表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/451

49. この異世界の技術事情

「剣と魔法」の世界―と見せかけて実は…

 どうにか「共通認識」らしきものは形成された。

 その後、パーティーによる実戦練習もある程度進められて、2年F組の面々は、「盛夏の月」11日午前に「出陣」することになった。

 移動手段は、ドルカオ方伯領の領都ドルカナまでは急行列車で、そこからダンジョンまでは普通列車とされた。


「鉄道は、あったんですね」

「ええ、『ニホン』から召還された方々の知見を借りて、120年前に最初の路線が開通して、今では、王国各地に路線が延びています」

 由真に問われたユイナが答える。

 最初の頃の説明で、大陸の東西間は鉄道で連絡されていると言われたのを思い出す。


「ちなみに動力は……」

「雷系統の『ラ』と磁石を使って回転力を生み出す『雷動機』というものが、100年前に開発されて、鉄道にも使われています。『ラ』を提供するために、上に導線を張らないといけないので、都市部と都市間限定ですけど。それ以外は、魔法油を使う『ディゼロ』という装置があって、それを使ってますね」

 電化された区間は、電気機関車か電車、それ以外の「ディゼロ」は――名前から推察するに(召喚者が作った)「ディーゼルエンジン」であろう。


「へえ、それじゃ、車……自動車なんかも、あったりするの?」

 晴美が問いかける。

「えっと、『ニホン』から召還された方々が言う『自動車』というものは、こちらにはありませんね。あの、筒の中に火花を飛ばして爆発させる……というのが、こちらでは使えないんです」

「え? 鉄道が引けて、汽車も走らせてるのに?」

 晴美は問いを重ねる。由真も、それは率直に疑問だった。


「爆発、というのがですね……あの、『ニホン』には、『銃』とか『大砲』とか、そういう武器があるんですよね?」

「まあ、あるけど、それが……」

「そういう武器があると、たいした『ラ』も『マ』も『ダ』も使わなくても、簡単に人死にが出ますよね? 人にせよ魔族にせよ、そんなものを持たせたら目も当てられない殺し合いになりますから……大地母神様と天空神様の御沙汰で、そういう武器が使える爆発は起こせないことになってるんです」

 ――「神様の御沙汰」で「銃火器が使える爆発は起こせない」。晴美は目を見開き、由真もあっけにとられてしまう。


「この世界で火花を飛ばして『爆発』させようとするとですね、筒の中のものが打ち出せないぎりぎりのところを超えると、とたんに勢いがものすごく激しくなるんです。筒を地系統魔法でどれだけ強化しても、筒全体が粉々になってしまって、持った人の方が即死します。ですので、この世界では、そういう武器はそもそも使えません」

「そうなの? 拳銃とか、持ったまま召喚された人とか、いなかったのかしら?」

「そういう例はいくつかありましたけど……全て筒が大爆発して、使った人は例外なく即死しました。『ニホン』の銃でも……というより、『ニホン』の銃だからこそ、神様は使わせないようにしている……私は、そう思います」

 銃火器は、例外なく暴発する。その使用は物理法則により決して許されない。「神様」がそのように介入しているこの世界は――


「『銃器は使えない』って、私たちから見たら、すごく基本的な話よ。……でも、それって、すごくありがたい世界かもしれないわね。私たちの世界は、銃器のせいで悲惨なことになってるから」

 晴美はそう応える。


 日本は銃規制が厳しい。それでも、銃を使った殺人や強盗などが皆無という訳ではない。

 まして米国などは、国の頂点に立つ大統領が銃によって殺された例も少なくない。学校という場で抑圧された生徒が数十人を手にかけたなどという痛ましい事件とてある。


 遠距離から多人数を相手に攻撃する手段なら、この世界にも系統魔法というものがある。風系統、火系統、雷系統など、「銃」どころか「爆弾」のレベルの破壊力を発揮するだろう。

 しかし、それを「武器」として使うには、相応の「ギフト」を与えられ、適切な「クラス」を選択し、そして厳しい鍛錬を積まなければならない。


 習得までの努力や使用するための心身の力。「魔法」には、そういったものが不可欠だ。

 しかし、「銃器」は、本体と薬莢と弾丸さえ手に入れば、装填して引き金を引くだけで、簡単に人を殺すことができる。


 そのような武器。その「存在」が絶対的に許されない。それは、この世界の人々にとっては最高の恩恵だろう。


 由真は、そんなことを思っていた。



 10日の午後は訓練が中止され、出発準備とされた。


 支給された移動用のチケット。

 晴美のものは「一等乗車券 ベルシアよりセプタカまで」と「指定券 ベルシア1号 1号車1T席 ベルシアよりドルカナまで」という2枚、由真のものは「三等輸送券 ベルシアよりセプタカまで」と「急行券 三等車に限り乗車可 ベルシアよりドルカナまで」という2枚だった。


 荷物を運ぶための鞄類も受け取る。

 晴美用には側面に車輪のついた箱型のもの――要はスーツケースが支給され、由真用にはカンバス地の横幅が広い背嚢が渡された。


(……これ、キスリングだよな……)


 その背嚢を見て、由真はため息をついていた。


(これなら、背負子のほうがまだましだよ)


 由真は、「キスリング」というものを実体験したことがあった。

 父方の祖父が、団塊世代の山好きで、地元近くに高山のある土地柄から、キスリングを背負って登山する青春を送っていた。

 その祖父が、若い頃に使っていたキスリングを由真に貸して使い方を教えてくれた。


「こんなもんを今時使う奴はいないけどな、パッキングを練習するには、こいつが一番なんだ」

 祖父はしきりにそう言っていた。


 中に骨組みのないキスリングでは、重量物を中央・身体寄り・上に配置しないと振り回される。横方向に不用意に振られるのを防ぐため、左右のバランスも重要になる。

 そういうやり方は、21世紀現在のフレームザックにも通じるのだという。


 ――「それ」そのものを使わされる羽目になるとは思いもよらなかったが。おかげで、思わぬところで経験が役に立った、と由真は密かに祖父に感謝していた。

こういう具合に、科学技術が混じります。


交通手段―馬車の輸送力は致命的に弱く、4人パーティーが装備品と食料などを持ったら忽ちアウトになります。

歩いていける範囲に歩いて移動して冒険する―という話にすればよいだけ(その方が「中世らしさ」はあります)なのですが、活動範囲が狭くなってしまいます。

ということで、「異世界から導入された」ことにして、「鉄道」を入れています。


「銃火器は使えない」―この設定が、このお話の要です。

火縄銃程度なら、ルネサンスの頃には実用化されていました(欧州のルネサンスと日本の戦国時代がおよそ同時期です)。

ちょっと現代知識チートすれば、銃火器が武器に使われて、剣も魔法も無意味になってしまいます。

「地球なめんなファンタジー」が描きたい訳ではなかったので、銃火器使用不可という世界にしました。


「スーツケース」―その原型「トランク」なら昔からありました(宝箱型のものです)。20世紀半ばにアルミ製のものができて、ようやく実用的なものになったそうです。


「キスリング」―ここでつらつら解説するより、ぐぐっていただくのが一番かと。

ちなみに、今風のフレームザックが使われ出すのは80年代以降なので、新幹線とキスリングすら併存しえます。

(帝国陸軍の下士官兵用背嚢には檜の中枠があったそうですが)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