56. C3班の夜警
女子だけで構成されたC3班にも「任務」があります。
二人の練習は、小一時間――では終わらず、昼食の呼び出しがかかるまで続いた。
「すっかり様になったわ和葉。しっかり反復練習してね」
「はい! ありがとうございました! マイステリン晴美!」
――妙なテンションはさておき、二人は下の名前で呼び合うようになっていた。
「由真ちゃん! ダンジョンに入るときは、一緒にお願いね! あたしも頑張るから!」
「わかってるよ、和葉さん」
結局、由真も相手を「和葉」と呼ぶようになった。
その昼食は、晴美の部屋で由真と和葉も食べることになった。さらに、ユイナも同席する。
「ここに来てる第13中隊は、事務能力が壊滅してまして……物資もお金も、いちいち私が計算しないといけなくてですね……」
ユイナは、そういって大きくため息をつく。主計将校のような存在が皆無ということだろう。
「それはともかく、実は、ユマさんに、今夜の夜勤が命じられることになったんです」
表情を硬くして、ユイナはそう告げた。
「夜勤? どういうこと? 連中、結局雑兵扱いするつもりなの?」
「実質的には、そうですね。建前上は、今夜、C3班が城壁外の夜警当番になるので、そこにユマさんも加わる、ということなんですけど」
「え? セレニア先生、C3班って、Cの女子が集められてる、あのC3班ですか?」
和葉が当惑をあらわにユイナに尋ねる。
「ええ」
「C3班って、戦闘とか、一番向いてなくないですか?」
和葉とは対照的に、スポーツを苦手としていて、戦闘能力も当然低い。そんな女子たちが集められた「パーティー」。それがC3班だった。
「ええ。警備にも当然戦闘能力は必要では、と、そう忠告はしたんですけど、第13中隊の幹部連は、聞く耳持たずで……」
「そうみたいですね。初日は、僕たち雑兵隊が夜警させられましたから」
ユイナの言葉に由真はそのことを話す。
「え? 由真ちゃん、あの夜……外で見回りだったの?」
晴美は目を大きく見開く。表情は硬直し、身体には震えも見える。
「まあ、ね。ついでに、この辺の下見もしたから、外で夜戦になっても、ある程度対応できるよ」
「……あいつらはっ……」
由真は何気ない風に言ってみせたものの、晴美はとたんに苛立ちをあらわにする。
「とにかく、僕は、初日の経験もあるので、夜警についていくのは、特段問題ないですよ」
仕方なく、由真はユイナにそう告げる。
「ほんとはですね、ユマさんにもしっかり睡眠を取ってもらって、主力部隊と一緒にダンジョンに入ってもらいたいところなんですけど……今の状態だと、とても……」
「先生、あたし、平田君とダンジョンなんて絶対嫌です。戦力外なら、別にそれでいいです。大部屋でも何でも行きます」
――和葉の感情も、未だ収まりはついていないのだろう。
「あ、もちろん、今日明日は、主力部隊のダンジョン入りはありませんよ。さすがに、モールソ神官もそこまでのあれではありませんから」
「そこまでの『アレ』って、ユイナさんも、毒吐きますね。いや、わかりますけど」
由真はそう言って、あえて吹き出してみせた。
「ふふっ、そうね……いや、『アレ』は、それ以上の『アレ』かもしれないけど?」
「確かに、晴美さんの言うとおりかも」
晴美と和葉も、つられて吹き出した。場の空気が緩和されて、由真は密かに安心していた。
夏の日は未だ沈んでいない夕刻。
夕食のタイミングで、由真はC3班と合流した。
「由真ちゃんが来てくれた! これでもう大丈夫!」
「ありがたやありがたや」
島倉美亜と七戸愛香は、そんな大仰な言葉で由真を迎えた。
この2人に、池谷瑞希、佐藤明美、花井香織、牧村恵の4人。合計6人が、C3班のメンバーだった。
4人とも「魔法組」で、池谷瑞希と牧村恵は地系統魔法、佐藤明美と花井香織は水系統魔法を使うことができる。といっても、いずれも初歩の水準だったが。
彼女たちに配給された夕食は、パン1切れに豚肉のようなものと野菜が入った薄いスープだった。
「……これで足りる?」
雑兵隊の粗食――スープに具材すらほとんどないそれ――よりはましではあったものの、これから夜警に臨むには貧相としか思えない。
「しょうがないよ、あたしらCクラスだし」
「冒険者さんたちは、いいもの食べてるっぽいけど」
そう言われて目を向けた先には、冒険者7人が一団をなしていた。
彼らとC3班が合同で夜警に当たる。由真はそう聞かされていた。
その冒険者たちの側から、牛肉を焼いたにおいがこちらまで漂ってくる。
(冒険者って、結構いい暮らししてる?)
