」から「追放」された。ということで、この3人を「勇者様の団」の「偵察部隊」として、ダンジョンの偵察を命ずる――という件が、兵団指揮官から「下知」された。
その3人に、神殿側はユイナ、そして「曙の団」からはゲントが加わって、5人でダンジョンに潜ることになった。
「もう滅茶苦茶だな、王国も神殿も」
ダンジョンに向かう道すがら、ゲントがユイナに言う。
「私も、もうあきらめました」
ユイナはそういって苦笑する。
「ところで、この3人は、『勇者様の団』と比べると、どうなんだ?」
「腕は上です。カツラギさんはスピード型、センドウさんはバランスがとれてますね」
「聖女騎士さんは?」
「光系統魔法と氷系統魔法、いずれもレベル10です。大地母神様がお認めになったクラスは、伊達じゃありません」
「なら、ユマを休ませてても安心だな」
セプタカに到着して以来、この地における「戦果」の大半を一人で上げた由真。
この日は、彼女に休息を取らせる。今回の混成部隊が編成されるに当たって、全員がそれに合意した。
由真は、戦い続けている以前に、そもそも睡眠もきちんととれていない。
ダンジョン攻略を本格化させるなら、由真のコンディションをベストに整えるのは、彼らにとっては当然のことだった。
ダンジョンに入ると、第一層はスライムがうろついているだけだった。ユイナが光系統魔法を使うと、スライムたちは忽ち逃げていく。
続く第二層。ここには、スライムの姿はなく、そしてゴブリンすら姿を見せない。
「ユマが80近くつぶしたから、連中も壊滅した……ってんだといいんだがな」
そんな軽口を叩くゲントの顔は笑っていない。簡単に警戒を緩めるような者が、A級冒険者になどなり得るはずがない。
やがて彼らは、洞窟の分岐点にさしかかる。と、ユイナが、あっ、と声を上げる。
「ゲントさん、両方とも10体強の群れがいます。どちらも大柄がついてます」
声を潜めつつ、ユイナは言葉を続けた。
「それは……どっちもオーガで、背後に回り込む、って算段か?」
「おそらくは」
「ってこたぁ、ここで待っててもらちはあかねぇか」
「このまま進めば、オーガとゴブリンに、背後から襲われる可能性が高い、ってことですか?」
ゲントとユイナの会話に、晴美は割って入ることにした。
「ああ。幸い、ユイナが光系統魔法で索敵できるから、前も後ろも動きはわかる。オーガはともかくゴブリンは、備えてさえいりゃ、後ろから来てもどうってこたぁねぇ」
「それは……ただ、私たちは、実戦経験が、全くないので、戦える保障が……」
晴美はゲントに率直に言う。
彼女たちは、兵士たち相手の「遊び同然」の訓練しか受けていない。この洞窟で、「挟み撃ち」の危機に直面している、と聞かされては、不安を抑えることも難しい。
「こればっかりは、しょうがねぇ。誰だって、デビュー戦ってもんはある。なに、俺たちには『神官レベル45』サマがついてる。こんな恵まれた『デビュー戦』はねえ。お前たちは、安心して腕を振るえ」
ゲントにそう言われて、晴美は、わかりました、と応えるしかない。
仙道と和葉とともに、洞窟を先に進む。
前方にも後方にも、オーガが率いるゴブリンの群れがいて、自分たちを挟み撃ちにしようとしている。
暗く湿った空間で、未知の経験にさらされて、晴美の神経はさすがにすり減ってくる。
「前方300メートル先、オーガ3にゴブリン13。後方は400メートル先で、オーガ2にゴブリン11、この道筋に入りました」
索敵していたユイナが告げる。
「前に進んで各個撃破だな」
ゲントの言葉に、ユイナも晴美たちも頷く。
敵の2集団は700メートルの距離を置いている以上、「各個撃破」が最善策だ。
彼らは、前に向かって歩みを速める。
「前方は100メートルを切りました。後方はおよそ450メートル……っ! 後ろが走り出しました! 前も来ます!」
ユイナの声に、全員に緊張が走る。
「ユイナは索敵やめ、前に魔法攻撃だ。センドウはユイナをガード。ハルミとカズハは後ろに備えろ。俺はまず前に当たる」
すかさず指示を下すゲント。それを受けて、晴美は和葉とともに後ろに注意を向ける。
「来たぞ!」
「『風よ輝く水をまといて敵を討て』、【霧雨の嵐】!」
ゲントの声に、ユイナはすかさず詠唱する。
直後、細かな光の粒が吹雪のように前方に飛ぶ。駆け寄ってきたゴブリンどもが、次々と切りつけられて倒れていく。
「ユイナさん! 氷系統魔法、使うわよ!」
「お願いします!」
それまで神殿側に「忖度」して封印していた氷系統魔法。その使用について、一応ユイナに断りを入れる。
「氷の剣を仕掛けるわ。和葉、取りこぼしはお願い」
