59. 生け贄
前回までのバトル騒ぎの真相は―
ゲントたち「曙の団」と由真たちは、砦に向かって引き返す。
「これが、皆さんの天幕ですか?」
由真たちが使っていた天幕を見て、サニアが尋ねる。
「あ、はい、そうですけど」
「これ……ちょっと失礼……」
サニアは、眉をひそめて天幕に近寄り、箱状の器具を取り出した。
「やっぱり。マスト、この天幕、『魅惑』の香水がしみてます」
「なに? 『魅惑』だと? この状況で……こいつらのとこに、おびき寄せたってのか」
ゲントがうめき、サニアは、おそらく、と答える。
「え? 『魅惑』?」
「それ、まさか、魔物を引き寄せたりするやつじゃ……」
美亜と愛香が反応する。
「おう、嬢ちゃん、わかってるな。そのとおり。魔物をおびき寄せて罠にはめるために使うのが、『魅惑』の香水だ。そいつをたっぷりしみこませたこの天幕は……オーガとゴブリンにしてみりゃ、おいしい餌、って訳だ」
つまり。
夜警の名目で派遣されたC3班が入れられたこの天幕。それ自体が最初から魔物を引き寄せるためのものだった。
「私たち……生け贄……」
「な、なにそれ……」
愛香と美亜が青ざめているのは、夜目にもわかる。
「まあ、言いたかねえが、……そういうこと、だな」
ゲントは――若い少女たち相手に言いづらそうに――そう告げた。
「なるほど。なら、今夜だったのが、不幸中の幸いでした。僕が彼女たちに合流したのは、今日の夕方だったので」
由真は、あえてそう言い切った。
神殿側は、「由真もろとも」C3班を殺そうとしたのかもしれない。だとしても、C3班全員が「殺意」の対象とされたことは、否定し得ない事実だった。
その「殺意」から「解放された」という「結果」。それは、美亜や愛香に十分認識させる必要がある。
「ああ、そういう事情か。よかったな、嬢ちゃんたち。お前たちが選んだのは、最強の凄腕冒険者だったんだからな」
「え、あ、まあ……そうっすね……」
「うん……あたしたちの命があるのは、由真ちゃん大明神さまのおかげ……」
ゲントに言われた美亜と愛香の答えは、さすがにぎこちなかった。
「生け贄」にされたはずのC3班が、砦の中に入れるか否か。そこで一悶着あるかもしれない。
由真はそう予想していたものの、ユイナが来ていて、門はすぐに開けられた。中には、晴美と和葉もいた。
「ん? ユイナ、お前、こんなとこに来てたのか」
「え? って、ゲントさん! どうしてここに?」
――ゲントは、ユイナと顔なじみのようだった。
「俺は……仕事のついでに、この嬢ちゃんたちを拾ったんでな」
「仕事?」
「『ドルカナ周辺のオーガ及びゴブリンの常時討伐』、ドルカナの商業ギルドの常時依頼だ。セプタカのダンジョンに兵団が入る、ってんでな。って、ユイナ、お前がここにいる、ってのは……」
「その『ダンジョンに兵団が入る』件で、兵団のお世話に来ました」
「相変わらずこき使われてんな。けど、この嬢ちゃんたちを外にほっぽり出す、ってのは、感心しねぇ。嬢ちゃんたちが、たまたまこいつと契約してたからよかったけど、そうじゃなきゃ今頃オーガの腹ん中だぜ」
こいつ、といって、ゲントは由真を指さす。
「え? さっきの騒ぎ、って、もしかして……」
「オーガが攻めてきたんですか?!」
晴美と和葉が反応する。
「ああ。ま、こいつ……ユマが、オーガ2体にゴブリン27体を一人で片付けたから、嬢ちゃんたちにはけがもなかったけどな。嬢ちゃんたちは運がよかったぜ、たまたまユマと契約してたんだからな」
ゲントが言うと、晴美と和葉は言葉を失い由真を見つめる。
「あの、ゲントさん、ちなみに、『栄光の白鷺』というギルドは?」
「ん? そんなのは見なかったな」
「マスト、天幕はもう一つありました。白鷺の紋が入っていましたので、おそらくはそれかと」
ゲントの答えをサニアが補う。どうやら彼女は「曙の団」の頭脳役のようだった。
「兵団の支援は、いくつかの冒険者ギルドに外注されてます。今夜の夜警業務は、『栄光の白鷺』とこちら側の共同任務、と聞いてました。それ以上の詳細は、私は承知してないんですけど……」
「いやそんなのは、さすがに『神祇官候補生』サマが承知しとくようなこっちゃねえだろ」
ゲントは苦笑交じりにユイナに答える。
「魅惑の香水」云々は、ユイナの知るところではなかった。それを確認できただけでも、由真はほっとする。
「いえ、そうなんですけど……あの、私も、冒険者がらみのことは、放っておけなくて」
「わかるけどな。お前は、もうすぐアスマに帰るんだろ? あっちの冒険者ギルドを、よろしく世話してやってくれよ」
その言葉に、ユイナは、そうですね、と頷いた。
―真の敵は前門のオーガ・ゴブリンではなく…
なお、ゲントさん以下の「曙の団」とユイナさんは、知り合い―というより仲間です。