雑兵仲間とされた元農民たちから聞かされた「冒険者」の実情。
農民たちを「貧乏村」呼ばわりして足蹴にした「冒険者」は、護衛任務で着実に利益を上げているのかもしれない。
(まあ、いいけど)
この世界の「冒険者」が腐敗していようと、今の由真には関係ない。
このC3班に傷を負わせることなく、今夜の任務を終了させること。それだけが、由真の課題だった。
土曜日の夜と同じ天幕が、この夜は二つ張られていた。
一つは冒険者たち、もう一つがC3班。両者の間は300メートルほど離れている。
「ゴブリンとか、来たらどうしよう」
「ロードが率いる奴が、百匹とか来たら、冒険者総動員しないと勝てない」
「そうだね。愛香さんが言うみたいな事態になったら、C級以上が20人以上いないと厳しいみたいだね」
「え? マジで? そんなん無理ゲーじゃん!」
「大丈夫だよ、美亜さん。あの砦には、一応精鋭の兵団がいる訳だし」
由真は、美亜・愛香の二人とそんな会話をする。
ちなみに、今回の「ミッション」のために合流した際に、二人から「他人行儀はいや」と言われて、由真も二人を下の名前で呼ぶことにしていた。
「あ、そういえば、その一応精鋭? 今朝、すごい修羅場ったって聞いたけど?」
「ああ、なんか聞いた。由真ちゃんの扱いがどうこうで、晴美と仙道君が平田君とけんかしたとか」
――今朝の騒ぎは、美亜と愛香の耳にも入っていたらしい。
「ってかさぁ、平田君、横暴じゃない? 『俺たちはノーディアを救うんだ』とか一人で盛り上がってさ。あたしら、別にそんなんどっちでもいいってのに。『勇者様』なら、一人で世界でも救ってればいいじゃんね」
「うん。あれはテンプレの『召喚勇者』。晴美が止めてくれないと、うちのクラスに死人が出る」
晴美の友人である二人は、さすがに平田に反発していた。
「でも、こっちにはテンプレの『成り上がりチート』がいるから。平田君が突っ走ってもノープロ」
「あ、そうだよね。由真ちゃんがいれば、最後は大丈夫だよね」
――「成り上がりチート」。愛香にとって、由真はそういう位置づけらしい。
「今のところは、ただのトラブルメーカーだけどね。今朝の騒ぎだって、原因は僕だし」
「トラブルが起きまくってるのが主人公属性」
「はは、そうかも」
そんな他愛もない会話を続けるうちに、夜は穏やかに過ぎていく――
(訳がない、よな、やっぱり)
「トラブルが起きまくってるのが主人公属性」
愛香のその言葉が「言霊」になってしまったのか。
由真は、その「気配」を察知してしまった。
(大柄が2体、並が47体。隠れて近づいてきてる)
光系統魔法を使って、今は500メートルほど離れた「敵」の気配を読み取る。
(冒険者は……いない)
冒険者たちが入っているはずの天幕は、すでにもぬけの殻だった。
(冒険者7人は、僕たちを裏切った)
重要なのは、その「事実」だけだった。恨み言など、考えるだけ時間と労力の無駄に過ぎない。
彼らの「ラ」を探ると、すでに砦の中に入り、部屋で休んでいるようだった。
(後背からの攻撃の可能性は低い。砦前まで逃げることができれば)
敵には「大柄」が2体いる。それは「ホブゴブリン」ではなく「オーガ」だ。「ラ」の強さから、そのことはすぐにわかった。
オーガが率いるゴブリンの群れからC3班を全員無事に生還させる。
その戦いに向けて、由真は気息を整えた。
こうやって、立てたフラグを回収させられるのが由真ちゃんです。