60. 夜、晴美の部屋にて
そのまま各自の部屋でゆっくり熟睡―とは行くはずもなく…
ユイナは、ゲントとサニアの二人とともに会議室の一つに入った。
C3班は砦の中に割り当てられた部屋に戻る。
同室だという美亜と愛香は、晴美の部屋に招かれていた。
「暗くて全然見えなかったんだけど、ゲントさんたちと駆けつけたら、ゴブリンどもが死屍累々!」
「由真ちゃんが、剣と魔法と中国拳法で無双してた。さすが由真ちゃん、さすゆま」
二人は興奮をあらわに語り、そして息をつく。
「けどさ、なんか、ゲントさんたちから言われたんだけど、あたしらのテントに、『魅惑』の香水がかけられてたんだって」
「あたしたちの任務って、実はただの『生け贄』だった」
そのことを打ち明ける。それだけでも、二人には勇気のいることだったのだろう。「景気づけ」に由真の活劇を語って、それでようやく決心がついたようだった。
「な、なに……それ……」
「そこまでするの?」
それを聞いて、晴美と和葉は、さすがに驚きをあらわにする。
「ユイナさんは、『栄光の白鷺』とC3班が夜警に当たる、としか聞いてなかったみたいだから、当然、この話は知らなかったはず。モールソ神官の指示か、王国軍の判断か、『栄光の白鷺』がやったか。……たぶん、全員が『知らぬ存ぜぬ』を押し通すと思う」
「って、由真ちゃん、冷静だね」
自らの見解を披瀝した由真に、和葉がため息交じりで言う。
「まあ、僕は初日から殺されかけてるから」
「けど、こうなったら……いよいよ、『勇者様の団』で神殿側に協力するとか、絶対あり得ないわね」
晴美の声が低く沈む。
「平田君は、この話聞いても、『そんなこと言ってる場合か』とか平気で言いそうだよね」
――和葉の平田に対する印象は、今や最悪の極みにあるのだろう。
「今後どうなるかは……ユイナさん次第かな」
ちょうどそのタイミングで、部屋の扉がノックされる。開けると、他ならぬユイナが立っていた。
「状況は、ゲントさんたちから聞きました」
入室してきたユイナは、開口一番にそういった。
「こういう状況でなければ、相応の術式を使ってでも調査するところですけど……無理はできません。実は、今回のダンジョンの関係で、来週……アルヴィノ殿下が、陛下ご名代の名目で、ご視察に来られるんです」
ユイナがそう言葉を続けたそのとき、室内は沈黙に支配された。
「…………は?」
やっとのことで口を開いた晴美の第一声がこれだった。
「ダンジョン攻略の視察と激励のため……ということで、あの……勇者様の叙爵なども、行われる、と……」
「要するに、取らぬ狸の皮算用で、自分が召還した『勇者』を囲い込む、と、そういうことですか?」
由真がそう言うと、ユイナは、おそらくは、と答えた。
「え? どういうこと?」
さしもの晴美も、「意図」に気づけない様子だった。
「つまり……元々、アルヴィノ王子が『私兵団』を作るためにやったのが今回の召還だった。それをエルヴィノ王子が邪魔した。だから彼らは、『初期教育』が終わるのを待った。それがちょうど終わる時期、召還者たちに立派な『功績』を挙げさせた上で、叙爵して箔をつけて、『兵団』に入れる。それが、アルヴィノ王子の狙いだよね」
由真は、晴美以外の面々も対象に、「説明」を始める。
「そんな訳だから、召還された面々は、来週には『アルヴィノ王子の精強な軍団』になってないといけない。……と、ドルカオ司教は忖度する。そして、『精強な軍団』の剪定を強引に進めようとした、ってとこだと思うよ」
「選定、って、班分けのこと? でも、C3班は……」
「ああ、和葉さん、『せんてい』は、チョイスの方じゃないよ。茶葉とかの『剪定』、無駄な枝葉を切り落とす方だね」
和葉の言葉に、由真はあえてそう言い切った。
「無駄な枝葉、って……」
「何よりもまず『ギフト『ゼロ』』の雑兵ユマ。そして、Cクラスの中から『剪定』対象として目をつけられた女子のみんな」
美亜の問いに、由真は断言をもって応える。
「ユイナさん、僕は……正直、これ以上彼らの思惑について口にしたくもありません」
そういってユイナに目を向けると、相手は、大きくため息をついた。
「私も、正直触れたくありません。『人身御供』を出して恐怖支配する、とか……」
C3班に「犠牲」が出る。それによって、「アルヴィノ王子と神殿側の期待に添えなければ『こう』なる」という恐怖を与えることで、「兵団残存」に向けた競争心をあおる。
由真には全く理解できない発想であり、ユイナもまた、それに嫌悪を隠さない。
「そんな……百歩譲って、ダンジョンを攻略しないといけないなら、そんな内輪もめを誘発する前に、それこそ『結束』させて戦力を高めるべき……って考えるものじゃないの?」
そう問いかける晴美の声は、常より高い。
「それは、晴美さんみたいな『良識のある人』の考え方だ、って、僕は思うよ」
結局、そういうことだ。アルヴィノ王子と神殿側には、徹頭徹尾、「良識」など期待できない。
「あの、私は……明朝、エルヴィノ殿下にこの件を報告します。せめて、殿下のお耳に入れないと、私は……」
「そうですね。この王国の『良識』に、最後の望みを託すべきでしょうね」
エルヴィノ王子に報告する。
ユイナに採ることのできる最強の手段。「敵」の領袖がアルヴィノ王子である以上、その手段を躊躇すべきではない。
「そんな……そんなので、あたしたち、ほんとに……戦うの?」
絞り出すような声で、和葉が言う。彼女が「パニック」を起こしたのは、実に今日の朝のことだった。
「あたしら、って、『殺されてる』扱いだったんだよね」
美亜が目を伏せたまま言う。愛香に至っては、うつむいて言葉を失っていた。
(当たり前だよな。日本の、普通の女子高生に、こんな状況、耐えられる訳がないよな)
それを見て、由真は改めて思う。
意に沿わぬ「異世界召喚」の果てに見舞われたこの仕打ち。
それを受けた彼女たちには、当然非はない。それに耐えられないのは至極当然のことだ。
その「仕打ち」を仕掛けた側。その思惑に疑いもなく与する者。
彼らは皆、その「罪」を負うべきだ。
「ユイナさん、『勇者様の団』、もう崩壊した、と扱っていいですよね?」
「エルヴィノ殿下から、直接に御命令を賜らない限りは、もう覆らないと思います」
由真の問いにユイナは頷く。
「そしたら、僕に考えがあります」
そういって、由真は、ユイナを含む全員に向かって話し始めた。
ということで、さすゆまです。一度言わせてみたかったワードです。
さて、その由真ちゃんの「考え」については―次回をお楽しみに。