「イエスマム!」
――妙な返事とともに、和葉は剣を抜いて「屋根の構え」を取る。そこへゴブリンどもが駆け寄ってきた。
「『ブラーゼン、ウント・トラーゲン・ディー・アイジゲン・シュヴェアテア!』(風よ吹き氷の剣を飛ばせ)」
晴美は、呪文をドイツ語で詠唱する。
日本語を標準ノーディア語に変換してしまう「標準ノーディア語翻訳認識・表現総合」のスキルも、ドイツ語は通さない。
それ故に、内容が秘匿でき、「言霊」の神秘的効果も期待できる。
「【飛剣】!」
その宣言とともに、4本の「氷の剣」が宙に浮かび、風に乗って敵に向かう。
いずれもゴブリンの体を貫いたものの、それをかいくぐって2体ほどが踏み込んできた。
「グロースDPS!」
和葉が叫び、右から踏み込み切り下ろして1体を、そこから左後ろに退きつつ1体を斬って捨てる。
これで後方はオーガ2体のみとなった。
「後方はゴブリン全滅! 残敵はオーガ2!」
前方で戦う3人に向けて、晴美は叫ぶ。
「前方もゴブリン撃破! オーガ1と戦闘中!」
「こいつらは回復が速え! 手足を切り落として魔法で仕留めろ!」
ユイナの返答にゲントの声が重なる。
「了解」
そう答えて、晴美は和葉とともにオーガに向かう。
「ゲントさんのアドバイスどおり、和葉は手足を落として。私が氷で仕留める」
「イエスマム!」
――和葉の妙な返答にいちいち反応している余裕はなかった。大きな足音を響かせて、オーガ2体が迫ってきた。
「こしゃくな人間どもが」
「ゴブリンでは雑兵の役にも……」
「エンゲージ!」
和葉が叫びつつ踏み込み、前にいたオーガの右腕をオーバーハウで斬った。ツォルンハウの要領で左手も斬ると、そのまま退く。
「【氷槍】!」
その個体を狙い、晴美は氷の槍を2本作り、1本は頭から腰に、もう1本は胸部を、十字形に貫いた。
「氷系統魔法だと?! おのれ人間!」
残った1体は、怒りをあらわにハンマーを振り上げてきた。
和葉が素早く後退した直後、ハンマーが地面に激突する。
「あれはリーチがある。和葉は下がってて」
「晴美さん! 晴美さんも下がって!」
晴美の言葉に和葉が叫ぶ。
しかし、それはできない相談だった。このオーガに「後ろ」を取られた彼女たちは、これを撃退しない限り帰ることすらできない。
その相手がハンマーを持っている以上、リーチのある槍を持ち、遠距離攻撃のできる魔法を使う晴美が前に立つのが合理的だった。
「【氷槌】」
敵の頭上に氷塊を作り落下させる。しかし、敵はそれに素早く気づき、自らのハンマーで氷塊を粉々にした。
「甘いわ人間! 魔法の氷など、俺には効かん!」
叫びつつ、オーガは晴美にハンマーを振り下ろす。
(なるほど。それなら……)
すり足で後退しつつ、晴美は素早く次の手を構想する。
「つぶれろ人間!」
再び振り下ろされるハンマー。晴美は、自らの槍でその柄を叩く。
「なっ! おのれ……」
驚きとともにハンマーを握り直して、眼前にある晴美の槍を狙おうとするオーガ。
(【発光】!)
言葉には出さずに、晴美は槍の穂先で発光の術を発動する。
敵側のみに指向されたそれは、敵の視野のみを奪う。
動きの止まった相手。その一瞬の隙を突き、晴美は踏み込みつつ槍を胴部に突き刺した。
「こんなもの、俺には……」
「……【氷嵐】」
オーガの胴に突き刺された槍の穂先から、晴美は「氷雪の嵐」の魔法を発動した。
正面から氷雪を放ち凍結と斬撃を与える術。それを体内で発動されて、オーガは口から血を吐いて絶命した。
「和葉、念のため……こいつの首を落として」
氷の槍で貫かれた方の個体に目を移しつつ、晴美は和葉に言う。
「イエスマム!」
応えた和葉は、そのオーガの首を斬り落とした。
「後方は殲滅完了!」
そういって、晴美は前方に目をやる。オーガ2体がすでに地面に倒れ、残り1体の胴をゲントが、首を仙道が、同時に斬った。
「こっちも終わった! やるじゃねえか、聖女騎士サマ。女二人だけで、そいつら全滅たぁな」
剣についた血を落としつつゲントが言う。
「和葉もいてくれたので、なんとかなりました」
そう言葉を返して、晴美はようやく安堵の息をついた。
いわゆる「レイド」、初戦勝利です。
ちなみにドイツ語呪文は…
「ブラーゼン、ウント・トラーゲン・ディー・アイジゲン・シュヴェアテア」 "Blasen, und tragen die eisigen Schwerter."
「フルークシュヴェアテア」 "Flugschwerter"
「アイゼスシュペーレ」 "Eises Speere"
「アイゼスハンマー」 "Eises Hammer"
「アイゼスシュトルム」 "Eises Strum"