58. 曙の団
新キャラ登場です。
周囲を見渡すと。
草むらは、先ほど由真が火を放った箇所の他に、砦の近くでも火が燃え広がっていた。逃げる途中で愛香が放ったものだろう。
その砦から、光系統魔法の明かりに照らされた男女が近づいてくる。
人数は8人。うち2人は、美亜と愛香だった。
残り6人の気配には心当たりがない。しかし、美亜と愛香が同行しているのだから、「敵」ではないのだろう。
他方で、東からは大柄な気配が3つ近づいていた。
悲鳴と怒声が上がり、ゴブリンどもが逃げ出してきて、異変に気づいたオーガどもが様子を見に来たのだろう。
(オーガ3体……どうするかな……)
できれば、接敵前に離脱したい。とはいえ、回避不能の場合の可能性を考慮する必要がある。使える手立ては――
「おう、これは、全部お前がやったのか?」
力強い声。振り向くと、大剣を背負った壮年の男性が由真をまっすぐ見つめていた。
「ええ。しんがりとしてやむを得ず、ホブを含むゴブリンを、少々」
「少々、ってお前、20超えてんぞ。第一、そこに転がってんのは、ホブじゃねえ、オーガだろうが」
――さすがに、間近に見ればわかるらしい。そもそも、「C3班を動揺させないため」の方便も不要だった。
「そうだったんですね。気づきませんでした。ついうっかり」
「はあ、なんて奴だ……って、ちょっと待ってな。俺たちも、仕事を片付けてくる」
彼はそういうと、背負っていた大剣を抜き、男性一人、女性一人を引き連れて前に進み出る。
その先には――オーガ3体が近づいていた。
「『風よ、我に仇なす敵を討て』、【風撃】!」
女性が詠唱すると、風系統魔法がオーガどもに襲いかかる。
「こしゃくな!」
叫び声とともに、オーガが剣を振ると、「風撃」が切り裂かれる。
「【雷刃】!」
男性の声。杖の先から伸びた稲妻がオーガのうち1体を貫く。敵はそれで倒れた。
「『水よ、敵の力を抑えよ』、【水縛】!」
「『風よ、堅き巌を切り裂け』、【風刃】!」
拘束の水系統魔法に斬撃の風系統魔法。オーガ2体のうち1体は、それで右脇腹を裂かれた、
「おのれぇ!」
無傷の1体が、右手の斧を振り上げて踏み込んできた。
しかし、件の男性は、左足から踏み出して半身となりつつ、両手持ちした大剣を横に振るう。
その斬撃で、オーガの胴は真っ二つに切り裂かれた。
こうなれば、オーガといえどももはや自己回復はできない。理想的な処置とされる攻撃だった。
「うぐお……ご……」
戦闘可能なのは、「風刃」で脇腹を割かれた1体のみ。
人間ならば致命傷のダメージも、オーガにとっては――
「ぬぐお?! ぐあ?! な、治らん?!」
オーガの自己回復能力を無効化する術。
由真は、何も言わずにそれを施す。効果は覿面で、そのオーガもなすすべなく地に倒れた。
「ん? こいつ、もう倒れたか。結構効いたみてえだな」
大剣についた血を振り払いつつ、男性は言った。
「いえ、マスト、あれではまだ倒れないはずです……けど……」
風系統魔法を使う女性が、戸惑いをあらわに答える。
「マスト、オーガが、ろくに回復できてません。これは、訳がわからない……」
雷系統魔法と水系統魔法を使う男性も、呆然とした様子だった。
「……これは……おい、もしかしてこれ、お前の仕業か?」
そして、マストと呼ばれた男性は――「仕掛け人」には気づいたようで、由真にそう尋ねてきた。
「ええ。自己回復を無効にする術です。このオーガも、それで始末しました」
由真は、隠すことなく答える。
「すげえなこりゃ。俺もこの世界は長えが、こんなの見たのは初めてだぜ」
そういって、彼は由真の方に戻ってきた。
「ゴブリンどもは、素手にハンマーに剣か? で、そこのオーガは斬った上でその謎魔法。その前に矢も使ってるな。……見たとこ、そこの嬢ちゃんたちと年齢は変わらねえってのにな。お前、ひょっとして、伝説の『エルフ』って奴か?」
相手はからからと笑った。
この世界にも、「伝説の存在」としては「エルフ」がいるのだろうか、などと由真は一瞬思う。
「ま、冗談はともかく、お前、王都じゃ見かけねえツラだが、どこのギルドだ?」
――「冒険者」ということは暗黙の前提らしい。
「ああ、言いたくねえなら言わなくてもいい。なにせ、カンシアの冒険者は、6年前からおかしくなってっからな。武者修行なら、ノーディアは止めとけ。ベストナにいた方が、よほど為になる」
そういって、相手は由真の前で立ち止まった。
「俺は、セントラの冒険者ギルド『曙の団』のマスト、ゲントってもんだ。俺は、ノーディアじゃA級の端くれ。これが、ここの『冒険者』の水準、って奴だ」
相手――ゲントは、自らを名乗り、ノーディア王国の実情についても語ってくれた。
「……ユマ、と言います。ギルドには入っていない、駆け出し未満です」
――「異世界から来た」とは言わず、「冒険者を目指す者」の如く名乗ることにした。
「なんだ、お前、ソロか。昔なら、ギルドできちんと登録されてたのにな」
ゲントは、そういってため息をつく。どうやら「ソロの冒険者」と解釈されたらしい。
「ユマ、お前のその腕前なら、ソロでもやってけるだろうな。けど……できれば、頼れるタンクと腕の立つヒーラーを探して、パーティーを組め。アタッカーが増えるとなおいい。そうすりゃ、『冒険』のチャンスが一気に広がる。お前なら、『魔将』……いや、『魔王』だって倒せるかもしれねえな」
そう言われて、由真の脳裏に仙道や晴美、和葉などの顔が浮かぶ。
「それと……サニア、あれ持ってっか?」
ゲントが声をかけると、傍らにいた女性が、頷いて細身の棍棒を取り出す。
「素手で戦えるにしても……せめて棍棒ぐれえは持っとけ。リーチが広がるだけでも違う。魔法の媒介にもなるぜ」
そういって、ゲントはその棍棒を由真の前に差し出した。
「ユマ、そいつはうちの備品だが、今回の礼……期待の若え冒険者にやる、餞別だ。受け取ってくれ」
そう言われて、由真は、その棍棒を素直に受け取った。
戦闘可能な系統魔法の使い手、そして「半身ずらし」剣術を使うリーダー。
以前触れましたが、この世界の冒険者は、「S級」は実質空位、「A級」が事実上の最高位です。
この世界にも、力量と心意気を備えた冒険者はいるのです。