61. 戦場のホームルーム
出発前のとき以来、2度目のホームルーム。話はまとまるのでしょうか。
翌朝。
2年F組の面々は、異世界召喚から2度目、このセプタカに来てから初のホームルームを開催した。
「C3班は、まだ誰も来てないのか?」
壇上についた平田正志が問いかける。C3班に属する6人は、誰一人としてこの部屋に姿を見せていなかった。
「しょうがない。先に始めるぞ」
そういって、平田は室内にそろった33人を睥睨する。ちなみに、由真もここにはいない。
「俺たちは、ダンジョン制圧のために、このセプタカに来た。そして、班に別れて、それぞれの任務に当たっている」
平田が口を切る。クラスメイトたちが向ける目線は、疲労を帯びて熱量が低い。
「もう聞いたかもしれないが、他ならぬ俺たち、SとAのチームが、昨日、内輪もめを起こしてしまった。本来なら、ここで先陣を切って戦果を上げないといけない俺たちが、こんな醜態をさらして、ほんとに申し訳ないと思ってる」
そういうと、平田は頭を下げた。
「申し訳ない、って、謝るのは平田じゃねえだろ。なあ、相沢?」
前列を占めていた毛利剛は、そういって相沢晴美を名指しする。
「相沢が、出陣したくねえ、ってキレて暴れたせいで、俺らは昨日足止め食らったんだ。俺らに真っ先に謝んなきゃなんねえのは、おめえだろうが、相沢よお」
毛利が言葉を続けると、クラスメイトたちの目線は晴美に集まる。しかし晴美は、冷然として眉一つ動かさない。
「おい、コラ、なんか言ったらどうなんだよっ!」
野太い声とともに、毛利は机を強く叩く。それでも、晴美の表情は変わらない。
怒声と衝撃音。その一瞬の余韻。それは、穏やかなノックの音で破られた。
「失礼します」
女性の声とともに、部屋の扉が開かれる。そこに現れたのは――由真とC3班の6人だった。
「お前たち、遅刻だぞ。なにやってたんだ」
その姿を認めるや、詰問の声を上げる平田。C3班の6人は、一瞬顔を見合わせる。
「あたしたちは……由真ちゃんに、護衛を依頼することにしました! その相談をしてたんです!」
6人を代表して、島倉美亜が口を切った。
「は? ごえい? なにをいって」
「あたしたちC3班は、夕べ、上からの指示で、砦の外に野営させられました。そのテントに……『魅惑』の香水、っていう、魔物をおびき寄せるものがしみこませてあって、あたしたちは……オーガとゴブリンの群れに、襲われました!」
その言葉を聞いて、クラスメイトたちにざわめきが走る。
「あたしたち、C3班は、今回の『任務』で、オーガとゴブリンに殺されるとこでした。けど……由真ちゃんが来てくれたおかげで、あたしたちは、こうして助かりました!」
「……由真ちゃんが、オーガ2体とゴブリン27体を、一人で殺した。おかげで、C3班は助かった」
悲鳴に近い美亜の声を、平坦な――それ故に冷静に聞こえる七戸愛香の言葉が補う。
「オーガ2体とゴブリン27体?」
「渡良瀬が……一人で?」
「けど、C3のあいつらで、戦える訳ないし……」
「確かに、渡良瀬なら……」
クラスメイトたちは、由真の「実力」をすでに見ている。
実戦形式の試合で、由真は、和葉の剣をいなし、毛利の巨躯を投げ飛ばしていた。
「いくらなんでも、あたしたちを殺そうとするなんて……許せない! 絶対に許せない! もう、班の任務とか、そんなの知らない!」
「C3班を殺そうとした人とは、もう意思疎通できない」
美亜と愛香の言葉に、クラスメイトたちの目は平田に移る。
「ここにいるだけでも命が危険。だからあたしたちは、『腕利き』の由真ちゃんに、護衛をお願いした。あたしたちを殺そうとする人は、由真ちゃんに返り討ちにしてもらう。目には目を、歯には歯を。殺すつもりなら、由真ちゃんに殺してもらう」
そういうと、愛香は平田をまっすぐ見据える。
「なっ、ちょっ、ちょっと待て、七戸。何の話だ? 俺は、何を言ってるのかさっぱりわからない」
「それ、犯人が空とぼけるときの典型的な台詞」
愛香の指摘に、クラスメイトたちの目線が強まる。
「何を言ってるのかさっぱりわからない」。それは、確かに「犯人」が「空とぼける」場面で使われる常套句に聞こえた。
「んの野郎! クソアマ! っざけんな!」
そこに上がる罵声。毛利剛が、額に青筋を浮かべて立ち上がり、愛香たちに向かって駆け寄って――
「ぐはっ!」
次の瞬間、その巨躯は床にたたき落とされていた。その右腕は、由真の手に握られている。
眼前に現れた由真に仕掛けられた投げ技を、毛利は認識すらできなかったようだった。
「な……」
そんな声が漏れた、ちょうどそのとき。再び扉がノックされた。
「済みません、遅くなりまして」
そんな言葉とともに姿を見せたのは、ユイナだった。
「ちょっと報告などがありまして……って、どうしたんですか? これ?」
壇上に立つ平田。その平田に不信の目を向けるクラスメイトたち。ことに、じっと立ったまま平田に相対するC3班の面々。
それが、平静な「ホームルーム」の光景であろうはずもない。
「昨日の今日で、また騒ぎですか? ダンジョンを前にしているんですから、とにかく冷静になってください」
ユイナは、ため息とともにそういって、壇上に向かう。
「ああ、ちょうどよかったです、勇者様。C3班の6人、こちらに貸していただけませんか?」
ちょうど平田と向き合っていたユイナは、微笑を浮かべてそう切り出す。
「……は?」
「いえ、昨日もお話ししたとおり、ここに来ている兵団は、後方の事務処理能力が壊滅してまして、私、ずっとそちらに煩わされたままなんです。……C3班の皆さんは、計数管理など、そういう類の仕事に秀でていますから、私の代わりに、後方支援業務をお願いしたい、と思いまして」
「いや、それは、……モールソ神官とかに、頼む話じゃ……」
「そのモールソ神官から、皆さんの任務に関することは勇者様に聞くように、と言われてまして」
ユイナは、平田の言葉に間髪入れずに切り返す。
「私としてはですね、昨夜も調達物資の見積もりとかが残ってまして……C3班を夜警に回されるくらいなら、こちらの仕事を手伝ってほしい……と思っていたのですが。……来週には『ご視察』もあって今後事務量が増えますので、融通、お願いしますね、勇者様」
2年F組の面々にとって「担任教師」のごとき存在だった女神官ユイナ・セレニア。
彼女が、「勇者様」に「C3班の運用」を初めとする「クラスの人事全般」のことを「申し出る」。それは、「この場の力関係」を端的に示す図式だった。
この場の「決定権」を掌握しているのは、「勇者様」こと平田正志だ。
C3班が夜警に回されたこと、そこで罠にはめられて「死地」にさらされたこと。それらを巡る「決定」を行ったのも――
「いや、その……」
口ごもる平田。彼を見つめるクラスメイトたちの目線は、今や疑念に支配されていた。
戦場で、冷静なお話し合いなど成り立つ訳もありませんよね。
年末年始も終わったので、販促()はここまでにして、今日から1日1回更新に戻します。