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54. ――できなかった彼女たち

とりあえず、頭を冷やした方がいい訳でして。

「勇者様の団」が、真剣を抜くほどの騒ぎの末に、機能停止状態に至った。

 その光景に我を失った第13中隊の幕僚たちは――裏方で兵站の事務を処理していたユイナを呼び出した。


「とにかく、今日は出撃不可能です。ユマさんは、第13中隊雑兵小隊から派出したハルミさんの従卒という扱いにして、こちらの方に配置換します。それから、皆さん、十分睡眠を取ってください。寝不足で乗り込めるほど、ダンジョンは甘くはありません」

 ――その仕切りで、晴美はようやく冷静さを取り戻した。仙道も矛先を納め、平田にしても逆らうことはなかった。


「それと、幕僚の皆さんは……兵站関係の書類くらい自分でさばいていただけませんか?」

 ユイナは、そんな嫌みを言うと、すぐさま持ち場――兵団用の事務室であろう――に戻った。



 由真は、晴美の部屋に連れられた。


「その……ごめんなさい」

 由真と二人きりになって、晴美は、そういって頭を下げた。


「由真ちゃんに会えない状態が、二日続いて……ここの従卒に、身動き全部監視されてて……気が立って、夕べは、一睡もできなくて……それで……」

「晴美さん、怒ってくれて、ありがとう」

 自己嫌悪と罪悪感の渦に巻き込まれそうな晴美に向かって、由真はあえてそう言った。


「由真ちゃん?」

「まあ、僕の待遇は、十分ひどかったよね。僕だけなら、どうでもよかったけど……晴美さんに、そんな心配をかけたんなら、ほんと申し訳なかった。僕は、自分のことで、怒るとか、あんまりできないけど、晴美さんが、僕のことで怒ってくれて……僕は、すごく救われた、って、そんな感じがしてる」

 相手をおもんばかって話し始めたその言葉は、いつの間にか、由真の「本心」を語るものになっていた。

 そう。「僕のことで怒ってくれて、僕はすごく救われた」と、由真は心の底からそう思っていた。


「由真ちゃん」

「それに、平田君の『本音』が、ようやく聞けたから、これで、思い切ることもできた」


 そう言うと、晴美は目を見開いた。

 激情に振り回されている彼女は、そのことを深く認識できていなかったのだろう。

 由真に言われて、彼女もそのことを思い出し、そして、認識を確かにしたはずだ。


「そう……ね。『39人』の立場だ、って……はっきり言い切ったわよね」

「そうだね。だから、僕はもう、平田君の『お仲間』に協力する義理は、一切ない」

「それは、私もそうよ」

 そんな言葉を交わして、二人はうなずき合った。


 晴美の部屋のドアが、不意にノックされる。

 ユイナかと思い、由真が扉を開けると、そこには桂木和葉が立っていた。


「由真ちゃん、あたし、もう……」

 そういって崩れ落ちそうになった彼女を、由真は部屋の中に引き入れる。


「桂木さん、その……大丈夫?」

 その様子を見て、晴美もさすがに心配をあらわにする。


「相沢さん……あたし、もうダメ……戦うとか……そんなの無理……」

 晴美に向かって口を切ると、桂木和葉の目は忽ちににじむ。


「だって、あたし、元々バドやってただけなのに……剣なんて、ラケット振るみたいにしかできないのに……突きとか、そんなのできないのに……なんでこんなことにっ……もうやだっ……」

 そう言いつつ、彼女は嗚咽を漏らし始めた。


「桂木さん……」

 名前を呼びかける。晴美にもそれしかできない。


 彼女は彼女なりに訓練を続けてきた。バドミントンの経験という利もあって、その技量は上達していた。


 しかし、最初の「試合」は、長刀の経験がある晴美の前に一蹴された。

 そこから2週間は、神殿側の「術」のせいでステータス全般が停滞した。

 そして迎えた「二度目の試合」は、素手の由真と対戦し、斬撃をことごとくかわされた末に、あっけなく制圧されてしまった。


 直後の週明けに突如決まった「ダンジョンへの出撃」。「勇者」平田はひたすら前のめりで、晴美や仙道が忠告しても聞く耳を持たない。意見することもできずにいた桂木和葉は――内心不安を募らせていたのだろう。


「桂木さん」

 そう声をかけつつ、晴美は相手の肩をそっと叩く。

 あやすようなその仕草に、桂木和葉はしばし嗚咽を続けていた。



「突き……っていうか、剣術とか、どうしたらいいかわかんないんだ」

 しばし嗚咽して、ようやく落ち着いた桂木和葉は、晴美と由真にそう言った。


「それで、不安で……眠れたのは、汽車の中だけで……あとは、あんまり……」

 その言葉に、そうだったの、と晴美が応じる。


「剣、って、平田君なんて、とにかく怖いし……グリピノ神官も、あんまりうまくないし……誰も、教えてくれないし……」

 そう言葉を続けるうちに、彼女の表情は暗く沈む。


「その、ドイツ剣術、っていうのでよければ、初歩くらいなら教えられるけど?」

 見かねてか、晴美はそう切り出した。すると、桂木和葉の顔が鋭く上がる。


「え? ドイツ剣術? それって、あの、屋根の構えとか雄牛の構えとかの、あれ?」

「そう。母方の親戚に、あっちの古流剣術を趣味にしてる人がいて、手ほどきは受けたのよ」

 ――由真の形意拳や太極拳と全く同じ事情のようだった。


「うそ? ほんとに? ……教えて! 教えてください! お願いします!」

 跳ね上がり、頭を深々と下げる桂木和葉。その姿に、晴美は苦笑とともにため息を漏らす。

「わかったわ。それじゃ、ちょっと外に出ましょうか」

「はい! お願いします! マイスター!」

「……相手が女性の場合は『マイステリン』よ」

 突如テンションが上がった桂木和葉に、晴美は苦笑を向けた。

メンタルがひどく厳しくなっていた桂木さん。

このままでは、ただの「かませ犬」ですから…


そして晴美さんは、ただの長刀使いではありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] ユイナさん以外の異世界勢が揃って無能揃いですね。 先天的なステータスだよりのゴリ押しが常識になってて、努力して身につける技術を軽視してる感じでしょうか。 勇者さまの戦い方なんかがこの世界での…
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