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51. 由真の旅

さて、その頃由真ちゃんは―

 その晴美と仙道も、由真の現状までは知るよしもなかった。


 由真は、ドルカナの駅に到着するなり、兵卒二人に連れられて、駅近くの兵舎に入れられた。

「中隊長殿、例の雑兵が来ました」

 兵舎内の個室に入った男――中隊長がこちらに目を向ける。

「ああ、貴様か」

 中隊長の声と言葉は、無関心をあらわにしていた。

「神殿警備隊より転属されました、ユマと申します。クラスは雑兵です」

 あらかじめ神殿側から指示されたとおりに、由真は自己紹介した。


「貴様は、そこの雑兵小隊に入れ。足手まといにはなるなよ」

 由真を冷たい表情で見下ろして、中隊長は言う。


 兵卒に押された先には、青年から初老までが混在した兵士たちが20人ほどいた。

 彼らは一様に、身体はやせこけていて、顔色も悪い。


 堅いパンが各自1切れ。具材もほとんど残っていない薄味のスープ。

 それが、彼ら「雑兵小隊」に支給された昼食だった。

 晴美向けの食事を分けてもらっていた由真にとって、ことにパンの堅さは厳しいものがあった。

 周りを見ると、やはりこの堅いパンを食べるのにも難渋している様子だった。


(まあ、『新兵』として、サービスはしておくか)


 この堅いパン。その「ア」に働きかけて、神殿で提供されるパンと同程度まで柔らかくして、ついでに多少の栄養価と味もつけた。

「雑兵」仲間たちは、突然変化した食感に戸惑いつつも、そのパンをかみしめて食べていた。



 食事を終えた彼らは、駅のホームに向かわされた。

 停車していた列車は、前に客車3両、後ろに有蓋貨車4両とが連なる。日本では30年以上前に廃止された「混合列車」だった。


 由真たちは、前から3両目に乗らされた。車内は、3人掛けのクロスシートが通路を挟んで狭苦しく並び立っていた。

 由真は、その一角に、雑兵仲間とともに座る。


 窓側の席が与えられたため外を眺めていると、ややあってクラスメイトたちが姿を現し、一つ前の車両に乗り込んでいくのが見えた。


 それからさらに待たされること小一時間。大仰なラッパの音で、由真は我に返った。

 見ると、続々と馬車が到着していた。

 最初に降りてきたのは――モールソ神官だった。続いて、平田正志、毛利剛、度会聖奈なども姿を見せる。


(領主の歓迎昼食会を受けてきた、ってとこかな?)


 見事なまでに「貴族」「臣民」「住人」の待遇格差を示された図式だった。



 平田たちが乗車して、程なく列車は発車した。

 30分ほどで到着した先は、荒れ果てた町並みと目新しい砦が目立っていた。


(ここが、セプタカか)


 ダンジョンが発生したドルカオ県セプタコ郡。その中枢たる町セプタカ――があった場所。

 ダンジョンが発生し、周囲の農民たちが一斉に離脱した結果、この町並みもすっかり人気を失った。


 ダンジョン攻略のため、砦が改修され、衛兵たちが日用品などを購入するために細々と雑貨屋などが営業している。

 しかし、農村の中心だった頃の賑わいを取り戻すことはできていない。


 王国兵団の派遣を要請するため、砦は増築されたという。

 しかし、それで兵団が増強されて、ダンジョンを制圧することは叶ったとして、農民たちが「奴隷」に落とされた今、この地区の生産は回復し得るのか。


(難しい……だろうな……)


 他人事ではあるものの、由真は悄然とせずにいられなかった。



 駅前に待っていたのは、ボンネットのついたトレーラーのようなものに牽引された、バスのような客車だった。

 車体の大きさは、日本の観光バスと同じ程度だった。


 2台用意されたそれ。


 1号車にお乗り遊ばした「お貴族様」7人が神官1人とともに1台に乗る。

 2号車に乗っていた「臣民方」32人は、女神官1人に引率されてもう1台に乗る。

 3号車に載せられていた「兵卒」は、それを横目に隊長の号令の下に徒歩で移動した。


 かくして、彼らはセプタカの砦に入った。


 それは、すでに「城」と称してもよい規模だった。

「お貴族様」はスイートルーム程度の部屋を備えた居住区画に入り、「臣民方」も二人一部屋の個室が与えられた。


 他方、「兵卒」の多くは砦の中の兵舎に入る。

 ただし、由真を含む「雑兵小隊」は、砦の外に天幕を3つ張り、そこで野営するよう命ぜられた。

 不寝番をかねて、というその指示に、逆らう余地もなかった。


 由真は、「新兵」として、あえてその不寝番を買って出た。他の雑兵仲間と比べると、栄養環境はよく、体力も残っている。

 ――もっとも、他全員が「男」の中で、「女体」の由真が同じ天幕に入るのは、さすがに抵抗があったのも確かだったが。


 ともかく、せっかくなので、由真は周囲を観察することにした。


 西岸海洋性気候の故か、常に西風が吹いている。

 東には山脈があるため、夜目でも東西は識別できる。

 開拓されて長いためか、森林はないものの、すでに耕作が放棄されて数年が経過しているせいか、背の高いイネ科植物が草原を形成していた。


(ゴブリンなら、火攻めで対応できる)


 この世界のゴブリンは、火に弱いという。

 自分たちも火を使うものの、身体が火に巻かれそうになると、とたんに恐慌状態に陥るらしく、ゴブリンの攻略法としては「基本」とされている。


(この砦には……さすがに来ないか)


 明かりがそこかしこに煌々とともっている。大人数の気配もある。こういう場所には、ゴブリンは決して近づかない。

 ましてオーガは、多人数――魔法使いを含む可能性がその分高い――が迎撃すると見込まれる場所を狙うことはない。


(地形は起伏がない。攻めやすいけど、その分逃げやすい)


 この場合、攻略するより攻略される方を中心に考えるべきだ。

 そうなると、不意打ちを仕掛けやすいトリッキーな地形は、ないほうが望ましい。


(こんなの……役に立たないに超したことはないんだけど……)


 由真は、そんなことを思いつつ、夜の野原を歩いていた。

これが、この世界の「住人」です。

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